『 子供たちの夢 』



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 市内有数のスポーツ校、光ノ原中学。そこにオレたち4人は通っている。
 この中学では毎年恒例、7月上旬に行事としてキャンプが催される。対象は中3生。基本的には強制参加だが、どうしても来たくない奴は来なくていいというのが基本方針。
 確かにこの時期、受験勉強やら、スポーツ関連の大会の練習で忙しい奴も多く、今回もちょこちょこと来てない奴がいる。
 もったいない!
 もちろんオレたち4人は参加。こんな面白そうな企画をみすみす見逃すオレたちではない。
 まあ確かに志保とか志保とか志保とか、高校受験の危うい奴も中にはいるが、そういう奴はほっといて、いざとなったら3人で仲良く高校に行けばいい。
 後方の憂いなし!


 キャンプ当日は、雲さえ恥ずかしがってその身を隠すほどの快晴。予報ではこんな天気が数日間続くとのこと。
 楽しい2泊3日になりそうだった。
 学校の最寄りの駅から列車を乗り継いで、揺られること3時間、オレたちはその駅に着いた。
 “郷谷川”という名の駅。いかにも“キャンプ地”という感じがしてよい名だ。
 由来はもちろん、郷谷川という川が近くを流れていることにある。
 うちの中学の側を流れる川もたいがい綺麗だが、さすがは田舎ということで、その比ではないらしい。
 今日は午後から早速その川に泳ぎに行く行程になっている。今から楽しみだ。
 参加者およそ100人がずらずらと並んで駅から降り立つ。
 まず目に入ってきたのが、『ようこそ、郷谷川へ』とでっかく書かれたアーチ。次に地元民の笑顔。
「よく来てくだすった。ゆっくりしていっとくれ」
 と、顔に書いてある。オレには読める。
「ねえ浩之。泊まるとこ、どんなとこかなぁ」
 一足遅れて駅から出てきた雅史がオレの横に並ぶ。
 泊まるとこ、というのは、いわゆる宿泊先のことである。いくらキャンプとはいえ、別にテントで寝るわけではない。それなりの施設があって、そこでキャンプに必要なもの、例えば薪とか飯ごうとかを売ってくれたり貸してくれたりする。
「そうだな。多分、小学校んときみたいに、大部屋に10人単位で詰められて、パックに入ったいなり寿司みてぇに、ぎゅんぎゅん詰めの中、布団引いて寝て終わりってくらいのとこだろう」
「やっぱりそうだろうね」
「そりゃそうだ。テレビだ何だなんてのは家で見ればいい。せっかくわざわざキャンプ場にまで来たんだから、ここでしか出来ないことをしてぇじゃねぇか」
 オレがそう言うと、雅史は、
「よかった」
 と、笑顔を見せた。「浩之ならそう言ってくれると思った」
 気が付くと眼前に澄んだ水を湛える川、そのすぐ向こう側に緑に覆われた山が見えた。
 ちなみに山は“天邨山”といい、その麓に今回オレたちが厄介になるキャンプ場がある。
 山自体は登ることができ、中腹までは道がある。道の先は開けた場所になっていて、見晴らしがなかなかいいらしい。実はそこが2日目の昼飯をとる場所にもなっていたりする。
 足元より遥か下を流れる郷谷川の上に、大きな長い吊り橋がかかっていた。先方隊はすでに渡り始めており、橋は左右にゆらゆらと揺れていた。
「う〜ん。私、こういうの苦手」
 眉をしかめてそう呟いたのはあかり。物心ついたときから一緒にいる幼なじみのベテランのオレは、当然そんなことは知っている。
「大丈夫だぞ、あかり。毎年転落して死ぬのは、5人くらいしかいないらしい」
「えっ!?」
 驚いた顔でオレを見上げるあかり。この反応がオレは好きだ。ついついからかいたくなる。
「心配するなって。あの橋、見た目より丈夫いらしいぞ。10人までは保証付きだ」
 う〜ん。すでに17、8人渡ってるな。
「そ、そう……」
 目に見えて青ざめるあかり。お、おもしろい。
 そんなあかりを見るに見かねて雅史が言った。
「浩之の冗談だよ、あかりちゃん」
「えっ? 冗談……なの?」
 ちょっと口を尖らせてオレを見上げるあかり。
 でも何となく安堵感が窺える。
「冗談冗談」
 楽しげに雅史が言う。「でも、丈夫いっていうのは本当だよ。あの橋、去年建て替えられたらしいから」
「建て替えたの? どうして?」
「うん。去年、過重で落ちたらしいよ」
「…………」
 あかりの奴が、サァっと音を立てて青ざめていくのがわかった。
 雅史は全然意識してないからおもしろい。
 オレは吹き出しそうになるのを必死に堪えて、軽くあかりの背中を押した。
「さっ、渡るぞ。オレはパラシュートがあるから心配ない」
 んなわけねぇだろ。
 でも信じるあかり。
 青ざめたまま、恐る恐る一歩足を踏み出す。
 ぐらり。
 もう一歩。
 ゆらり。
「こ、怖いよぉ……」
 そんなあかりが、突然明らかに自分の意思とは無縁と思われる動きで前につんのめった。
「ひっ!」
「な〜にビクビクしてんのよ、あかり」
 現れたのはもちろんオレの悪友長岡志保。
 哀れあかりはそのまま前に倒れて、
「い、いやあぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 橋の上に乗っていた奴らがすべて驚愕に転落してしまいそうなくらい、凄まじい悲鳴を上げた。「う、うう……」
 しかも泣き出すし……。
 ちょっと悪いことしたかなぁとぼんやりと考えながら、呆然と突っ立っている志保をにやにやと笑うオレは、
「うわっ! ひでぇな、志保!」
 と、責任をすべて志保に押しつけて優しくあかりを起こしてやった。
「うっ、浩之ちゃあぁぁん」
 泣き続けるあかり。自分のせいとはいえ、いい加減恥ずかしい。
「あっ……と、ゴメン、あかり……」
 さすがにあかりの反応が予想外だったのか、しどろもどろになって謝る志保。
 あかりはもちろん聞いてない。
 気が付くと、100人の視線がオレたちのところに集中していて、笑い声やら何やらかんやらがやけにはっきりと聞こえてきた。
 あかりは気付いていない。
 雅史はいつの間にかオレたちから距離を置いて、客観的にオレたちを観察してやがる。実はこいつはこういう奴。
 とりあえず、この事件のおかげで、日頃は目立たない女子生徒を貫いていたあかりも、一躍有名人になった。