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■雑文1 『 連載物はかくあるべき? 』 −2004/08/07−
 連載物は、最初から最後まで一本の線でつながっているものが好きだ。
 例えばアニメなんかでも、時々物語の本筋と関係ない話があったりするが、初代ガンダムのように、常に無駄なく物語が進行していくのが良い。
 このLaLaDXを読んでいて思ったのは、どうも行き当たりばったりな続編が多いように思える。
 最初読切でやって、評判がよかったからか、その続きが掲載されるというパターン。
 でもそれって、読切描いた時点では、作者は続きのことなんて考えてなかったんだよね?
 もちろん、かの『るろうに剣心』だって、最初は『るろうに』という読切から始まっている。けれど、連載の段階ではまた一から始め、ちゃんと「次回」を構成した作りになっている。
 LaLaDXにはそういうところがない。
 確かに、隔月誌だから、毎回一話完結型にするのは悪くない。悪くはないが、例えば『Honey』なんかは、比較的「次回に続く!」みたいな形で終わっているし、連載物はそれでいいのではないかと思う。
 LaLaDXのこういうところは、コミックにも現れている。生憎私は少女コミックは『知らない国の物語』と『ラピスラズリの王冠』、それから『地球行進曲』しか持っていないが、『知らない国の物語』と『地球行進曲』は、初版では「1巻」の表記がない。


 前者は現行の版では、背表紙に「1巻」の表記があるが、最初から明記しないのは、「連載でありながら2巻が約束されていない」というふうに思えてしょうがない。
 一話完結型の連載だと、あまり伏線も張れないし、結果的に淡々とした流れで、大した盛り上がりもなく終わってしまう場合が多い。
 2004年7月号現在、『ラピスラズリの王冠』と『地球行進曲』は、それなりに連載っぽくなってきている。もちろん、『Honey』には遠く及ばないし、読んだことはないが、『緋色の椅子』なんかも、かなり正統な連載に思われる。
 必ずしも、壮大な物語だけが連載にふさわしいと言っているわけではない。一話完結型の物語の集合で、少しずつ何かが解き明かされるのもいいし、だいぶ古いが、『アウターゾーン』のような、テーマのある短編集合の連載もありだろう。しかし、『三日月パン』や『トカゲ王子』などは、どうしても作者の伝えたいことや物語の終着点が見えてこない。
 後は、『よろしくマスター』とか『十二秘色のパレット』とか、『WANTED』、『金色王子』、この辺りの作品も、別に読切だけで終わっておいてよかったんじゃないかな?
 続編の出来が悪いと言っているわけではない。『花の名前』などは、非常に出来の高い続編だったが、それでもやっぱり必要なかったように思える。結局、大切なのは、作者が初めから連載を意識して描いたかどうかである。
 ちなみに、私の敬愛する川瀬夏菜先生の『知らない国の物語』も、だらだらと3巻まで続いたが、読切で掲載された第1話の出来が圧倒的に良い。
 業界の詳しいことはよく知らないが、とにかく読切を意識して描かれたもので人気が出て続編が出るより、初めから連載を意識して描かれたもので人気が出ずに打ち切りになる方が、遥かに正統な連載の姿だと思う。
 もちろん、打ち切られないに越したことはないが、とにかく作者には、「この話は読切の一撃で伝えたい」とか、「壮大だから長編で訴えたい」、「単行本1冊規模の構成」など、予めその作品をどういうものにしたいのかを決めておいて欲しいのだ。
 で、それを採用するか不採用にするかは編集者の手腕で、「読切で」と決めたものは、人気が出ても続編は出さない、連載物は打ち切り覚悟で、初めから「第1話」と銘打って世に出す。それが本来あるべき姿なんじゃないかな?
 余談だが、『地球行進曲』は第5話になって初めて「第5話」と書かれた。『三日月パン』も同じく第4話で初めて『4thパン』の文字。『ラピスラズリの王冠』も第4話が最初。
 一作目掲載時から『第1話』と書けるような作品作りを期待したい。


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