『 To Heart Fantasy 』 第5巻

 第9話 神岸あかり

  1

 とても静かな空間だった。
 石壁に囲まれた小さな部屋の床に、薄緑色の光を放つ魔法陣が一つ。そしてその中央に、オレたち二人は立っていた。
 つい先程まで聞こえていた喧騒は、一切聞こえない。
「……ヴェルク?」
 まるで、そういう名の人に呼びかけるような調子であかりが呟いた。
 確かに、にわかには信じられない出来事だった。
 昔ベアルさん……マルチがお世話になってた人だが……に地図を書いてもらったことがあったけど、ティーアハイムからヴェルクまでは、かなりの距離があった。それを、たったの一瞬で飛んだのだから、驚かずにはいられない。
「とにかく……出てみよう」
 オレもそう呆然と呟いて、魔法陣から出ると、ゆっくりと扉を押し開けた。
 扉は一切音を立てずに、まるで氷の上を滑るように静かに開いた。

 ここルヴェルファスト大陸には、3つの大きな魔法都市がある……と、ゲレンクへの道中で、志保が話していた。
 一つは遥か南の大都市イェルツ。独自の魔法大系を持ち、国民のほぼすべてが魔法を使えるという、大陸一の魔法都市。
 一つは西の果ての妖精の町。この町に関しては志保もあまり知らないようだったが、魔法ではかなり有名な町なのだそうだ。
 そして残る一つが、ここヴェルク。ウィルシャ系古代魔法とジェリス系魔術の二つの魔法大系を持ち、それぞれの魔法に一つずつ巨大な研究所が設けられて、街の学者たちが日々魔法の研究に励んでいる。
 ハイス王に飛ばされて、オレたちが着いた場所も、この研究所の一つだった。
 “ジェリス系魔術研究所”
 話によると、主に魔法陣の描き方、材質、形、大きさ、詠唱呪文とその意味、新しい呪文の開発、そういった研究をしているところなのだそうだ。
 突然地下室から現れたオレたちに、研究所の人たちが色々と質問してきたが、オレたちがハイス王と先輩の名を出すと、割とあっさりと通してくれた。
 ハイス王は当然として、先輩もこの街ではかなり高い地位にあるようだった。
 オレたちは研究所の人たちに、魔術研究員の身分証を拝借すると、その足で王宮に向かった。
 背の高い、白い石造りの街並みは、セイラスやハイデル、それにゲレンクやビンゼのどの街とも違った独特の雰囲気を漂わせていた。
 王宮もまた白色で統一されていて、同じく白い城壁に取り囲まれていた。
 門のところで、立っていた兵士に魔術研究員の身分証を見せてながら、オレはその兵士に委員長が来ていないかどうか尋ねた。
 すると兵士は、
「トモコ様でしたら、恐らく地下の伝声室にいらっしゃると思います」
 と、何やら聞き慣れぬ単語を発した。
「でんせいしつ?」
「はい。遠く離れた相手に声を伝えるための魔法陣が幾つも描かれている部屋です。トモコ様はここにいらしたときに、ハイス王に伝えなければならないことがあるとおっしゃってましたので、恐らくそこにおられると思います」
「ああ、電話みたいなものか」
「? 電話?」
「あっ、いや、何でもない。ありがとう」
 オレは、不思議そうな顔をする兵士に礼を言って、王宮の中に入っていった。

 王宮の中でも、みすぼらしい格好をしたオレたちは、幾度となく怪しまれて、誰かとすれ違う度にいちいち身分を言わなければならなかった。
 オレはいい加減腹が立ってきたが、つい先程まで戦場で駆け回っていて、身体のあちこちに土や砂、それに血が付着している男女が歩いているのだから、怪しまれない方がおかしいと必死に我慢した。
 幅の広い階段を下りて地下に下りると、オレたちはすれ違う人に、その伝声室の場所を聞いて先を急いだ。
 聞くと、伝声室は高位の者しか入れないらしく、教えてくれた人も、顔に「どうせ追い返されるだけだ」と皮肉めいた笑みを浮かべていた。
 オレたちはそんなものに構ってられるかと、無視して言われた場所へ駆けた。
 地下一階の廊下の一番奥。少し薄暗いそこには、兵士が二人立っていて、案の定オレたちは彼らに呼び止められた。
「おい、お前たちは何者だ? ここから先は伝声室だ。お前たちのような者の来るところではない」
「オレたちはハイス王の遣いの者だ。この奥に保科智子がいるはずだ。用がある。通してくれ」
「……確かにトモコ様はこの奥におられるが、お前たちがハイス王の誠の遣いであるか否かわからぬ間は通すわけにはいかぬ」
「……そうか。わかった……」
「ひ、浩之ちゃん?」
 びっくりした顔であかりがオレを見上げた。
 オレはそんなあかりの手を引いて、彼らに背を向けと、小さな声で耳打ちした。
「あかり。オレたちに時間がないのはよ〜くわかってるよな?」
「う、うん……」
 あかりも声をひそめて頷く。
「オレたち、今のところやましいことしてないし、嘘もついてないよな?」
「うん……」
「だから、ここは強行突破しよう」
「えっ!?」
 思わず大きな声を出すあかり。
 ちらりと後ろを向くと、兵士たちが不審そうな目をして近付いてきた。
「おいっ!」
「……ということで」
「なっ!?」
 オレは振り向き様にその兵士に足払いを食らわせた。
「お、お前たち!?」
 そして、怒りの形相を浮かべるもう一人をあかりが魔法で縛り上げると、オレたちは奥に走った。
「ま、待てっ!」
 コケていた奴がすぐに起き上がって追ってきたが、そいつに捕まるより先に、オレたちは奥の部屋の扉を開けた。

  2

 真っ黒な床と天井、そして壁。そこに大小様々な魔法陣が描かれていて、淡い光を放っていた。部屋の中はその光のおかげで、ほのかに明るい。
 ひんやりとした張り詰める空気の中に、一人の少女が立っていた。
 先程から敬語を使われ、兵士という兵士から「様」付けで呼ばれているその人は、もちろん、オレたちにとってはそんな高位の者ではない。
 一介のクラスメイト、保科智子。
「来たぜ、委員長」
「こんにちは、保科さん」
 オレたちがそう軽く声をかけると、委員長は驚いたように振り返った。
「ふ、藤……」
「おい、こらっ!」
 話を遮るように入って来たのは、もちろん先程の兵士である。
 兵士は委員長に一礼すると、呆れた顔で言った。
「すいません、トモコ様。この者たちが……」
「ああ、ええ。構わへん。うちの友達や」
「友達……ですか?」
 何だか拍子抜けしたように兵士。委員長は大きく頷いて、
「そや。芹香はんの友達でもある」
 と、先輩の名を出した。
 すると兵士は何やら非難げな眼差しをオレに向けると、何も言わずに再び委員長に一礼して部屋を出ていった。
 パタンと扉が閉められてから、委員長は深くため息をついた。
「もうちょっと、普通に来られへんかったん?」
「いや、急いでたもんだから……。なあ、あかり」
「う、うん……。ごめんね」
「はぁ……。まあええわ」
 そして、委員長は態度を真摯なものに改めてオレたちの方を見た。「うちはてっきりライフェが来ると思ってたんだけど、どうして藤田君と神岸さんが?」
「ハイス王からは、何も聞かされてないのか?」
「聞いてへん」
 委員長は軽く首を振ってから、さっと周りに目を遣った。「伝声は一方通行だから、向こうからこっちには、何の連絡も入ってこうへん」
「そうか……」
 オレは呟いて、ハイス王に話した話をもう一度した。
 委員長は始終無言で話を聞いて、最後にぽつりと一言こう言った。
「ウェレイク将軍か……。そのノルオってのがおらへんかったら、きっとデックヴォルトは善王とその将軍の力でええ国になっとったんやろうな……」
「……そうだね」
 しんみりとあかりが頷いた。
 確かにそうかも知れない。そうでないかもしれない。
 どちらにしろ、もう遅すぎる。彼らは、取り返しのつかないことをしてしまった後なのだ。
「委員長」
 そしてオレは呼びかける。
「なんや?」
「なんや、じゃなくて、今は仮定法の勉強をしているときじゃないと思うぜ」
「ああ、そうやったな」
 委員長は思い出したように呟いた。
 もしかして、本当に忘れてたとか……。
「うちとしたことが、つい話し込んでしもうたわ。正直なところ、時間がない。今から話すこと、よう聞いてな」
「ああ」
「敵はノルオ。今までの話を統合すると、かなり名うての魔法使いや。十分気ぃ付けなかん。それから、秘宝はハイス王の言った通り、“無の結晶”。どうやらうちの推測は当たりで、ノルオの目的は、これを入手して“無の大穴”を広げて、世界を無に帰すこと。これの使用方法は実はうちも先輩もハイス王も知らへん。だから、とにかく敵の手に渡したらあかんのは当然として、壊してもあかん。いいな?」
「ああ」
 オレたちは大きく頷いた。
「よしっ。じゃあいくで」
「……って?」
 あれ?
「ん? どしたん?」
「いや、委員長も来るのか?」
 オレの質問に、委員長は当然だという顔をした。
「もちろん。だって、二人だけに任せてはおけんやろ」
「でも保科さん、ジェリス系魔術しか使えないんだよね?」
 と、あかり。委員長はそれに、あからさまに困った顔をした。
「ま、まあ、そやけど」
「志保から聞いたよ。ジェリス系魔術じゃ、戦えないって」
「…………」
 それからあかりはにっこりと微笑んだ。
「保科さんはここにいて。大丈夫。私と浩之ちゃんでやれるから」
 ……オレは正直驚いた。
 あかりの口からそんな頼もしい発言が聞けるなど、考えたこともなかった。
 意外だったのは委員長も同じだったようで、あかりの言葉にしばらく考え込んだ後、
「わかった」
 と、頷いた。「正直な話、うちが行っても邪魔になるだけや。悪いけど藤田君、神岸さん。二人で何とか、ノルオの暴挙を止めてくれ」
「うん!」
 あかりは元気に頷いた。オレもまた、同じように頷いて見せると、委員長は満足げな顔をして、秘宝のありかを教えてくれた。
 地下三階の、一番手前の部屋の隠し扉の奥。
 オレたちはそこへ、猛然とダッシュした。

  3

 ビンゼの手前で感じた時とは違う、本当の意味での最終局面を迎えようとしていた。
「いる……」
 扉の向こうから感じる魔力に反応して、あかりが杖をギュッと握りしめた。
 オレはゆっくりと隠し扉を押し開いた。
 扉の向こうには真っ黒な空間が広がっていた。
「光……」
 ぽわっと、あかりが灯した光が、部屋の中を照らし出す。
 学校の教室くらいの広さだった。奥にはさらに扉がある。
 あの奥に……。
 オレたちはその扉の方に歩き出した。
 その時だった。
 バタンッ!
 背後の扉が突然閉まって、オレたちは驚いて後ろを振り返った。
 あかりの精神が乱れたために光は消え、部屋は再び闇に閉ざされる。
 慌ててオレは剣を引き抜いた。
 ぼんやりと、淡い光が刀身から洩れる。
 すぐ目の前に……奴はいた。
「なっ!?」
 ズスッ!
 オレは脇腹に激しい痛みを覚えて、床に伏した。
「ひ、浩之ちゃん!」
 カラン、と剣が床に落ちる音がした。
 ドクドクと、脇腹から血が抜け出ていくのがわかる。押さえる手が赤くぬめった。
 駆け寄ってきたあかりと二人で顔を上げると、そこには空色のマントをつけたガキが立っていた。
 ガキはオレたちを見下ろすと、嘲るように笑った。
「気が付いたのは褒めてあげるけど、最終局面だからって、感動的な戦いでも期待してたのなら大間違いだよ。物語じゃないんだからさ」
「き、貴様がノルオか……?」
「さよなら、二人とも」
 全然かみ合っていない会話の後、ノルオが巨大な炎の塊をオレたちに投げつけてきた。すごい熱だった。
 しかし、
「このぉっ!」
 それをあかりは水をもってかき消した。そして素早く立ち上がる。
「よ、よくも浩之ちゃんを!」
「あかり……」
 オレは、何も出来なかった。気を抜けば意識を失ってしまいそうな出血の中で、もはや出来ることといったら、毅然と立ち上がったあかりを床にはいつくばって見上げることくらいだった。
 ノルオは自分の魔法がかき消されたことに驚いて、恨ましげな瞳をあかりに向けた。
「僕は自分の思い通りにならないものは嫌いなんだ」
 そして、風。あかりは杖を振りかざして、それを跳ね返した。
 さらにそれに炎を纏わせる。
「くっ!」
 炎の竜巻を避けて、ノルオはキッとあかりを睨み付けた。
 あかりはそんなものはまったく気にせずに、精神を集中させている。
 あかりが、本気で怒っていた。オレはそれを初めて見た。16年間、ずっと一緒にいて、初めて。
「だったら、これでどうだ!?」
 ふっと、ノルオの姿がかき消えた。あの時のデックヴォルトの兵士たちが使ったのと同じ魔法だ。
 しかし、ノルオがその後行動するよりも先に、あかりが魔法を放っていた。
「浩之ちゃんの仇っ! くらえっ!」
 し、死んでないって……。
 オレは心の中でぼやいた。
 あかりの放ったものは、やはり火だった。オレたちがとっさに鮮明な像を描けて、且つ戦いにおいて有用なものといったら、火くらいしかないのだ。
「くそっ!」
 ノルオは一旦姿を現して、炎を躱した。「い、いい加減にしろっ!」
 ノルオは一転、魔法から攻撃を切り替えて、あかりに襲いかかった。
 手には、初めにオレを刺したナイフを持っている。
「うわっ」
 情けない声を上げてあかりがその攻撃を躱すが、その動きは完全に普通の女子高生の動きだった。
 ナイフは呆気なくあかりの二の腕から血を迸らせた。
「うっ!」
「はははっ。これでもう集中できないだろっ!」
 ノルオは喜々としてあかりに襲いかかる。
 甘い。
 オレは思った。
 目の前までノルオが接近してくると、そこであかりは小さく笑った。
「何っ!?」
「ええいっ!」
 やはり炎。ノルオの身体が炎に包まれた。
「うわっ!」
 情けない声を上げるノルオ。
 慌てて火を消す姿は、とてもではないが半島に恐怖を巻き起こした張本人とは思えない。
 ともあれ、精神状態が乱れきっている今がチャンスだと、オレは思った。
 オレは必死に剣を取り、それを握りしめた。
 しかし、そこまでだった。
 ふわっと景色が揺らいで、オレは剣を取り落とした。
「く、くそぅ……」
 まるで力が入らなかった。
「あかり……」
 あかりは、相変わらず血の流れる手で杖を握り、そして炎を放った。
 ノルオはそれを転がるようにして躱す。
「はぁ……はぁ……」
 苦しそうに、ノルオが息をした。
「絶対に……絶対に許さない……」
 キッと、あかりがノルオを見据える。日頃の温厚なあかりからは想像もつかないほど、鋭い凍り付くような眼差しだった。
「浩之ちゃんを……浩之ちゃんを返せっ!」
 いや、だから死んでないって……。
 ぼやく元気もなくなってきた。
 ふわふわする頭。ぼやける視界。
 真っ赤な塊が、ノルオの方に飛んでいくのが見えた。
 汗が吹き出る。痛みだけじゃない。部屋の温度が上がっている。
 息も苦しい。サウナみたいだ。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
 あかりとノルオの荒い息遣いが聞こえる。
「く、くそう……なんか、おかしいぞ……」
 ノルオのぼやく声。「息苦しい……」
 それを聞いて、あかりが残酷な笑みを浮かべた。
「集中……出来ないでしょ?」
「くっ! 何をしたっ! お前が……僕の身体に、何か、したんだろ!?」
 途切れ途切れに言うノルオ。
 あかりは不気味に微笑んだ。
「呪いをかけたんだよ。お前はだんだん息ができなくなって、やがて死ぬの」
「う、嘘だ!」
 取り乱したノルオの声。
 そうか……。
 オレはあかりが炎ばかり放っていた意味を理解した。
 酸素欠乏だ。ノルオに酸欠を起こさせて、集中できなくする。
 しかもそれだけじゃない。この世界で生まれ育ったノルオには、人間の呼吸の知識などない。だから、息苦しくなった理由が呪いだと言われて、怯えているんだ。
「う、うるさいっ!」
 ノルオが怒鳴り散らした。「呪いがなんだ! そんなもの、お前を殺して解除してやる!」
 ナイフが煌めいた。
 それを迎え撃つように集中するあかり。
 けれど、同じ手を二度食らうほど、ノルオもバカではなかった。
 ビュッ!
 ノルオの手からナイフが飛んで、一直線にあかりの首元へ吸い込まれていった。
「あっ!」
 慌ててそれを躱すあかり。
 グンッ!
 ナイフは躱せたけれど、魔力を流すことは出来なかった。
 ウィルシャ系古代魔法の最大の危険。集中が途切れたときの、魔力の暴走。
 ボンッ!
 ガス爆発かなにかのような音とともに、あかりの身体が吹っ飛び、天井に叩きつけられた。
「うぐっ!」
 さらにそのまま床に叩きつけられて、一度、まるでボールのように跳ね上がった。
「あ、あかりいぃぃいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!」
 オレは絶叫した。

  4

「ふははっ、あ〜はっはっはっはっはっ!!」
 ノルオの哄笑。
 オレは動くことすら出来なかった。
 少しずつ、うつぶせになったあかりの頭部から、真っ赤な血が床に広がる。
 ノルオはナイフを片手に、ゆっくりとあかりに近付いていった。
 あかりは気を失っているのか、時折苦しそうな呻き声をあげるだけで、気付かない。
 あかり……。
 オレは、声に出したつもりだったが、言葉にはならなかった。
 息苦しい。
 このままではあかりが殺される。立たなくては……立たなくては……。
 しかし、もうまったく身体に力が入らなかった。
 ピタリと、足音が止まった。
 ひどく残忍な笑みを浮かべて、ノルオがあかりを見下ろしていた。
 あかり……。
 思わず、涙が零れた。
「おはよっ、浩之ちゃん」
「ダメだよ、そんなことしちゃ」
「ごめんね、浩之ちゃん」
「ま、待ってよぉ」
 元気なあかりの声が、遠くから聞こえてくる。
 あかりの笑顔、怒った顔、すねた顔、泣き顔、楽しそうな顔、苦しそうな顔、照れた顔、我慢してる顔、幸せそうな顔、悲しそうな顔、満足そうな顔。
 毎朝迎えに来てくれるあかり、一緒に登校するあかり、勉強するあかり、運動会でいつも背中を追いかけてるあかり、川で溺れてるあかり、オレのために弁当を作ってきてくれるあかり、自転車でひっくり返ってるあかり、てくてくと早足でオレの後をついてくるあかり、思い出しきれないたくさんのあかり。
 ぼんやりした頭の中に、走馬燈のように駆け巡る。
 オレのことが大好きなあかり。
 そして、オレの大好きなあかり。
 死なせるのもか。
 ダメだと思ったとき、人間はダメになるのだと誰かが言った。
 動けないのは、動けないと心のどこかで諦めているからだ。
「あ、あかりぃぃぃぃっ!」
 立ち上がることは出来なかった。
 けれど、その場で強く剣を振ることは、辛うじてすることができた。
 アイネおばさんの魔法の剣は、それだけで十分だった。
 ギュウィン!
 真空波が、ノルオの足を斬った。
「ぐっ!」
 ノルオが憎々しげな目でオレを見た。
 それが奴の命取りだった。
「このっ!」
 オレの声に気が付いたあかりが、ノルオの足を強く引いて、ノルオは敢えなくその場に倒れた。
 素早くその上にのっかるあかり。額が切れて、顔が血で真っ赤に染まっていた。
「ダ、ダメだ、あかり!」
 ノルオは動きを封じられはしたが、まだナイフを持った右手が自由になっていた。
 あかりはもう、魔法の準備をしている。
「ダ、ダメだ、あかりぃぃっ!」
「遅いっ! 死ねっ!」
 あかりの腹部の、オレと同じ箇所に、ノルオのナイフが埋まった。
「う……あっ……」
 あかりの口から、血がポタポタと垂れて、ノルオの顔にかかった。
「あかりっ!」
 あかりは、笑った……。ひどく残酷に。怖いほど……。
「……死ね……」
 痛みで途切れた集中力。行き場をなくした、溜まり溜まった膨大な魔力。
 あかりの身体を天井まで吹き飛ばす力を持った魔力の塊を、あかりは、ノルオの頭部に流し込んだ。
「う……うわあぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
 ノルオの頭が、水風船か何かのように、破裂した。
 あかりはゆっくりと床に倒れた。
 そしてオレも、次第に意識が薄れていって……。
 ……後は、覚えていない……。