兄さんが好きだった。 兄さんはテニスが大好きで、私もテニスが好きだった。 私はそんな兄さんと一緒に、テニスをするのが大好きだった。 ただ私は、それを一度として楽しいと感じたことはなかった。兄といる時間を、幸せだとは思わなかった。 青空はいつも同じ高さから私たちを見下ろし、日々はそうして流れていった。 何一つとして変わることのない毎日。けれどもそれを、退屈だと思ったことはなかった。 充実した時間の連続。私は自分の生きていた月日を、そう実感していた。 ところが、そんな代わり映えのしない充実した日常が、突然その日を境にして、私の前から失われた。 よくある交通死亡事故。 毎日のように新聞の片隅に載っている、私とは無縁の名前も知らない人たちの死のニュース。今回は、たまたまそれが、私のよく知っている兄さんになった。 朝、帰ったら一緒にテニスをしようと笑って出ていった兄さんは、その帰り道にトラックにはねられた。 一日中部屋で兄さんの帰りを待っていた私のテニスラケットは、結局兄さんのボールを打ち返すことができなかった。 私はラケットと一緒に、この小さな部屋に置いていかれた。 兄さんとの最後の別れの場で、私は兄さんの顔をひどく遠くから眺めていた。 交通事故死した兄さんは、幸いにも顔に外傷はなく、まるで眠っているかのように、せまい箱の中に安らかな顔をして横たわっていた。 何もかもがぼんやりとした、霧の風の吹くこの世界で、私は自分の存在さえ虚ろに感じた。 自分が呼吸をしているかどうかさえ疑わしかった。 そんな、気を抜けばこのまま消えてしまいそうなくらい霞んだ私を、唯一現実につなぎ止めていたのは、しっかりと握った冬弥の手の温もりだった。 私の中で、冬弥だけが生命を支えていてくれた。 翌日、私は独り空虚の中で、兄さんとの思い出に浸っていた。 テニスが大好きで、上手で、将来を嘱望された兄さん。 生きていたらきっと、スーパースターになれたに違いない。 それに対して残された自分は、才能も約束された将来もなく、無力で虚ろで、まるで燃え盛る太陽の前の一片の雪のように、儚く消えようとするその瞬間を、抗うこともできずに、ただ待っている。 私が死ねばよかった。 何もなくなった部屋の中で、私は初めて自分は幸せだったと思った。 人々に悲しみを与えて去りゆく者と、その悲しみを受け止めて生きる者。 私は、そのどちらにもなれなかった。 私には、あまりにも大きなその悲しみを受け止めて、生きていけるだけの強さがなかった。 だから私は、悲しみに押し潰されてしまった自分を、その部屋の片隅に投げ捨てた。 その日、私は私でなくなった。 けれど、それでも私は生きていかなければいけない。 青空はいつものように高く、風は昨日と変わらず吹いている。 私の周囲は何も変わらない。 たとえ私が変わっても、この町、この緑、そしてこの青空は変わらない。 いつもと何の変化もないこの町で、私は生きていく。 これからも、これまで通りに、昨日と同じ人たちの中を、歩いていかなければいけない。 二人目の私が、ゆっくりと歩き始めた。 |