■ Novels


追憶
 また、桜の花咲く季節になりました。
 わたしたちの通ったあの学校も、ちょうど、過ぎていった寒い季節に、穏やかな春の光をほんのり溶かしたような、薄い紅色に染まっています。
 そういえば、わたしが初めてあなたを見つけた日も、桜の花びらが、雪のように降りしきる春でした。
 知ってましたか?
 わたしがずっと、ずぅっとあなたに焦がれていたことを。
 桜が散って、白い土の上を歩くあなたの背中を、そっと見つめていたことを。
 栗のおいしい季節が過ぎて、その年はじめて雪の匂いが鼻をかすめたあの日まで。
 わたしがあなたに告白した、あの寒い冬の日まで、ずっと……。

 このあいだ、買い物に行く途中で、ふと近くのレコード店に立ち寄りました。
 わたしにはよくわからない新しい音楽の片隅に、ぽつんとひとつ、あの頃の歌のCDが置いてありました。
 今、その歌がわたしの後ろでかかっています。
 少し音が悪くなった気がするけれど、こうして目を閉じると、曲の後ろに潮騒の音が聞こえてきます。
 特に夏をうたった歌でもないけれど、たまたま発表されたのがその頃だったものだから、そんな気がするのでしょう。
 久しぶりに海へ行きたくなりました。まだ寒さも残っているというのに。
 まったく、わたしらしいですね。

 彰が中学校に上がりました。
 最後のランドセルとも、もうお別れです。
 すっかり小さく、ボロボロになってしまったランドセルですが、なんだかついこのあいだ買ってあげたばかりのような気がします。
 眩しく光るランドセルの上で、右へ左へ、ふわふわ揺れる黄色い帽子。
 何度も立ち止まっては振り返り、わたしの顔を見ては不安げに瞳を揺らしていた息子も、今ではすっかり生意気盛りで、もうわたしの言うことなんて聞きもしません。
 生意気で、強がりで、でも本当は人一倍寂しがりや。
 昔の誰かさんにそっくりです。

 淑子の方は、一時は髪を染めたり、荒れていたときもあったけど、今では保母さんになるんだと、必死に勉強しています。
「今どき大学にも行かせてくれないなんて、あんたなんか母親失格よ」
 そう言ったときの淑子の涙。
 何も言えずに俯くわたしと、泣き続ける彰。
 あの時は、本当にどうしようかと思いました。
 そんな淑子が、今台所に立って夕ご飯を作っています。
 あなたの好きだった芋の煮っ転がしは、わたしよりも上手に作るんですよ。

 わたしも子どもたちも元気です。
 時々寂しくなるけれど、子供たちを見ていると、負けない元気が湧いてきます。
 ずっと支えていると思っていたけれど、いつの間にかわたしが支えられていたんですね。
 支えつ、支えられつ、わたしたちは幸せに暮らしています。
 だから、どうか安心してください。
 安心して、わたしたちを見守っていてください。
 心の中で、わたしはいつでもあなたを想い続けております。

 そうそう。
 わたしたちが学校の帰りによく立ち寄って、クレープを食べたあの公園。
 あそこも固いアスファルトで覆われてしまう予定でしたけど、今でもまだ子供たちが泥んこになって遊んでいます。
 時代の風に流されていくものと、その中でぐっと踏みとどまるもの。
 疲れたとき、ふと振り返ったそこに、あなたと暮らした年月が、今でもしっかりと踏みとどまりながら、わたしを支え続けています。
Fin