『 To Heart Fantasy 』 第3巻

 間話 それぞれの戦い前夜

 ティーアハイムに今、その少年の姿があった。
 純白のローブに空色のマントをつけた魔術師ノルオ。
 彼の横には国王ハルデスクX世。その前には四人の重臣が座っている。
「じゃあ、今度の戦いについてだけど……」
 ノルオが言った。「ビンゼには、ウェレイク将軍とハルデスク王、それにファラカス軍師に行ってもらいます」
「ちょっと待て!」
 怒鳴るように言って、ジェイバンが立ち上がる。「何故オレが入っていない!?」
 ノルオはその威勢を削ぐように爽やかに言った。
「ジェイバン将軍にはここを守ってもらいます。はっきり言って、ビンゼより、この街での戦いの方が重要かつ壮絶なものになる。ビンゼはジェイバン将軍が行かなくても落ちる。でも、ジェイバン将軍がいなかったら、ここが落とされる。わかって下さい、ジェイバン将軍」
「……確かに一理あるな」
 割とあっさり頷くジェイバン。
 ノルオはにっこりと微笑んだ。
「じゃあ決まりだね。みんな頑張ろう。デックヴォルトの安定のために」
「おおっ!!」
 ジェイバンを始め、皆が威勢良く声をあげた。
 ノルオはそんな彼らの様子をにこにこと眺めていたが、内心はほくそ笑んでいた。
(これでいい。これでこいつらがビンゼを落とすことも出来なければ、ヴェルクの奴らもここを落とすのに苦労するはず。すべては上手くいっている)
 ノルオは笑った。将軍たちと一緒に。
 一人、違うことを考えながら。

  *  *  *

 誇りの民の街ハイデル。
 この街で今、一つの軍隊が南に向けて発とうとしていた。
「ではディクラック王、行ってまいります」
 軍を仕切るのは将軍リゼック。その数5000。
 ハイデルのすべての戦力がここにある。
「任せたぞ、リゼック。誇りをなくしたハルデスクを、見事討って来い」
「はっ!」
 こうして彼らは、ハイデルの民の見送る中、街門を潜った。
 その様子を、一人思案顔で眺める少女がいた。
 王国付きの学者保科智子。
 彼女は悩んでいた。
 ずっと、デックヴォルトがビンゼを攻める理由を。
 そして、ふと気がついた。それは奇跡に近かった。
(まさか……! あかん!)
 智子は走り始めた。
 数日前に、来栖川芹香が使った魔法陣目指して。
(頼むで。使えてくれ)
 智子は城の地下室の魔法陣に入った。
 そして唱える。

『ツァイト ツァイト エルテ フェゼイン……
 すべての道を統べる者
 我をかの地へ導き給え
 時を越え 時空を渡り
 海を割り 大地を裂いて
 風よ 道を築いて吹き給え……』

 ふっと、智子の姿がかき消えた。

  *  *  *

 魔法の王国ヴェルク。
 今、その国王ハイスの前に、芹香はいた。
「では、これから私はティーアハイムへ向かう。セリカ君は、“それ”の方を、よろしく頼む」
 芹香はこくりと頷いた。
 この時ハイスは失念していた。
 自国の地下室に眠るそれのことを。それはあまりにも長い間動かされなさ過ぎたのだ。
 だから芹香もまた、その存在を知っていながら忘れていた。
 智子がこの国に着いたとき、すでに芹香は南に旅立った後だった。