『 To Heart Fantasy 』 第4巻

 間話 呻き

 中央湿原の奥深く、常に暗雲の空に渦巻ける“暗黒塔”で、再び“それ”は目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。
 もはや、光というものさえ忘れ去ってしまったほど遥か昔、忌々しき人間どもにこの闇の中に封じられてよりこの方、“それ”は苦しみ、呻き続けながら、ただひたすらにこの時の訪れるのを待っていた。
 何者かが、自分のすべてを束縛せしこの禍々しき封呪を解き放つ、その瞬間を。
 そしてそれはついに訪れた。
 “それ”は歓喜に打ち震え、同時に人間どもに対して、底知れぬ復讐心を抱いた。
 しかし、大いなる野望は打ち砕かれ、すべての僕を失った自分に、一体どれほどのことが出来ようか。
 身体も長年の間に弱り果て、もはや昔ほどの力は望めない。
 まずは仲間を探すことだ。それは人間であっても良い。人間に恨みを持つ者、自分を利用しようとしている者、誰でも良い。とにかく仲間が必要だ。
 “それ”は目を閉じ、耳を澄ました。
 微かに、自分の名を呼ぶ声がした。遥か東からだ。
 “それ”は再び野望を胸に、光の下へ降り立った。

 しかし、自分の名を呼ぶ声は日増しに強くなる一方、“それ”は一向にその声の許に辿り着けずにいた。
 何者かが、声の主に会うのを邪魔しているのだ。
 “それ”は苛立っていた。
 やがて、ようやく自分を押し止める力がなくなったとき、すでに塔を出てから一年の歳月が過ぎ去っていた。
 “それ”は険しく聳え立つ山脈を越え、わずかな水量で申し訳ない程度に流れる川を下って、その街にやってきた。
 デックヴォルトの首都フラギール。かつてここは何もない、痩せ衰えた不毛の地であった。
《ここか……》
 “それ”は街に一歩足を踏み入れた。
 刹那、“それ”は身体に衝撃を感じて、後方に弾き返された。
《これは、封魔結界!》
 その時“それ”は知った。
 自分の名を呼んだ者と、自分がここへ来ることを拒む者が同一人物であることを。
《何故だ?》
 そして“それ”は、自分のしていた大きな勘違いに気が付いた。
 すなわち、自分を喚んだ者、つまり自分にかけられていた封呪を解いた者と、先程からこの街で自分の名を呼んでいる者が、まったくの別人であるということに。
 “それ”は怒った。そして、目の前にある結界を壊そうと躍起になった。
 けれども、全盛期の半分以下にまで弱まった“それ”の力では、その結界を打ち破ることは出来なかった。
 “それ”はあまりのもどかしさに猛り狂った。
 しかし、もはやこの街の他に行くつもりはなかった。
 ならば、この結界が解かれるか、或いは自分に力が戻るまで……。
 “それ”はそのどちらかを待つことにした。