『 子供たちの夢 』



 7

 楽しい時間は得てして速く過ぎ去るものだが、それにしても2泊3日は短いとオレは思う。
 天邨山で昼食を取り、しばらく山中を散策してから山を下りると、すでに西の空は赤らみ始め、影が地面に長く長く伸びていた。
「もう明日帰るんだね」
 夕陽を眺めながらあかりが寂しそうにそう言って、オレは何も言わずにそんなあかりの方を見た。
 あかりはそれに気付くことなく、名残惜しげな瞳を夕陽に向けたまま突っ立っている。
 オレは「ふぅ」と小さく一つ息を吐いて、ポンとあかりの背中を押した。
「そんな顔するな、あかり」
「浩之ちゃん?」
 次のオレの発言を期待するような眼差しで、あかりがオレを見上げる。
 オレは夕陽の方に目を遣って、
「キャンプなんて、来たくなったらまた来ればいい」
 と、軽くあかりの肩に手を置いた。「まだ光ノ原キャンプは終わってないんだ。懐かしむのは帰りの電車の中にしようぜ」
「うん……そうだね」
 あかりは元気に顔を上げた。
 いい笑顔だ。
「よし。これからバーベキュー。じゃんじゃん食って、また一つ思い出を作るぞ」
「うん!」
 オレはもう一度あかりの背中を押してやって、それから二人で宿泊場所へ駆け出した。


「というわけで、昨夜のカレーの結果、笹岡・藤崎チームにこの肉が与えられます」
 バーベキューの材料分けの場で、大久保先生がそう言って、見るからに脂ののった高級そうな肉を掲げて皆を湧かせた。
「いいな、おい」
「俺たちにも少し分けろよ」
 周囲からの声を軽く聞き流して、学年の人気者藤崎隆史が先生から肉を受け取る。
 オレはそれを見て、心の中で悔しい顔をした。
(本来なら、あの肉はオレたちがもらうはずだったんだ!!)
 けどまあ、勝負は勝負、負けは負け。
 志保には昨夜の後片付けで十分反省してもらったので、今更言うのもあんまりだろう。
「うしっ、じゃあ始めるとするか」
 包丁を片手にやる気満々で豊樹が言って、先生から受け取ったと思しき食材の一部をオレたちに見せた。
 なんとそれは!
 人参、タマネギ、キャベツ、その他もろもろの野菜が丸ごと。
 つまりオレたちに切れと!
 まあ、当然と言えば当然か。
「よし。あかり、豊樹、頑張れよ。オレたちはまた薪を組む」
「おう、任せとけ」
 昨夜とは打って変わって俄然やる気の豊樹。今更隠しても仕方ないと思い直してのことかどうかは知らないが、とにかく頼もしい。
 本来なら材料の方をたった二人に任せるのは酷な話だが、あかりがいるからまあ大丈夫だろう。
 中3にして料理をこよなく愛する少女。今時珍しい存在だ。
 いい嫁さんになるぞ、きっと。
「じゃあ俺らも始めようぜ、浩之」
「おう」
 典久の言葉に頷いて、早速オレたちも作業に取りかかることにした。
 まず距離を置いて石を積み、それをしっかりと固定する。
 そしてその中に薪を組む。
 細くて乾いたやつを、中に十分空気が通るように組むのはなかなか難しいが、そこはキャンプ経験豊富な典久があっさりとやってよこす。
 ざっと周りを見回すと、典久的存在はどこの班にも必ず一人はいるようで、結構みんな速く準備を済ませている。
「じゃあ浩之。網乗せるよ」
 そう言いながら、雅史がバーベキュー用の網を石の上に固定した。
「よし。次は火だ」
 オレが言って、春通が火のついた新聞紙をその中に放り込む。
 パチパチと音を立てて、少しずつ大きくなっていく炎。
「みんな。材料持ってきたよ」
 丁度その時あかりと豊樹がやってきて、肉と野菜を端においた。
 オレたちは一人一つずつ紙皿と紙コップをとり、紙コップの中にお茶を注いで、割り箸とそのコップを右手に、タレを垂らした紙皿を左手に持って戦いに備えた。
 肉が少ない以上、これより先は争奪戦だ。
 周りはみんな敵。特に志保は敵。
「じゃあ始めよっか」
 一人気楽にあかりがそう言って、肉を数枚網の上に乗せた。
 それを見て志保が、オレたち全員の心を代弁する。
「何ちまちまやってるのよ、あかり」
「えっ?」
 驚いた顔であかりが肉の皿を置くと、志保はそれをむずとつかんで、
「こういうものは……こうするのよ!」
 と、その肉を一気に網の上に放り込んだ。
「ええっ!?」
 驚くあかりを余所に、さらに雅史が野菜をぶちまける。
 それをオレたちが箸でつつく。
 肉を裏返しつつ、適度に焼けてきたところで紙皿に移し、熱い内に食う。
「はふはふっ」
 熱いけどウマい。これがオレたち流のバーベキューだ。
「ほれ。あかりもさっさと食わねぇと、なくなるぞ」
「あっ、うん」
 頷きながら、慌ててあかりも箸を突っ込む。
 そして肉を一枚キープすると、もうその肉から箸を放さない。放せばありがたくオレたちがいただくのを、あかりもよくわかっている。
 いい加減長い付き合いだ。
「うん。おいしいね」
 笑顔であかり。言いながら、箸はすでに次の肉をつかんでいる。
 一見大人しそうに見えて、実は中学で知り合った志保よりずっと強者だったりする。
 あらかた肉がなくなってくると、今度は野菜が焼け始めてきた。
 肉より野菜の方が焼けるのに時間がかかるのを見越した上で、雅史も最初に野菜を入れている。
 オレたちは適当に野菜を取り、食べる。
 よく考えると先程からみんな無言だが、まあそれならそれでもいいかと思う。
 いらぬ団らんで、肉や野菜を焦がすこともあるまい。
 とにかくオレたちは一心不乱に食べた。
 周りから見ると、黙々と食っているオレたちはかなり変に見えただろうが、まあそれもやむを得まい。言葉が出ないほどウマイんだからしょうがない。
 結局オレたちは圧倒的なスピードで食べ終わって、それからゆっくりと団らんを楽しんだ。