『 To Heart Fantasy 』 第1巻 |
第3話 王国お付きの学者様 1 すっかり夜も更けた灯りもない暗い夜道を、オレたち四人は歩いていた。 先頭を行く志保がどこに行こうとしているのかは知らないが、歩くにつれ、王城が少しずつ大きくなっていく。 街の中央を走る大通りから、細い小道を抜けると、そこに小さな広場があった。 志保はその広場の真ん中を通って、左に折れる。王城のある方だ。 もはや道と呼ぶのも悪いくらいの細い道を歩きながら、オレは実は前を行く志保は悪の手先で、突然振り返って悠然と「かかったな」とか言いそうな気分に駆られた。 頭上には大きな衛星が輝いている。オレはそれを勝手に「月」と名付けた。 いつしかその月の光さえ届かなくなった。 不意に、志保が足を止めた。 来た! オレは思わず剣の柄に手をやった。 あかりとマルチがそんなオレを見て驚いた顔をしている。 油断するな、あかり、マルチ。こいつはオレたちを……。 「ちょ、ちょっとヒロ。何してんのよ?」 振り向いた志保が、非難がましい眼差しでオレを見た。 「えっ? 何って……」 「…………」 三人の目が細くなっていく。 「あ、いや。いきなり立ち止まったから、前方に敵でもいるのかと思って」 「…………」 「あは、あはははは」 オレはコホンと一つ咳払いをした。「で、どうしたんだ? 志保」 「ちょっと暗くなってきたから、灯りを付けようと思っただけ」 少し怒った声だ。まあ、当然か。 「とりあえず、三人とも。あたしこれからしばらく集中するから、死にたくなかったら声かけないでね」 何やらそう物騒なことを言うと、志保は袋の中から一本の杖を取り出した。 金属製の杖で、先端には薄緑色の水晶が埋め込まれている。 志保は「何だろう」と訝しげなオレたちの前で、目を閉じると、何やら呪文のように呟きだした。 「光、光……。光……。明るくて、真ん丸な光の球。光。この暗闇を照らす明るい光……」 「????」 気でもふれたのかと、オレたちは志保を心配したが、突然、志保の杖の先にうっすらと光る丸い光の球が現れて、オレたちはひどく驚いた。 「なっ……」 オレたちは何か言いかけて、慌てて口を塞いだ。 いくら相手が志保でも、ここは言う通り黙っていよう。 光の球は、ぼんやりと道を照らし出した。 「光……光……」 ぶつぶつそう言いながら、志保が再び歩き出す。 オレたちは黙々と志保についていった。 どれくらい歩いたか、やがて城壁の東側に出てきた。そこで志保は光の球を消して、「ふぅ……」と一つ息をついた。 「さっきの道、城のこっち側に出てくる近道なのよ」 何事もなかったかのように志保が言った。「さっ、もうすぐそこよ」 「おい、志保」 三人を代表してオレが志保を呼び止めた。 「何?」 「何、じゃねぇ。さっきの光は何だ?」 「えっ?」 志保が驚いた顔でオレの方を見る。「ヒロもあかりもマルチも、ひょっとしてこの世界に来てから一度も魔法を見たことないの?」 「魔法?」 「そうよ。ウィルシャ系古代魔法」 「そんなもん、知るか」 「で、志保。それ、何?」 あかりが興味津々に尋ねる。 しかし志保はめんどくさそうに、 「う〜ん。めんどいから、その内先輩にでも聞いて。あたしよりずっと詳しいから」 そう言って、スタスタと歩き出した。 仕方なく、オレたちも説明を求めるのはよしとした。 少し歩くと、やがて一件のボロ屋の前で志保が足を止めた。 「ここよ」 志保が明るい声で言った。 しかし、どう見ても「学者様」の住むような家じゃない。オレがそう志保に言うと、志保は、 「人は見かけで判断しちゃいけないのよ。よかったわね、ヒロ」 そう、よくわからないことを言うと、扉を開けた。「こんばんわ〜。志保ちゃんですけど〜」 「ああ? 長岡はんか〜? 遅かったなぁ」 奥からそう言いながら現れたのは、紛れもない、オレのクラスの委員長、保科智子だった。 「おや? これはまた、懐かしいお客をつれてきたなぁ」 委員長はオレたちの方を見て、やはり平然とそう言った。 2 委員長の家は、志保の言う通り、外からは想像もつかないほど学者な家だった。 壁沿いには本棚が並び、なにやら難しそうな本がいくつも置かれている。 壁にはこの辺りの周辺地図と思しきものが貼り付けられ、ベアルさんの言っていたティーアハイムと思われる場所に、赤で印が付けられていた。 「さてと……まず、何から聞きたい?」 少し落ち着いてから、委員長の第一声はそれだった。「色々聞きたいって顔に書いてあるで。答えられるだけ答えたるから、言うてみぃ」 「そうか……」 オレはあかりとマルチの方を見た。 二人ともオレの顔を見て頷いただけで、特に大した発言はしなかった。 とりあえず、質問はオレに任せるつもりなのだろう。 「じゃあ、まず、オレたちはどうしてここにいるんだ?」 オレは尋ねた。 ここに来てから、ずっと気になっていたことだ。一介の、大して変わった生活もしていなかったオレたちが、何故突然この世界に来たのか。 ところが、委員長は苦い顔をすると、 「いきなり答えられへん質問せんといていな」 そう言った。「まあそやな……。強いて言うと、偶然が重なったんや」 「偶然?」 「そや」 委員長は大きく頷いた。「たいがい予想はついてたと思うが、来栖川先輩の研究と、もう一つは彼らの願いとが……」 「おいおい。なんか、だんだん抽象的になってきてる気がするんだが」 あかりとマルチもオレの言葉に頷いた。 委員長はそれを見て、大きく一度ため息をつくと、仕方なさそうに言った。 「そやな。昨日今日来たばかりのあんたらに、こんなこと言っても、そりゃあかんわな」 それから委員長は立ち上がると、背中で手を組んで、窓から外の月を見上げた。 どこかのマンガに出てきそうな学者振りだ。 「とりあえず一から話したるわ……」 3 ここハイデルから遥か南に、フラギールの街を首都にするデックヴォルトっつうでっかい国がある。すべてはこのデックヴォルトが、全国と不可侵条約を結んでいた十字の商業都市ティーアハイムを侵略したことから始まる。 まずティーアハイムについて教えたる。 ティーアハイムはハイデルから南にグリューン、フラギールへと続く黄昏の街道と、東のヴェルクからビンゼを通って、西はレギーレンまで続くさざ波の街道とが十字に交わる自由都市や。 国王はおらへん。七人のメルテが市民の代表として街を統治しとった。 「メルテ?」 あかりが聞く。 メルテっつうのは、司法行政立法の三権をすべて併せ持つ人のことやな。街を司る権力者で、毎年選挙で七人選ばれるんや。 で、このティーアハイムは、国王を擁立せん代わりに、全国に不可侵を約束させた。自由都市として、人々が自由に行き交う和やかな街にしようとしたわけや。 これは、つい1年前まではうまくいっとった。 「戦争……だな?」 オレが言った。 そや。 1年前、突然デックヴォルトがこの街を侵略した。 もちろん、それなりの理由はあるんや。 それをこれから話したる。 デックヴォルトは、広大な土地をもってはおったが、貧しかったんや。 そもそも120年くらい前に、時の勇者ハルデスクが、この半島の南方の痩せた土地に国を興したのが始まりや。 ハルデスクは自らを慕う民と共に、土地を耕し、作物を植え、少しずつ今の国を造っていった。これが大体国として成り立ってきたのが、まだそんなに古くない、40年ほど前。国王はハルデスクW世。 これ以後は、貧しいながらも自給自足でやってきた。 ところが今から1年半前、デックヴォルトはひどい干魃に見舞われて、作物に壊滅的な被害を被った。 民は苦しみ、とうとう善王を称されるハルデスクX世は立ち上がった。 民を従えて、ティーアハイムを攻めようと決めたんや。 もちろん、民は賛成だった。ハルデスク王のすることに間違いなんてあらへんかったからな……これまでは。 せやけど、どう考えたってこの侵略はしてええことやなかった。 デックヴォルトはティーアハイムを攻め落とした後、この街を独占した。他国の人の出入りを完全に禁じたんや。 これはもはや善王のすることやない。 善王はおかしくなった。 これが他国の批評や。 そして今、ハイデルはこのティーアハイムを取り戻そうと準備している。 ビンゼでもまた、戦い対する備えがなされとる。 もっともこれは、防衛のためやけどな。 「それで、彼ら……メルテの願いとは?」 オレが尋ねた。 『ツァイト ツァイト ヴェルテ プレイテ…… 遥か遠きに生まれし者よ 我が喚び声に応えて集え ツァイト ツァイト ホルク ミヒルテ…… 救い給え 大いなる者よ 我らを明るき未来に導き給え』 メルテはデックヴォルトの行動に何かを感じた。そして彼らは、異界の者に救いを求めた。 それが……そんな彼らの願いが、まあうちたちんとこに届いたんやろうな。 そしてうちらはここにおる。 4 あかりとマルチは真剣に話に聞き入っていた。 志保の奴は、ベッドの上に寝っ転がって、ぼけーっとしている。もうそんな話は聞き飽きたと言わんばかりに。 委員長は再び机の椅子に腰掛けると、大きく一度あくびをした。 そういえば、そう随分夜も遅い。 「今夜はここに泊めてくれるのか?」 オレが聞くと、委員長は「もちろんや」と、OKを出してくれた。もちろんその後に、 「そんなこといちいち聞かへんでも当然やろ」 と、いらぬ一言がついてきたが。 「もう寝るんかいな」 委員長が言った。 「そうだな。そろそろ休もう」 そうして今夜はそのまま皆、眠りについた。 いろいろと考えることはあったが、この日は旅の疲れもあってか、すぐに眠ることができた。 翌朝、オレはいい匂いで目を覚ました。 もちろん、ご飯の匂いだ。 ベッドから起き上がり、オレは素早く着替えて廊下に出た。 匂いにつられてオレは台所にやってきた。 そこにいたのは、楽しげなあかりとマルチだった。 「おはようございます、藤田さん」 マルチがオレに気が付いてそう元気に挨拶をすると、後からあかりが「おはよう」と笑顔を見せた。 もうすっかり元気になったようだ。 「オッス、二人とも」 オレは軽い口調で二人の間に入った。 まな板の上には、ネギのような野菜がみじん切りにされて固めてある。その隣では鍋がぐつぐつと音を立てていた。 いい匂いの元はこれのようだ。 「もう少し待っててね、浩之ちゃん。もうすぐ出来るから」 「ああ」 オレは楽しそうな二人を邪魔するのも悪いと思って、食卓に移った。 「これはあたしのよ、ヒロ!」 「何を言うか、長岡さん! それはオレのだ」 「嘘をつけ、嘘を! ねえあかり、これあたしのよね!?」 「さ、さあ……」 数日ぶりに食卓での朝食。 その食卓を一人で賑やかにしているのは志保だ。 「これはオレのだ、志保!」 志保がオレの肉を持っていこうとしているのが原因。オレたちの箸の間で肉が悲鳴を上げている。 まったく、いい加減諦めろ。 「これはあたしんだ」 志保は一歩も引かない。かくなる上は……。 「これでどうだ」 オレが華麗にひねりを加えると、肉がオレたちの箸から飛び出して、そのまま委員長の皿の上に乗った。 「よしっ、いただき!」 歓喜に打ち震え、オレは箸を伸ばした。 その時、異変が起きた。 「な、何ぃ!!」 オレと志保は思わず立ち上がった。 そう、別の箸がそれをつまんだのだ。 その箸はそのまま、委員長の口へ運ばれ、肉はその中に収まった。 「ば、ばかな……」 「そ、そんな……」 「あんたらなぁ」 委員長が冷たい目を向けてきた。「もう少し静かに食べぃ」 「くっ」 敗北だ。 オレは悔し涙を呑んだ。 「そ、それよりさぁ」 困ったようにあかりが口を開く。「浩之ちゃん、葵ちゃんのこと聞かなくていいの?」 「ああ、そうだった」 あかりのこの一言で、場はいつものものに戻った。 オレは改めて委員長を見て、 「葵ちゃん今、ビンゼにいるって聞いたけど、何してんだ?」 そう聞いた。 すると委員長は、思い出したように目を大きく開けて志保の方を見た。 「葵ちゃんというと、そや、忘れとった」 「何?」 志保がまだ非難がましい目で委員長を見る。 しかし委員長はそんなことはまったく気にせず、 「実はな、長岡はん。リゼックのおっちゃんから松原はんに手紙を預かっとったんや」 そう言って立ち上がり、棚から手紙を取り出して志保に渡した。「この手紙を松原はんとこに持っていってほしいんや」 よくわからないが、オレはまた一悶着あると覚悟した。しかし、 「わかったわ」 志保はあっさりとそう言って、その手紙をきちんとしまった。 異常事態だ。 「な、なあ、委員長」 「ん? なんや?」 「その、葵ちゃん……」 「あ、ああ」 委員長はもはや、完全にオレのことは忘れていたようだった。「松原はんは、ビンゼで軍の一部隊を率いて活躍中や」 「部隊を!?」 オレはもちろん、あかりもマルチも驚いていた。 葵ちゃんが軍を……すごい。 「で、じゃあ、そのリゼックってのは?」 「この街の騎士団長や。松原はんとは面識があってな」 「そ、そんな偉い人と委員長は知り合いなのか?」 「まあな」 委員長は少し嬉しそうに胸を張った。 とりあえず、オレが来るまでにかなりいろいろなことがあったようだ。 「保科さんは、やっぱり来れないの?」 「ああ」 志保の質問に委員長が頷いた。「先輩が2週間後にここに来ることになっとってな」 「先輩が!?」 オレとあかりが声をそろえた。 「そや。いろいろ聞けるで」 「……そうか」 オレは呟いた。「志保は、どうするんだ?」 「あたし? どうするって、もちろんすぐにビンゼに行くわよ」 「そうか。で、先輩が来るまでに帰ってこれるのか?」 「全然無理ね。どんなに急いでも片道で2週間はかかるもの」 「…………」 となると、オレはここで先輩を待つか、志保と一緒にビンゼに行くかを選択しなければならないことになる。 「藤田くんはどうするんや?」 委員長が聞いてきた。 あかりとマルチの方を見ると、二人とも特別何も言わずにオレの方を見ていた。ただ、オレについていく、そう言った目で。 オレは悩んだ。 先輩に会って、いろいろ聞きたい思いは確かだ。だが、葵ちゃんにも会ってみたい。それに、旅をして、もっとこの世界を知りたいという思いもある。 オレは悩んだ。 そして、ゆっくりと志保と委員長の方を見て言った。 A、「オレはここで先輩を待つよ。いろいろと聞きたいから」 ………2巻につづく B、「志保と一緒に行こう。葵ちゃんに会ってみたいから」 ………3巻につづく 「わかったわ」 志保と委員長は大きく頷いた。 あかりとマルチもまた同じように頷く。 「とりあえず……腹ごしらえだ」 オレは休めていた箸を再び動かし始めた。オレのこれからを思いながら……。 |
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