『 子供たちの夢 』
8
日も完全に沈み、空に星の瞬く最終日の夜。
そんな夜にするべきことは決まっている。
もちろん、キャンプファイアー。
今、中央の焚き木の周りに、生徒100人に先生も交ざって、巨大な円を作って座っている。
焚き木の前には一人の生徒。廊下で何度かすれ違ったことがあるだけの、名前も知らない奴だ。
そいつが二本の松明で焚き木に火を付ける。
そしてそれからみんなの方を向いて、司会よろしくこう言った。
「ではこれから、焚き木に炎が燃え盛るまで、僕が皆さんの退屈しのぎに芸を披露します」
湧き起こる拍手。
そいつは円から出ると、そこでこちらを振り返って立った。
「あれかなぁ。ほら、テレビとかで見たことがある、あの松明回すやつ」
ぼそぼそとあかりが呟いて、オレは何も言わずにただ頷いた。
案の定そいつは両手に持った二本の松明をゆっくりと回し始めた。
初めは自分の横で。
それから身体の前でクロスさせて。
速度も徐々に上がってくる。
真っ黒な林を背景にして描かれる二本の輝く赤い線。
なんとも神秘的な光景だった。
そいつは頭の上や腰の周りで、ぐるぐると松明を回す。
そしておもむろに空に放り投げて、回転しながら落ちてくる二本の松明を同時にキャッチする。
周囲から拍手が湧き起こった。
「ありがとうございました」
ぺこりとそいつが頭を下げて、もう一度大きな拍手が起こる。
オレも力一杯拍手してやった。
それからそいつが焚き木に戻り、手に持った二本の松明をその中に放り込んだ頃には、焚き木は赤々と燃え盛り、火の粉を空に巻き上げていた。
いよいよ始まる。
先生さえも輪に入っての、完全なる生徒主催のキャンプファイアー。
元生徒会長藤崎隆史と、学年一番人気幡野聡美が企画担当。意外にも二人ともキャンプ経験豊富。
「ではとりあえず、みんなの自己紹介も兼ねて、どこにでもあるゲームを一つやりたいと思います」
幡野の声に意味もなく拍手する生徒たち。この場はそういう盛り上がりがよい。
「とりあえず二人ずつ組を作って、例えば僕が『胸にワンポイント入ったシャツを着た人』とか言ったら、その条件に会う人はただちに他の相手を探して捕まえる。今人数を数えたら、丁度奇数だったから、一人が分裂とかしない限りは誰かが一人残るはず。残った一人が自己紹介をして、次の条件を提示する……まあ、とりあえずやってみましょう」
そして、藤崎が大きく息を吸い込む。
「まず、7月生まれの人!」
藤崎・幡野企画のキャンプファイアーは、異様なまでの盛り上がりを見せた。
二人の人気も当然あるが、それよりも企画自体が確かにおもしろかったのだ。
そこそこキャンプを数こなしている雅史や豊樹でも恐らく勝てないだろう。
オレたちは汗をかき、大声で叫び、笑い合い、短い時間を心ゆくまで堪能した。
やがて、少しずつ炎が小さくなっていく。
それと同時に皆もまた静かになって、最初と同じように円を作って立ち止まった。
誰も何も言わずに、次第次第に消えてゆく炎を眺めている。
「2泊3日。少し短かったですね……」
藤崎の声に、皆がしみじみと頷く。
本当に短かった。
あかりではないが、もう明日帰るのかと思うと、寂しくてしょうがない。
まだまだ遊び足りない。
「歌いましょう、最後にみんなで」
幡野がにっこりと微笑む。うっすらと瞳に浮かんだ涙が妙に印象的だった。
「せっかくだから、みんなの知ってる歌。小学校の時にキャンプで歌ったような歌を一曲」
そう言ってから、幡野は志保の方を見た。
学年で、幡野とは違う意味で一番人気の志保。
現在の光ノ原第3学年で、彼女自身のことはもちろん、彼女の歌のうまさを知らぬ者はない。
初めから打ち合わされていたのか、特に驚かずに志保は立ち上がって二人の横に並んだ。
「よっ、光の歌姫!」
面白げなヤジが飛ぶ。ちなみに「光」とは、「光の原」のことだ。
志保はみんなをぐるりと一度見回してから、
「とりあえずみんな、『今日の日はさようなら』なら知ってるわよね?」
と、確認の意を込めて尋ねた。「あの、『い〜つまでも〜』ってやつ」
これくらい有名な歌を、知らぬ者などいない。
皆がうんうんと頷いたのを見て、志保が満足そうに言った。
「わかったわ。じゃあまずあたしが1番を歌うから、その後はみんなで歌うこと」
そして志保は目を閉じて歌い始める。
「いーつまでもー たえるーことなくー
とーもだちでー いようー
あーすのひをー ゆーめーみぃてー
きーぼーうーのー みちをー」
心に浸み入る綺麗な歌声だった。
こればかりは志保の才能に感服する。
オレはやけに輝いて見える志保を見つめながら、大きな声で2番を歌った。
「そーらをとぶー とりのーようにー
じーゆうにー いきるー
きょーうのひはー さようーなぁらー
まーたーあーうー ひまでー」
この歌で、このキャンプが終わる。
もちろん明日の午前はあるが、オレの中ではこれが最後だ。
隣であかりが泣いていて、オレも思わず涙を零した。
「しーんじあうー よろこーびぃをー
たーいせつにー しようー
きょーうのひはー さようーなぁらー
まーたーあーうー ひまでー」
「……まーたーあーうー ひまでー」
歌声とともに、ゆっくりと炎が消えた。
けれどもオレたちは、しばらくそこを動けなかった。