『 子供たちの夢 』



 3

「ええ、本日の夕飯はカレーを作ります」
 と、大久保先生がおっしゃいまして、私たちは皆、喜びました、とさ。
 ということで初日の夜はカレー。定番と言えば定番だが、それ故安心ではある。
 一班約10人で、計10班。班編制は生徒の自主性に任せる。
 もちろん、それではばを出したりしないのが今年の光ノ原第3学年。適当にさっさと班を編制すると、各自準備に取りかかった。
 オレはもちろんあかりと志保と雅史と同じ班。他5名も見知った顔。みんな自信に満ちた笑顔でいる。
 実はこの夕食には、毎年恒例で『どこの班のカレーが一番美味しかったでしょう大会』があって、優勝班には翌日のバーベキューのときに高級な肉をもらえるという特典がある。
 オレたちの班には、なんてったって神岸あかりがいる。肉はもらった。
 それがオレたちの笑顔の表れ。このメンバーの中に、あかりの料理の巧さを知らない奴はいない。志保以外、みんな小学生のときに一緒にあかりをいじめた仲だ。
 ……どんな仲だ?
「よし、あかり。仕切れ」
「えっ?」
「遠慮しなくていいぞ」
 オレやツレ……以後、佑紀、典久、春通、豊樹、久義と固有名詞で呼ぶことにしよう……が口々に言って、あかりは慌てながらオレたちに言った。
「えっ……って言っても、そんなにすることないよ。ほとんど力仕事ばかりだし」
「じゃあ、誰でもできる準備はオレたちで勝手にやっとくから、あかりと雅史と豊樹と典久で材料頼むな」
「おい。何故オレ?」
 すぐに豊樹が言ってくる。
「豊樹、小5のキャンプで調理担当だったじゃない。みんな豊樹が上手いの覚えてるから」
 雅史に言われて、豊樹はどことなく嬉しそうにあかりについて行ってしまった。
「さてと、じゃあオレたちも火をおこす準備をすんぜ」
 佑紀の一声で、オレたちは竈を組む。
「ちょっとぉ。誰か一人、肝心な人を忘れてない?」
「忘れてない」
 くっ。
 自分を指差したまま突っ立っている志保を見て、オレは思わず吹き出しそうになった。
 今のはいいタイミングだ、春通!
 志保を後ろに少しだけビクビクしている春通の肩を、志保がポンポンと叩く。
 ビクッと春通。
「春通く〜ん。誰か、忘れてるわよね?」
「あ、ああ、忘れてた忘れてた。あんまり怖いもんだから、頭が無意識のうちに忘れようとしていたよ、長岡さん」
「ふ〜ん」
 ゆっくりと春通の首を絞める志保。
 冗談とわかっているが、マジで怖ぇ。
「志保」
 仲間を助けるべく久義。
「なに?」
「志保には重大な任務があるから、今は休んでいろ」
「重大な任務?」
 聞き返す志保を余所に、オレたちは一度顔を見合わせると、互いに頷き合った。
 そして、ほとんど同時にこう言った。
「後片付け」
 その後、志保がキレた。


 あかりたちが米やカレーの入った飯ごうを持って戻ってきたとき、オレたち4人は激戦の末に、やられて地面に転がっていた。
「志保……」
 あかりの声に、ゆっくりと志保がマントをひるがえす。
 その志保の顔に、かつて同級生だったときの優しさや親しさはない。
「志保……浩之ちゃんの仇、討たせてもらうね」
 あかりはゆっくりと剣を抜いた。
 ……ん?
 なんか違うぞ。
「何一人でぶつぶつ言ってるの?」
「いや、別に」
 くだらないことを言っているオレと志保を余所に、あかりはてきぱきと飯ごうを竈にかけると、火をおこすようオレたちに言った。
 オレたちは団扇を片手に、新聞紙に火をつけた。
 小さな火が少しずつ大きくなっていき、飯ごうの底を舐めた。
 火加減はあかりが見る。
 みんな肉のために必死だ。
 当然途中で蓋など開けられない。すべてはあかりのカン任せ。
 緊張の数分後、オレたちは飯ごうを降ろした。
 当然一番乗り。他の班の奴らとは団結力が違う。
 飯の方の蓋を開ける緊張の一瞬。焦げていたらその時点で肉はないものと思った方がいい。
 火傷に注意して佑紀が蓋を開ける。
 もわっと湯気が溢れ出て、そこからのぞく白い飯。
 しゃもじを片手にあかりが少し返してみるが、よしっ。ほとんど焦げ目なし!
「よっっっっっしゃあぁぁぁああぁぁぁぁぁっ!!」
 歓喜の叫び。
 他の班の奴らが驚いてオレたちを見る。
 またまた目立ってしまったが、今度は大いに目立って結構。これは勝利者の特権だ。
「あっ」
 と、その時突然、オレたちの喜びとは無縁の地で志保の声。
 …………。
 あっ?
「おい、志保。今の『あっ』ってなんだ? 『あっ』って!」
 あかりを除いて青ざめる7人。
「う、うん。その、カレーの火、あたしがやってたんだけど……。これ……」
 志保が「あはは」と乾いた笑いをしながら、オレたちに飯ごうを開けてみせる。
 ……そして、時が止まった。


 結局夕飯は、おいしいご飯を食べて終わった。
 そのご飯の出来は、各先生方に大変褒められる、素晴らしい出来だった。
 けれど、やはりご飯だけでは肉はもらえなかった。
 そして、ウチの班の夕食の後片付けは、当初の予定通り志保が一人でした。
 手伝うとあかりが言い出したが、オレが無理矢理やめさせた。
 それでも、珍しく志保は文句を言わなかった。