『 子供たちの夢 』
4
ゆっくりと初夏の山の一日が終わる。
荷物を縁に固め、部屋を布団で埋め尽くして、オレたちは横になった。
明日はまた朝が早い。今日はゆっくりと休もう。
部屋の電気を暗くする。
むくりと起き上がる人影。
一人、また一人と。
その数、およそ20。
あかりも志保もいる。
他に髪の長いのが数人いる。
別に乱交パーティーを開くわけではない……いや、当たり前だけど。
よく見ると人の数より圧倒的に多い枕。
この部屋にあった20個と、隣の部屋の7個。志保の持ってきた5個と、他の女子生徒が持ってきた6個。計38個の枕。
「じゃあ、そろそろやりますか……」
誰かの声。
何が始まるかは言うまでもない。
「トランプ3組を使った特大神経衰弱」
ボスッ。
くだらないことを言った名前も知らない奴に、オレと他数人が同時に枕をぶつけたところから、壮絶なバトルが始まった。
枕投げ。
こんなことを楽しくできるのは、恐らく今の時分だけだ。
今しかできないことを今する。それがオレたちのモットー。
薄暗闇の中を飛び交う枕。
交差する悲鳴、嬌声。
揺れる部屋、軋む床、ドスドスと音を立てる壁。
もうじき先生が来る。みんなわかっている。
けれど、先生が来るからしないのではない。先生が来るまで楽しむのである。
「死ねぇ!」
オレが思い切り投げた枕が、見知らぬ女子に直撃したが、まあいいだろう。
ここに来る奴はそれ相応の覚悟を決めてきているはずだ……無理矢理つれてこられたあかりを除いて。
オレは飛んできた枕を片手でキャッチすると、とりあえず横にいたあかりに不意打ちをくらわせておいて、別の枕を取った。
そして投げる。
その辺りでタイムオーバーになった。
「くぉらっ! 何やっとんじゃ!?」
バンと扉を押し開けて熊谷先生が入ってきた。
しかし、当然その時すでにオレたちは静かになっている。
けれど、無秩序に転がる無数の枕と、乱れた布団。何よりその上に無数の男女が息を切らせて転がっていては、いまさら弁明の余地もない。
それでもこうして「僕たちは大人しくしていました」と態度で主張したくなるのが子供の特性だ。
オレは布団二枚に、雅史とあかりと枕3つを押し込めて息を潜めた。
「浩之……今の声、よりによって熊谷先生だよ」
あかりを挟んで雅史の声。
熊谷健吉、性別男、36歳。いい先生だが、とにかく厳しい。
「う〜む。結構ヤバイかも……」
そう言っている間にも、次々と仲間たちが名指しで怒られている。
特に女子生徒は厳しく怒られているようである。
「怖いよぉ〜」
さすがに「なんで私まで」とか、そういう情けない台詞は吐かないが、それでもかなり怯えた声であかりが言って、オレは何だかあかりに申し訳ない気がしてきた。
元々、オレが志保に言って引っ張ってこさせたんだし……。
「よし雅史。お前そっちから、その布団であかりをす巻きにしろ」
「ラジャー」
何をするかは聞き返してこない。
わかっているのではなくて、時間が惜しいのだ。
すでに明るい部屋の中で、オレと雅史はあかりをす巻きにする。
「ひ、浩之ちゃん?」
あかりの姿は見つからなかったが、布団をなくした雅史を熊谷先生が呼びつけた。
また一人、強者が散った。
「佐藤。お前日頃は真面目だが、どうしてこういう時はバカになるんだ?」
「多分、藤田君と友達だからです」
うおっ。雅史許すまじ。後で死刑だ。
「そうか。石浪と森瀬も同じことを言ってたな」
典久と久義も後で処刑だ。
オレはそう心の中で誓いながら、す巻きにしたあかりを思いっ切り抱きしめて、その上にのっかった。
「ぐ、ぐるじい……。ひ、ひろゆぎぢゃん……」
「ちょっと我慢しろ、あかり」
そうこうしている内に、熊谷先生の声が近付いてきた。
「そうか……。じゃあ諸悪の根元は藤田浩之というわけだな」
な、なんてことだ!!
ガバッと布団が剥がされる。
しかし、ここはバカにならねば……。
「んん、布団ちゃん、布団ちゃん……むにゃむにゃ……」
雅史の押し殺すような笑い声。
恐らく他の奴らはみんな、目が点になっていることだろう。
「おい、藤田」
「ああ、布団ちゃん……すやすや……ぐっ!」
どうやらオレは、頭に拳骨を受けたようだ。
堰を切ったように笑い出す仲間たち。
けれど先生は結構マジだ。
「残念だが藤田。今夜はお前に愛しの布団ちゃんと一緒にいる資格はない」
「なっ! 先生、オレの布団ちゃんをどうする気なんですか!?」
オレが大真面目な顔でそう言うと、先生は、
「布団をどうこうするんじゃなくて、お前が今日は廊下で一夜を過ごすことになったんだ」
「な、何故オレが!?」
「お前が首謀者だという奴がたくさんいてな」
「それは嘘です。そいつらの陰謀です。何者かがオレを陥れるために……」
「いや。真実は数とともに作られる。諦め給え」
「…………」
つまり、多数決だと言いたいわけだな。「わかりました。じゃあオレのことをよく考えてくれる佐藤君や石浪君と一緒に廊下で寝ます」
結局オレは、仲間数人を巻き込んで、廊下で寝ることになった。
「あの、ありがとう、浩之ちゃん……」
後からあかりの奴がそう礼を言いに来たが、オレはとりあえず、「お前のせいだ」と怒っておいた。