『 To Heart Fantasy 』 第2巻

 間話 少女

 その時そこに、なんとも不思議な光の球が現れて、ぐるぐると音を立てて渦巻いたのを、もちろん少女自身は見ていない。
 そうしてルドスの空にふと現れた少女は、突然の出来事にも特に動じた様子はなかったが、現れた場所が空中であると、眼下に広がるブルーの海を見て知ったとき、さすがに驚きに目を大きく見開いた。
「なっ!?」
 この惑星にももちろん重力は働いており、少女はアッという間に落下して、派手な水しぶきを上げて海にダイブした。
 少女は水を吸い込んで重たくなった衣服を四苦八苦しながら海の中で脱ぎ捨てると、後は優雅に陸まで泳いで見せた。
 長い黒髪から透明な水滴をポタポタと滴らせながら陸に立った少女は、下着だけというあられもない姿であったが、運動をしていると思われる引き締まった肉体は、不思議といやらしさを感じさせなかった。
「はぁ。せっかく格好いい登場をしようと思ってたのに……」
 鬱陶しそうに髪を背中の方へ軽く手の甲で流すと、少女はつまらなさそうにそう言った。台詞の割には、どこか上品な響きがある。
 少女はぐるりと一度周囲を見回した。
 北、西、南の三方は、いずれも緑の草原がだだっ広く広がっているだけだったが、東には先程少女が落下した海があり、その先には塔のような高い建物が見えた。どうやら少女の落ちたところは、湾になっているようだ。
 ルドス湾。この惑星の人々はここをそう呼ぶのだが、もちろん少女は知らなかったし、また、特に知りたいとも思わなかった。
「さてと……」
 少女は海を右手にして立つと、決意に満ちた眼差しで歩き始めた。「急がないと……」
 呟いた少女の目は、眼前の草原ではなく、もっと先の、“それ”の姿を見つめていた。
「すぐに行くから……待ってて、姉さん……」
 少女の名は来栖川綾香。
 すべてを導きし少女、来栖川芹香の妹である。

 雲が、空高くに流れている。
 草を踏み締めながら、綾香は駆け足気味に先を急いだ。