■ 最後の夜の語り合い

 この最後の夜がなければ、きっと今回の旅は今ほどは印象に残らなかっただろう。
 最終日、各自が部屋に散り、小生も部屋に戻ったのだが、この時小さなハプニングがあった。電話が点滅していたのだ。
 今朝のモーニングコールが、留守番電話で入っているのだとすぐにわかったが、どうしたら消せるのかがわからない。
 まだロビーにRyan氏がいるだろうと思ってすぐに戻ると、案の定まだRyan氏はいて、留守番電話の聞き方を教えてくれた。
 部屋に戻ろうとしたら、ロビーのソファーに座って、Mr.Rがタバコを吸っていた。小生はまず部屋に戻って留守番電話を聞くと、再びロビーに戻った。
 それから、語る語る。
 まず中国の旅、全般の話をし、中国の良さと悪さ、未来について思うこと、Ryan氏のこと、中国と比較したときの日本、そう言った真面目な話をしてから、次は中国の風俗の話。
 Mr.RがRyan氏に聞いたらしいのだが、中国にはヘルスの類は存在しないらしい。
 風俗について、Mr.Rの友人の話をしばらく聞いてから、今度はツアー参加者の話になった。この旅行記で、「○○について、Mr.Rはこう言っていた」という類の話は、すべてここで話したものである。
 ガキんちょ連れのおっかさんの話や、お茶の夫婦の話をしていたのだが、やはり一番気になるのは4人家族である。何故気になるかというと、もちろん素朴な女の子のこともあるが、前述のとおり、彼らは他の人たちとほとんど話をしていないので、謎の部分がやたらと多いのだ。
 あれこれと推測をめぐらせていると、掛け軸の夫婦の旦那さんがふらふらっと現れた。どうやら最後にホテルの中を見て回っているらしい。
 数言話して、彼はまたふらふらっとどこかへ消えていった。
 再び4人家族の話に戻り、小生がMr.Rに、なんとしても素朴な女の子と話をしたい旨、力強く語っていると、二階の通路に、母親と歩いている素朴な女の子をMr.Rが発見した。そのだいぶ後ろに少年がおり、どうやら3人で最後にホテルの中を見て回っていた模様。
 二人で眺めていると、素朴な女の子がふとこちらを見て目があった。小生、アルコールも入っていたので、笑顔で手をぶんぶん振ってみたら、素朴な女の子は逃げるようにして奥に行ってしまった。
「逃げられた」
 と、Mr.Rに残念な報告をしていると、素朴な女の子がもう一度二階の通路の手すりから顔を覗かせ、少し笑って小さく手を振り、またパタパタと奥に行ってしまった。
 これらのことから、素朴な女の子は、絶滅危惧種であることも考慮に入れて、実は思春期を過ぎてからこれまで、男の子とほとんど話したことがない、ものすごい純情な恥ずかしがり屋さんなのではないかと考える。もちろん、全部憶測だが。
 どうせ憶測なら、なるべく自分にとって喜ばしい方向に考えたほうが良い。実際、少年の話だと、素朴な女の子は某大学の女子寮に入っているらしい。あの厳格そうな父親のことだから、ひょっとしたら中高ともに女子校だったかも知れない。
 今回の旅行でも、実は両親から、「あの男二人はろくな知識を与えないから、近寄ってはいけない」と言われており、女の子自身は小生らと話をしたかったかも知れない。
 などという、自分にとってこの上なく都合のいい想像をめぐらせて、Mr.Rと笑っていると、少年参上。どうやら母親と姉をフッてこちらに来たらしい。食事の席で小生ら二人に向かって、「(小生らのようには)ならないし、なりたくもない」と言って、一瞬両親を青ざめさせたくせに、こうして自分からひょこひょこ話をしに来るのだから、わかりやすいことこの上ない。
 もっとも、この少年は単に中学生らしい反抗期なだけであって、根は真面目で素直というところで、小生とMr.Rの意見は落ち着いていた。
 しばらく話をしていると、上のほうで母親が少年を呼び、彼は部屋に戻っていった。部屋は一階なのだから、下まで呼びに来てくれたら、思い切って素朴な少女に話しかけたのだが、小生にそういう機会を与えるほど瑪瑙の奥さんは愚かではなかった。
 少年がいなくなると、また硬い話に戻り、しばらく話していると掛け軸の夫婦のご主人が戻ってきた。そして3人で話し込む。
 そうして、結局書の3人家族のご主人、要するにMr.Rの父親が心配して呼びに来るまで、小生とMr.Rは延々3時間も話し続けていたのだ。
 Mr.Rと初めて話をしてから、この夜までに過ぎた時間はほんの4、5時間。それでここまで仲良くなれるのだから、本当にもっと早く知り合っていればと思う。
 ただ、このMr.Rとも、結局一期一会で終わった。少年とももちろんそれっきりで、初めに書いたとおり、素朴な女の子とは結局一言も口を利かずに旅は終わった。
 名古屋空港で一人、また一人と去り、自分一人がぽつんと残されたとき、涙が出るほどの寂寥感が胸を突き上げた。メルボルンの時にはなかった気持ちだ。
 もちろん、あの時は他の人と出会ってなかったというのはあるが、やはり旅を終えた瞬間に、その旅の思い出を共有している人が誰もいないことから来る寂しさだろう。
 これは翌日になっても取れることはなく、素朴な女の子と話ができなかったことも、しばらく悔やみ続けた。
 もっとも、それはそれとして、人生2度目の海外旅行で、単身でツアーに飛び込むという企画は、まずまず成功だったと言ってよいだろう。
 ただ、書の3人家族のおかげで全体数が偶数になったこと、Mr.Rが同じくらいの年で、しかもほとんど一人でいるのと変わらなかったこと、食事が円卓だったことなどを考えると、次の旅行がこのレベルに達するとは思えない。今回はかなり偶然が重なった。
 比較の対象を作らず、一度きりの挑戦で終わっておいた方がいいかな?
 その辺は、自分の中でまだ解決していないけれど、とにかくこの旅行は楽しかった。
 一期一会の楽しさと、寂しさを思いながら、この旅行記を終える。
2004年8月24日 Young.