『 子供たちの夢 』



 プロローグ

「山よ! 川よ! 緑よ! ねえヒロ。見て見てほらほら!」
 列車の窓ガラスにぴったりと張り付いて、志保が片手でぐいぐいとオレの服の袖を引っ張りやがる。
 いい加減鬱陶しい。
 オレは静かにこの風景を心に満たしたいのだ。
「…………」
 ということで、無視してみる。
 すると志保は怒る。三段論法。
「ちょっとぉ、聞いてるの? 緑よ緑! 雄大な自然。町じゃ、絶対に見られないわよ。ほら、何ぼぉ〜〜〜〜っとしてんの?」
 志保が露骨に眉をひそめてオレを見る。
 列車は鉄橋に差し掛かり、遥か眼下に細く流れる川が見えた。
 川の両側にはそそり立つ山肌と、そこから覆い被さるように鮮やかな緑。
 確かに志保の言う通りの雄大な自然。
 車内は同級生の声で騒がしいが、景色に心奪われるオレの耳には届かない。
 もちろん、志保の声さえ。
「…………」
 やがて、最後尾の車両が鉄橋を駆け抜けた時、とうとう志保がキレた。
「くぉら、ヒロ。無視しないでよ。まるであたしがバカみたいじゃない!」
 おや?
 オレはふと今の発言に対して疑問を抱いたので、志保の方に目を遣った。
「志保。お前がバカじゃないときって、どんなときだ?」
「なっ!?」
「認めんぞ。バカじゃない志保なんて、志保じゃない」
「あ、あんたねぇ」
 志保が拳をぷるぷると震わす。「一体あたしとあんたにどれだけの差があるっていうの?」
「うむ。例えばこないだの数学のテストに24点の差があった。これは大きい」
「12点と36点じゃない。二人とも赤点。結局追試受けたのあたしとあんただけだったじゃない」
 う〜む。確かにあの日は二人しかいなかった。
「いや、他にもあるぞ。例えばだなぁ」
「もういいわ。とにかく外々、外見てよ、外。せっかく来たんだから、少しくらい景色を堪能しようっていう頭、ないの?」
「そ、それは心外だ。オレはさっきからずっと外を見てるじゃねぇか」
「いいえ。あれはぼぉ〜〜っとしてただけよ」
「何だとぉ!」
 などなど、結局その後オレたちは、いつも通り口喧嘩して、気がすんだ頃には駅に着いていた。


 向かい合った二人掛けの椅子。
 オレと志保の他に座っているのは、あかりと雅史。
「綺麗だね、雅史ちゃん」
「うん」
 あの独特な形をしたパックのお茶をすすりながら、二人は始終ほのぼのと、窓から外を眺めていた。
 完。