『 虹色の未来 』



 学園祭2日目にして最終日のその日は、初日よりも良い天気となった。相変わらずの人の入りの中、由綺ははるかと美咲と彰の4人で歩いていた。
 昔はそのままの姿で街を歩いていても平気だった由綺だが、さすがに今ではそうもいかず、大きなコートに髪を隠し、帽子を目深に被って人目を誤魔化していた。
「でも、よく休みが取れたね、由綺」
 はるかに言われて、由綺は笑顔で頷いた。
「うん。だって学園祭の日にちはずっと前からわかってたから。だから、だいぶ前からお願いしてたんだ。この日はお休みくださいって」
「やっぱり、美咲さんの劇のため?」
 彰が言うと、美咲が照れたように俯いて、それに由綺が拍車をかけた。
「うん! もちろんっ!」
「も、もう。由綺ちゃんったら……」
 困ったようにそう言いながらも、美咲は少し嬉しそうだった。
 そんな美咲を穏やかな瞳で見つめながら、由綺が呟くように言った。
「でも、結局劇は昨日見ちゃったんだけどね、ホントは」
「えっ?」
 三人が驚いて顔を上げる。
 由綺は小さく舌を出して、いたずらっぽく笑った。
「実は昨日、急遽午後から仕事がお休みになったの。それで時計を見たら、『まだ間に合う』って思って。急に仕事がお休みになる変わりに、逆に急に仕事が入ることもあるから、だから行けるときにって思って、昨日見に来たの」
「一人で?」
 心配そうに美咲が聞いたが、由綺は何事もなくそれに頷いた。
「うん。一人で」
「…………」
 三人は顔を見合わせたが、ただ苦笑するほかにはなかった。
「じゃあ由綺、今日は?」
 彰に尋ねられ、由綺は笑顔で答えた。
「うん。せっかくお休みなんだし、みんなに会いたくて来たんだよ。もちろん、もう1回劇も見る予定」
 そこまで言って、由綺は一旦言葉を区切り、それからやや緊張した面持ちで言った。
「で、その……『みんな』に会いたかったんだけど……えっと……」
 ごもごもと口ごもる由綺。
 美咲と彰は、由綺が何を言いたいのかわからずに首を傾げた。
 その時、
「冬弥?」
 と、はっきりとはるかがその名を告げた。二人の顔に緊張が走る。
 由綺はぎこちなく微笑んだ。
「うん、冬弥君。今日、来てないのかなぁ」
 由綺はそれから、「久しぶりに会いたくて」と続けたが、美咲と彰は、言って良いものかどうかと、困ったように顔を見合わせた。
 そんな二人を見て、由綺が慌てて手を振った。
「ああ、そんな顔しないで。もう大丈夫だから。私も、冬弥君も。だから、知ってるなら教えて」
「うん……」
 二人は由綺の言葉に頷いたものの、やはり言葉は出なかった。だが、それだけで十分答えは由綺に伝わった。
「そっか……。冬弥君、理奈ちゃんと来てるんだ」
「うん……」
 由綺の言葉に、二人は素直に頷いた。由綺は一瞬寂しそうに目を伏せたが、すぐに顔を上げて、
「じゃあ、ウロウロしてたら、案外二人にばったり、なんてこともあるかもね」
 と、笑顔で言った。まだ完全には吹っ切れてない、そんな笑顔だったが、由綺が笑っているのに自分たちが暗いのは間違いだと、美咲も笑顔で頷いた。
「そうね。会えるといいわね」
 そうして三人は笑った。
 ところが、そんな三人を余所に、ぽつりとはるかが呟いた。
「会えないよ」
「えっ?」
 三人は笑うのをやめ、はるかの方を見る。はるかは何事もないように空を見上げて、言葉を続けた。
「今日はここでウロウロしてても、冬弥には会えないよ」
「ど、どうして? 学園祭には来てるんでしょ?」
 由綺が尋ねる。
 はるかはいつも通り、無感情な顔で空を見上げた。そしてやはりどうでもいいように由綺に言う。
「ステージ」
「ステージ?」
 由綺が首を傾げて聞き返した。
「ステージって、野外ステージ……だよね?」
「そう」
 美咲と彰は顔を見合わせ、由綺は慌てて学園祭のパンフレットを開いた。
 パンフレットには野外ステージを使用するバンドの名前がずらりと書いてあったが、その中に当然緒方理奈の名前はなかった。
 どこか残念そうな、どこか安心したような、そんな溜め息を吐いて、由綺がはるかに聞いた。
「ステージって、今日は二人でステージを見に行ったの?」
「ううん。違うよ」
 はるかは軽く首を振り、そっとパンフレットの一部を指差した。そこには他にはない、漢字4文字の固い名前が書かれていた。
 成田雅夫。
「これが……どうかしたの?」
 はるかが答えるより先に、彰が呟いた。
「はるか。ひょっとして、それ、なりた……がお……って読むの?」
「えっ?」
 由綺がもう一度パンフレットに目を戻す。
 成田雅夫……なりたがお……。
 おがた……りな?
 由綺の顔が険しくなり、パンフレットを持つ手がわずかに震えた。
「じゃ、じゃあ……」
「たぶんね」
 はるかが頷く。しかしやはり、由綺は小さく身体を震わせたまま、怯えるようにグラウンドの方に目を遣った。
「理奈ちゃんが……歌うの?」
 三人は何も言えずに、同じようにグラウンドの空に顔を向けた。
 学園祭は相変わらずの賑わいだったが、由綺には何故かとても静かに感じられた。