■ マクドナルドの奇跡

 マッケンジーフォールズの後は、Zumsteinという、カンガルーがたくさんいるところへ寄ることになっていた。
 がしかし、実はここ、車窓から眺めるだけだったのである。ちょっと残念。下は車窓からの1枚。


 さて、いよいよ物語は始まる。
 バスはグランピアンズ国立公園を抜け、夕食を摂る場所目指して走っていた。小生、夕食はバララットで摂ると思っていたのだが、実際にはアララットで摂った。
 すっかり暗くなった頃、バスはアララットに入り、街の駐車スペースに収まった。この時、ガイドさんが車内放送で延々とレストランの話をしていたのは知っていたのだが、飯はバララットで摂るものと思っていた我々は、内容を把握していなかったし、集合時間も聞きそびれてしまった。
 あまり何度もガイドさんに時間を聞くのも嫌だったので、まあ人の流れについて行けば何とかなるかと思って外に出ると、彼らは何やらホテルの高級そうなレストランにぞろぞろと入っていく。
 ここで我々はひるんでしまった。このツアーには食事はついていないのに、何故彼らはこぞってここに入るのだろう。
 見るからに高そうだったので、一緒に入っていく勇気が湧かず、我々は一旦バスに戻って、結局ガイドさんに時間を尋ねることにした。
 そして、次にガイドさんの言った時間を、我々は聞き間違えた。
 小生は19時50分だと聞き取り、Michaelは19時40分だと聞き取った。
 小生はfiftyという単語と一緒に、quarterという単語も聞き取っていた。けれど、小生はfiftyに絶対の自信を持っていたので、quarterという単語を聞いていながら、fifteenであるという可能性がまったく出て来なかったのだ。
 Michaelにquarterという単語が聞こえたことを話すと、彼は時計を見て、「きっと1時間15分で、今から1時間15分だと、ちょうど19時40分になる」と言い出した。これがあまりにも説得力があったのがいけない。
 ついでに、ガイドさんに、ホテルでの食事はあくまで「オススメ」であって、別にどこで食べてもいいと聞いたので、街をぶらぶらしてみることにする。下はその時に摂った1枚。


 ちなみに、オリオン座も見えた。下はそのオリオン座を撮ったのだが、そのままでは何も見えなかったので、明度を限界まで上げた画像。汚いが、まあ証拠写真ということで。


 さて、街をぶらぶらしながら、我々も何か食べるかという話になった。この時、どう考えても今までと比べて時間があり過ぎるとは思ったのだが、それ以上の疑問は持たなかった。
 外は寒いし、このまま19時40分まで外で時間を潰すのは苦痛だ。そう思って、我々は適当なピザ屋に入った。
 ところが、このピザ屋、何故か知らないが、すべての席が予約でいっぱいだったのである。
 アララットは端から端まで歩いても大したことないような小さな街である。にも関わらず、これだけの席のあるピザ屋が全席予約とは、一体どうしたことか。
 その時は小生にはこの理由がわからなかったが、今ならはっきりとわかる。これはフェイリンが、奇跡を起こすために我々をマクドナルドへ導く一端だったのだ。
 その証拠に、次にMichaelが「ここに入ろう」と言った店を、小生は断った。その時は、「昼のこともあるから、あまりよくわからない店で冒険したくない」と言ったのだが、今思えば、それは動機として弱い。
「俺はマックがいい。もし嫌なら、別に好きなところで食ってきていいぞ?」
 例のごとく、特に希望もないくせにSteveがぶつぶつ言ったので、少々怒ってそう言い放ち、小生は断固としてマクドナルドを譲らなかったのである。結局、「う〜ん、マックか……」と渋ったMichaelも賛同してくれ、我々はここに来てマクドナルドへ行くことになった。
 そう。そのマクドナルドにいたのである。例のインドネシアのカップルが。
 他にツアーの客は誰もいない。彼らは皆、例のホテルの食堂へと入っていったのだ。ただその二人だけが、まるで大切なそのことを伝えるために我々を待っていたかのように、そこに座ってポテトを食べていたのである。
 もしもバララットを出たとき、彼らが話しかけてきてくれなかったら、もちろん小生は彼らに話しかけてなかっただろう。あるいは、もしもピザ屋のテーブルが空いていたら、もしもMichaelの言った店に入っていたら、もしも小生がマックを強く勧めなかったら……。
 小生、人間の意思ですら、それは神の導きによるものだという考え方が大嫌いだったのだが、今度ばかりはフェイリンが我々と導いてくれたとしか思えない。
「こんばんは。そう言えば、集合時間って何時でした?」
「7時15分ですよ」
 本当に、この複雑な歯車の、どこか一つが欠けていただけで、我々は他のツアー客に多大な迷惑をかけるか、あるいは置いて行かれていただろう。
 すでに時間があまりなく、我々はハンバーガーを押し込んで店を飛び出した。けれど、そんなことは些細なことである。
 あの状況下にあって、我々は時間通りにバスに戻ることができた。その奇跡を噛みしめながら、小生はバスの窓からアララットの夜景を眺めていた。
 下はその奇跡のマクドナルド。この事件は、生涯忘れることはないだろう。ありがとう、フェイリン。


 余談だが、この15と50、比較的聞き間違えやすいらしく、翌日のツアーでガイドさんと話していたら、彼女たちもこれは聞き返すことがあるそうだ。そのとき、
"One five? Or five zero?"
 と言った確認をするらしい。覚えておくといいだろう。