『 虹色の未来 』



 3

 学園祭までの数週間は、実際風のように早く過ぎ去った。
 冬弥はあの日の翌日、早速大学へ行き、学祭実行委員会の本部でステージ使用の許可を得た。理奈の希望していた最終日の最終時間についても、特に問題なく取ることができた。後夜祭があるので、来客数は昼間と特別変わらないものの、それでもわざわざ好き好んで最終時間を取る者は、逆に珍しいらしい。
 冬弥がステージを取れたことを理奈に告げると、理奈は珍しく感情を露わにして喜んだ。よほど嬉しかったのだろう。
 その理奈はというと、時々部屋に帰りはしたものの、基本的には毎晩どこかへ練習に行っているようだった。発声練習というのがどういうものか冬弥はよく知らなかったが、さすがに1年半のブランクは長いらしい。
 昼はアルバイト、夜は練習や曲選などで忙しく、部屋に帰らない日が多かった。


 そして学園祭当日。
 初日は絶好の天気となった。客の数も例年より多く、理奈はその規模の大きさにしばし心を奪われていた。天気予報では、この天気が数日間続くとのこと。冬弥が明日もきっと晴れるねと言うと、理奈は嬉しそうに頷いた。
 午前中は幾つかの露店を覗いた後、野外ステージへと足を運んだ。もちろん、翌日の下見である。
 ステージは特設で、グラウンドの端に設けられている。ステージの前には数台の長椅子が用意されていたが、今はそれがすべて埋まり、数人が立って見物していた。ざっと数えても100人くらいはいる。冬弥の想像していたよりも、ずっと多い人数だった。
「結構、広いわね」
 理奈が言った。
「そうだね」
 冬弥は、理奈がステージのことを言っているのだと思ってそう頷いたが、理奈はステージではなく、グラウンドの方を見ていた。
「……グラウンドのことだったの?」
 冬弥が尋ねると、理奈は逆に驚いたように、
「そうよ」
 と答え、それからにっこりと笑って見せた。
「この広いグラウンドがお客さんでいっぱいになったら、気持ちいいでしょうね」
 そう言われて、冬弥も改めてグラウンドを見回した。
 良くわからないが、千人規模で収容できるのは間違いない。理奈の言うとおり、もしもこのグラウンドが客でいっぱいになり、大歓声が湧き起こって、それこそゲストのアイドルや後夜祭なんかの比ではないくらい、大規模なステージができたら……。
「それは、気持ちいいだろうね」
 そんなステージに立つ理奈の姿を想像して、冬弥は心からそう言った。
 ステージの方に目を遣ると、個性のない4人組が歌っていた。ギター、ベース、ドラム、そしてボーカル。何の変哲もない4人が、やはり歌詞もへったくれもない歌を歌い、それなりに盛り上がっている。
「そういえば……」
 言いかけて、冬弥は口を噤んだ。
 そういえば理奈ちゃん、ドラムとかキーボードとかピアノとかはどうするの?
 そんなことは聞かなくても、あの緒方英二の妹の、あの緒方理奈のことだ。心配するだけ無駄だろう。
 理奈は冬弥の呟きが聞こえなかったのか、ただじっとステージの方を見つめていた。いや、顔はそちらを向いていたが、目は何か違うものを見ているようだった。
 少しだけ、不敵な笑みを浮かべながら。


 午後は予定通り、二人で演劇部の劇を見に行った。今年大学4年の美咲。もちろん、大学を出てからもお呼びはかかるだろうが、大学生としては最後の1作となるべくその劇は、『メイドロボ:マルチ』から、『To Heart〜夢見るロボット』とその名を変え、やはり満員御礼の中、幕を開いた。
 とある高校に試験的に通うことになったメイドロボ、マルチ。彼女は初めて『心』を持ったロボットだった。
 試験期間は1週間。ドジで失敗ばかりで、挙げ句の果てには他の生徒に使いっ走りにされて、それでも人のために働くことに喜びを感じるマルチ。そんなマルチを放っておけず、彼女の仕事を手伝う少年がいた。
 少年とマルチは、やがて互いに惹かれ合うようになる。互いが互いを必要とし、一緒にいることに喜びを感じ、そして二人は結ばれる。
 しかし、元々試験用に作られただけのマルチは、1週間で自分の生まれた役目を終えるのだった。
 冬弥は会場に入ったばかりの時は、由綺が来ていないかと辺りをキョロキョロ見回していたが、劇が始まると同時にそんなことはすっかり忘れ、演劇部の迫真の演技に心を奪われていた。
 そして、やがて迎えるフィナーレ。
 観客は皆涙し、拍手の渦が会場を、演劇部を、そして美咲を包み込んだ。
 冬弥は理奈の前だからと必至に堪えていた涙を流し、理奈もまた、この時ばかりは明日のことを忘れて、泣きながら大きく手を打った。
 拍手はいつまでも鳴りやまなかった。
 大きな大きな感動を胸に、二人はやがて会場を後にした。