■ セントポールズ大聖堂と天使の置き物

 メルボルンの市街には、「大聖堂」と名が付く有名な2つの建物がある。1つがセントパトリックス大聖堂であり、もう1つがセントポールズ大聖堂だ。
 どちらが有名かと言うと、圧倒的に前者なのだが、小生はこれから紹介するセントポールズ大聖堂の方がいたく気に入った。今回の旅行の中でも、最も記憶に残った一つであるこの建物と、ここで起きた出来事を紹介しよう。
 まず最初に訪れたのは、4/29の16時半の少し前。下はセントポールズ大聖堂の外観。場所はFlindersSt駅のすぐ北にある。


 この時は、正面の扉は開かれていた。扉のすぐ脇に行事の案内板のようなものがあり、17時から"choir"とあった。小生はこれが、「とにかく子供たちが歌うもの」という認識をしており、この時点ではそれほど興味があったわけではない。
 であるからして、中に入って一通り見物を終え、16時40分を示す時計を見たとき、後20分残ってそれを見ていこうという気持ちは起こらなかった。
 帰り際、小生は入り口手前にある小さな売店を覗いてみた。そこにはクロスを初めとした、キリスト教に関連するような品々が売られていた。
 ふと、唐突に小生の目にある商品が飛び込んできた。それは、小さなガラス細工の天使の置き物だった。その天使は胸の前に小さなハートのガラスを持っており、緑、黄、赤、ピンク、紫だったかオレンジの5色があった。
「ああ、これだ。俺はこれが欲しい」
 見た瞬間にそう思ったのは、もちろん、今回の旅行は自分で創造した天使フェイリンのおかげで天気に恵まれたからであり、そんな彼女のために何か買ってあげたくなったからである。
 ところがその時、売店には誰も人がいなかった。話しかけられそうな人もなく、小生は「また明日来よう」と心に決めてその場を後にした。

 このページは、トップページから4/29の出来事としてリンクしてあるが、ここでの出来事はすべてこのページ内で話すことにする。
 翌日4/30、メルボルン動物園を訪れた後、小生とMichaelは(この時は文字通り二人しかいなかった)、再びこの建物を訪れた。この時は純粋に昨日見た天使の置き物を買いに来たのである。
 扉は閉まっていたが、我々はすでに中に入れることを知っていたので、開けて中に入った。
 ところが、この時もやはり、売店には誰もいなかったのである。売店のショーケースには、天使の置き物が昨日のまま置かれていた。
 最後の話に移る前に、内部の写真を数枚載せよう。全体的にその暗さのために手ぶれしてしまったが、まともなものを載せる。









 いよいよ最後の話である。
 どうしても天使の置き物が欲しくて仕方のなかった小生は、Michaelに17時のchoirを見に行くことを提案する。この時ならば確実に誰かいるだろうし、売店に誰もいなくても、関係者に話しかけるチャンスがあると思ったのだ。Michaelはもちろん反対しなかった。
 というわけで、17時の少し前に行ったのだが、まだ話しかけられそうな人はいなかった。
 前から3列目に座ってしばらく待つと、赤い衣をまとった子供たちが現れて、chiorの準備を始めた。と同時に、平凡な姿の男の人が明かりに火を灯しにやってきた。小生は、この人にならば話しかけられると思ったが、今は準備が忙しそうだったし、choirの邪魔になるわけにはいかないと思って我慢した。
 やがてchoirが始まる。それは想像していたより遥かに神聖な行事で、街の人たちもお祈りにやってきていたため、こちらもそれなりの心構えに切り換えた。それでも無理にこっそりと撮った一枚。ぼけているのは許されたし。


 この行事、子供たちが歌ってすぐに終わるのかと思ったらそうではなかった。その後、司祭様だか司教様みたいな人が現れて、恐らく聖書の中の言葉だと思われるものを語り始めた。
 この人が話し、子供たちが歌い、また輪唱し、時々我々も立ち上がったり座ったりして、結局1時間弱、この神聖な行事は続いたのである。
 これ自体は大変素晴らしく、小生はもちろん、Michaelも「来て良かった」と話していた。
 さて、いよいよ終わりがけという頃、先ほどの司祭様みたいな人とともに、始まる前に火を灯していた人が現れた。ところがなんと、その人はもっと立派な格好をしており、まるで大司祭様か大司教様みたいな風貌である。
 これはまずい、と心から思った。一体小生は誰に話しかければいいのだろう。
 やがてchoirは滞りなく終了し、通路の真ん中に司祭様が立って、街の人たちが彼に話しかけては、何やら深刻に頷き合ってから外へ出て行った。よくわからないが、とにかく「有り難いお話をありがとう」というのと、キリスト教についての質問のようである。
 小生とMichaelも、とにかく"Thank you very much."と言いながら彼と握手をし、一旦後ろに引き下がった。けれど、もちろんそのまま終われるはずがない。今この機会を逃してしまうと、明日明後日はメルボルン市街にいない小生は、もう二度とあの天使の置き物を買うことができなくなるのだ。
 小生、とうとう決意する。よし、あの司祭様に話しかけよう。
 緊張していたのは言うまでもない。実際、最初に言った英語は滅茶苦茶だった。
"あー、Excuse me. あ、I take souvenirs."
 司祭様は、「ん?」と言う顔で小生を見下ろした。小生、心を落ち着けて言い直す。
"あー、I want to take souvenirs."
"Take?"
 と、言ったのは確実に聞き取れた。訝しげな顔で見下ろした司祭様に、小生は言い直す。
"Sorry. Buy. I want to buy souvenirs."
 司祭様はようやく合点言った顔をした。まあこれは私のような英語の初心者に対する教訓だが、英語は一度目で完璧な文章を作る必要はない。今みたいな感じでいいのだ。
 この後、司祭様は何やらペラペラと話した。小生はほとんどわからなかったのだが、しかし、「もう店は閉まってしまったけれど、ちょっと聞いてきてみるよ」と言ってくれたのがわかった。
 誰に対してもそういう計らいをしてくれたのか、それとも、我々がずっと、神妙な様子でchoirを聞いていたから特別に配慮してくれたのかはわからない。小生は、密かに後者ではないかと考えている。先に彼に声もかけていたし。
 さて、司祭様が連れてきたのは、なんと先ほどの大司祭様だった。大司祭様は、やはり詳細な英文はわからないが、「大丈夫だよ。鍵を取ってくるから2分待っていて」というような言葉を残して、再び奥に戻っていった。ちなみに、聞き取れた単語は、"wait"と"two"と"minutes"だけである。
 こうして小生は、"yellow one"と"green one"を入手することができたのである。最後は、笑顔とともに大きな声で、
"Thank you very very much. I appreciate it."
 と言って大聖堂を後にした。

 もう少しだけ話を続けよう。
 この置き物は、もちろんフェイリンのつもりで購入し、ここまで頑張ったのもフェイリンのためである。
 フェイリンも小生の頑張りが嬉しかったのか、翌日グランピアンズ国立公園のツアーにおいて、とてつもない奇跡を起こしてくれた。
 これについてはまた5/1の話で詳しく書くが、小生はこれに対する感謝の意を込めて、その日の夜にこの置き物の写真を撮った。なるべく綺麗に見えるよう何度も何度も撮り直して、完成したのが下の写真である。


 ちなみに、フェイリンは黄色の方で、緑の方はスティーズという名前の、フェイリンのお友達。これはフェイリンを創造した時に一緒に創った天使で、いつかフェイリンを使ったオリジナル小説を書くときに使おうと睨んだもの。
 もう一つ余談だが、5/1の朝に訪れたセントパトリックス大聖堂には、この置き物は売っていなかった。ひょっとしたら、セントポールズ大聖堂にしかない、稀少な置き物なのかも知れない。