『 To Heart Fantasy 』 第2巻

 間話 一つの物語の終わり

 そこは薄暗い部屋だった。
 今そこに、一人の少女が立っていた。
 来栖川芹香、その人である。
 芹香はいつかと同じ魔術師ふうの漆黒のマントを纏い、無言で部屋の扉を見つめていた。
 やがて、ゆっくりとそれが開かれる。
 入ってきたのは、まだ幼い少年だった。
「へえ〜。少し、ヴェルクを舐めていたようだね」
 少年が笑った。
 しかし芹香はそれには何も答えず、いつものように無言で杖を構えた。凝力石が緑の光を放つ。
「無口な人だ」
 少年もまた、同じような杖を懐から取り出した。
 二人とも意識を集中させ……先に術を放ったのは少年だった。
「いけぇ!!」
 巨大な炎の塊が芹香を襲う。
 それを芹香の放った風の魔法が巻き込み、炎の竜巻となって少年を襲った。
「くっ!」
 間一髪で少年がそれを躱す。そこに芹香の二激目が炸裂した。
 風が鋭い刃となって少年の身体を斬り裂く。
「く、くそっ! 舐めるな!」
 それから少年は念を凝らした。
 芹香は次の魔法を放つべく準備している。
 ふと、少年の身体がかき消えて、芹香は驚き、集中が途切れて爆発しそうになった魔力を無意味に放出した。
「ふん。極めれば、古代魔法はこんなことだって出来るんだ」
 芹香を嘲る少年の声がどこからともなく聞こえてきた。
 芹香はふるふると辺りを見回す。
 途端、芹香は太股に激痛を感じて片膝をついた。
「うっ……」
 見ると、太股の裏の部分がざっくりと刃物でえぐられていて、血が流れていた。
 しかし、そのほんの一瞬の間に、芹香の魔法が少年を捕らえていた。
「うわっ!」
 少年は炎を浴びせられ、姿を現した。姿を消すために使っていた集中力が切れたのだ。
「や、やるなぁ……」
 肩で息をしながら少年。よろよろと立ち上がった芹香もまた、かなり苦しそうに喘いでいる。
「でも、その足じゃ、集中も出来ないし、僕の魔法もよけれないだろ」
 そう言って、少年は簡単な刃を魔法で作り上げて芹香に放った。
 少年の言った通り、芹香にそれをよける余力はなく、刃は芹香の肩を軽く斬って血を流させた。
「あははっ。どうしたの? 反撃しないの?」
 笑いながら、少年は芹香の身体を魔法でいたぶった。
 少しずつ芹香の服が破れ、血で染まっていく。
 しかし、芹香は目を閉じたまま動かない。
 やがて、さしもの少年もそんな芹香の様子を怪訝に思うようになってきた。
(……何をしようとしてるんだ?)
 そして、そう思ったときはすでに遅かった。
「ぐ、ぐふっ」
 いきなり背中から小型ナイフで刺されて、少年は血を吐いた。「ど、どうして?」
 少年は苦しそうに振り返った。
 そこには芹香と瓜二つの少女……来栖川綾香が立っていた。
 もう一度綾香のナイフが少年の胸をえぐって、少年は絶命した。
 少年の死を確認してから、綾香が言った。
「随分、大ピンチじゃない。姉さん」
「…………」
 姉はこくりと頷いただけだった。

 芹香が、少年になぶられている間に念じていた魔法。それは姉を呼び寄せる魔法だった。
 なぶられながらなお魔法を放つだけの芹香の集中力と、魔法としてくっきりと頭にその姿を思い浮かべられるほどの姉妹の仲と親密さの勝利と言えよう。
 極めれば、古代魔法はこんなことだって出来る。
 より古代魔法に精通していたのは、芹香の方だった。

  *  *  *

 そしてこの日、歴史的事件が起こった。
 ティーアハイム奪回戦争。
 ハルデスクX世がビンゼを攻めた隙に、ハイデルは騎士団長リゼックと、ヴェルクは国王ハイス率いる連合軍がティーアハイム奪回に成功。
 そして、デックヴォルト国王ハルデスクX世もまた、ビンゼの部隊長松原葵に討たれてこの世を去る。

 春先の、穏やかな風の吹き抜ける、爽やかな日の出来事だった。