『 Guilty 』 |
第1章 ユーノ・スクライア フェイトがクロノとともに地球を経ち、時空管理局の時空航行艦船アースラに戻ってからもしばらくの間、ユーノは地球に住むなのはの許に留まっていた。次元震の影響で故郷であるミッドチルダに帰る目処が立たなかったからである。 季節が春から夏へと移ろう間、ユーノはなのはに魔法を教えたり、地球の外の世界の話をしていた。なのははもはや日常的に魔法を必要とする場面などなかったが、興味と便利と義務感のために積極的に魔法の勉強を続けていた。義務感とは、つまり自分にしか出来ないことは自分がするべきだと感じる気持ちである。 それによって息苦しさを覚えるようなことはなかったが、ひょっとしたら自分は翠屋の二代目にはならないかもしれないと思い、いつしか料理番組も見なくなり、お菓子作りからも遠ざかってしまった。姉の美由希は料理はまったくダメだし、母親の桃子が翠屋も自分の代で終わりかと冗談めかして言ったが、一年前は「おかーさんみたくなる!」と目を輝かせていた末娘の興味が他に移ってしまったことには、少なからず寂しさを抱いているようだった。 やがて、アースラから連絡が来て、ユーノも地球を経つことになった。なのははその別れを悲しんだが、その頃にはアースラのフェイトとビデオメールで文通を始めており、笑顔でユーノを見送った。現実にフェイトと交流することで、自分から会いに行くことこそできないが、ユーノも決してそんなに遠くに行ってしまうわけではないのだと感じたのだ。 ユーノの方ではそれほど強い寂寥の念を抱いていなかった。もちろんなのはのことは好きだし、ずっと一緒だった子と離ればなれになるのが寂しくないわけではなかったが、ユーノの側からは会おうと思えばいつでも会える。それに、元々漂泊民族であまり帰属意識は持ち合わせていないとは言え、地球よりも故郷の方が落ち着けるのは確かだった。 アースラに戻ると、フェイトは時空管理局の嘱託魔導士になっていた。アースラにいてもすることがなく、彼女の強い魔力は役に立つこと、彼女自身がそれを望んだこと、時空管理局のために働くことが少なからず裁判を有利にすることなど、色々な事情によるものらしいが、ユーノは特にそのことには興味を示さなかった。フェイトに関心がないわけではなく、彼女が魔導士として活躍するのはとても自然に思えたからだ。 そのフェイトに、帰るや否や質問攻めにされた。なのはは元気だったか、自分の送ったビデオメールは見てくれていたか、ちゃんと自分のことを覚えているか、時々思い出してくれていたか、交換したリボンはつけてくれていたか。そんな質問から始まり、なのはの友達は優しそうかとか、自分といる時となのははどっちが嬉しそうだったかとか、自分が友達と思っているくらいには、なのはも自分を友達だと思ってくれているかとか、どう答えていいかわからない質問をされ、ユーノは苦笑した。 「フェイトは、本当になのはが好きなんだね」 フェイトは顔を赤らめて硬直した後、小さく「うん」と頷いた。それから少し興奮した気を鎮め、寂しそうな目をして付け加えた。 「なのはには、私の他にも友達がたくさんいるから……。元々私のいなかった世界があって、なのははそこに帰って、私のことなんて忘れちゃうんじゃないかって……。でも、私にはなのはしかいないから……」 俯いたフェイトの髪で、なのはからもらったピンクのリボンが揺れた。 ユーノは黙っていた。フェイトにはアルフやクロノ、リンディや自分だっているが、たぶんなのはは別のところにカテゴライズされていて、フェイトの言う「友達」の中にはなのはしか入っていない。極端に人間関係が希薄なフェイトにとって、知り合いの一人一人が占めるウエイトは他の人のそれよりも遥かに大きいだろうが、その中でもなのはは特別で、フェイトの心の大部分、あるいは全部を占めているのだろう。 「なのはは、フェイトにいつでも会いたがっていたよ」 少し考えてから、ユーノはそう答えた。 「本当!?」 フェイトの顔がぱっと晴れる。ジュエルシードを巡って敵対していた時には、こういう顔が出来るとは考えもしなかったが、なのはのこととなると本当に嬉しそうに笑う。その様子は、フェイトが自分のすべてをなのはに委ねているようで一抹の危うさを感じたが、ずっと信じてきた親に裏切られたショックで空っぽになってしまったフェイトの心を、満たすことができるのはなのはしかいない。なのはがフェイトを裏切ることは考えられないので、ユーノはひとまず現状で良しとした。 時空管理局の本局へ向かう航路を、ユーノはクロノとフェイトの魔法の鍛錬に付き合ったり、ロストロギアに関するデータを眺めて過ごしていた。そんなある日、部屋で一人で本を読んでいると、不意に自分の名を呼ぶ声が聞こえて、本を置いて顔を上げた。 『ユーノ……ユーノ・スクライア……』 ユーノは怪訝な表情で部屋を見回したが、すぐに思念通話だと気が付いて目を閉じた。意識を深く内側へ落とし込む。ただの念話ではない。かなり遠くから、しかも他の者に気付かれることなく、ユーノにだけ発信されている。そんなことが出来るのは、そしてこの気配は、同族の者の為す魔法だ。 『誰?』 ユーノも念話を飛ばす。声の主はユーノとともにジュエルシードの発見に一役買った、スクライア一族の青年だった。名をファルオンという。ファルオンはありきたりの挨拶をした後すぐに、まるで内緒話でもするように声の調子を落としてこう尋ねた。 『ユーノ、君は今、第97管理外世界の近くにいるのか?』 第97管理外世界とは、要するになのはの住む地球のことである。ユーノは決して近くはないが、飛んで飛べない距離ではないことを告げた。ファルオンは「そうか」と溜め息を吐くように呟いてから、少し沈黙した。 『どうしたの? 地球で……何か?』 良からぬものを感じて、ユーノも表情を固くする。平和そうななのはの顔が脳裏に浮かんだ。魔法の練習を続けているが、それを戦いで使う機会など無いに越したことはない。 ユーノに先を促され、ファルオンは意を決したように口を開いた。 『ユーノに頼みたいことがある』 そう切り出したファルオンの話は、要約するとこういうことだった。 ジュエルシードが見つかった遺跡の発掘調査を継続していたら、他の場所から再び十数個のジュエルシードが発掘された。これもまた適切な処置をしようとしたところ、中途半端に知能と魔力を持った生命体に襲われた。一族の者で力を合わせ、何とかこれを退けたが、生命体はジュエルシード1つを掴んでどこかに転移してしまった。つまり、逃げられたということである。 魔力の追跡や、先の事件の結果から、生命体の逃亡先は地球であるとわかった。そこで、地球に一番近い一族の人間──ユーノに、これを追って始末し、ジュエルシードを取り返して欲しいというのだ。 『相手は手傷を負っている。手負いの分、逆に油断できないところはあるが、能力は半減しているはず。ユーノなら一人でなんとかできる。頼まれてくれないか?』 ユーノは少し考えた。相手はたかが一体だし、プレシアのような有能な魔導士でもない。ジュエルシードを意識的に悪用される危険もないし、なのはと力を合わせれば解決は容易だろう。それに、事情を話せばクロノもフェイトも手伝ってくれるはずだ。ユーノは大きく頷いて、引き受ける旨を伝えた。 『そうか、ありがとう』 ファルオンの安心したような声がした。顔は見えないが、事が事だけに不安が大きかったのだろう。ロストロギアの発掘は違法行為ではなく、むしろ世界に対する貢献になるが、流出は危険を孕む。二度に渡る流出が時空管理局に知れたら、今後の発掘調査に支障が出るかもしれない。 おや、とユーノは思った。すぐにそれをファルオンが言葉にした。 『ユーノ、わかってると思うが、このことは時空管理局の人間には知られないよう、秘密裏に進めてほしい』 そうだ。元々先の事件でも、ユーノはすぐには時空管理局に報告をせず、自分一人の力でジュエルシードを回収しようとした。それは事態を軽視していたせいもあるが、咎められることを恐れたためでもあった。今回もそれと同じだ。 けれど、前回とは事情も立場も異なる。今や自分は時空管理局に近い人間だし、先の事件では解決に貢献して表彰もされた。悪い報告ほど早くするのが鉄則だと身を持ってわかったし、今ならば真相を打ち明けても悪い方に進むことはないだろう。 ユーノはそう思い直し、ファルオンにそう告げた。しかしファルオンは強い口調で「ダメだ」と一蹴し、すぐに低い声でたしなめるように続けた。 『ユーノ、一族の失態は一族の人間で片を付ける。貸し借りを作るのは面倒だし、依存を生む。少しの間外にいただけで、そんなことも忘れたのか?』 『でも……』 今や両方の立場で物を考えられるユーノは、逡巡し、即答できなかった。ファルオンの言うことはわかるが、時空管理局の人間であれば、こういう事件はすぐに報告して欲しい。 迷ったままのユーノに、ファルオンは深く息を吐いてから、諭すように、あるいは突き放すように言った。 『ユーノ。俺がこれをお前に話したことを後悔するようなことにはならないよう、願っているよ』 『……わかったよ、ファルオン』 ユーノは静かに頷いた。ファルオンは「ありがとう。よろしく頼む」とだけ言って、思念通話を打ち切った。ユーノはふらりと立ち上がり、そのまま倒れるようにベッドに横たわった。 約束したことは守る。今回の事件は一人でも解決できる。よしんばなのはに力を借りたとしても、きちんと事情を話せば彼女は管理局には黙っていてくれるだろう。 それでも、ユーノは胸が苦しかった。話す義務など元々ないのかもしれないが、それでもリンディやクロノ、フェイトと言った時空管理局の仲間に隠し事をするのは、騙しているような気分にさえなる。しばらく心を落ち着けるように横になっていたが、結局一度生まれた罪悪感が消えることはなかった。 |
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