『 Guilty 』

 第3章 神咲那美

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 幸いにも、レンは命に別状はなく、深夜に病院に運び込まれはしたものの、朝には家に帰ってきた。もっとも、顔色は良くなかったし、立っているのもしんどそうで、心配そうななのはを余所目に、さっさとベッドに潜り込んでしまった。
 昼になってようやくレンが目を覚ますと、なのはは改めてレンの部屋を訪れた。晶も一緒にである。
「なのちゃんには、悪いことしたな……」
 深く息を吐いて、さも無念そうにレンが呟いた。なのはは大きく首を横に振り、涙の滲む目でレンを見つめた。
「レンちゃんは悪くないよ。全部なのはがいけないの。ちゃんと話していれば、こんなことにはならなかったのに……」
「隠し事は別に悪ないよ。うちかて、病気のことずっと黙っとったし」
 レンはそう言うと、晶に目を遣った。こうなった今、もはや中途半端に隠していても仕方がない。すべてを話すよう促すと、晶は大きく頷いてから、レンの代わりに話し始めた。
「なのちゃんが春にあのリンディさんやフェイトって子と何があったのかは知らないけど、その後魔法の練習をしてることは、俺とレンと美由希ちゃんは知ってたんだ」
 そもそも恭也がそれを見て、3人にだけ教えた。けれど家族会議により、そのことはなのはには黙っていようと決まった。
「せっかくなのちゃんが自分で考えて、みんなに秘密にして打ち込んでることを、わざわざばらす必要はないって師匠が言って。元々春のことには触れないでおこうって桃子さんも言ってて、だから魔法のことも、黙って見守ろうって3人で決めたんだ」
「だから、なのちゃんは悪ないよ。うちがあの時晶を起こせば良かったんや。一人でなんとかできると思ったうちがあかんかった」
 なのははぼろぼろと涙を零しながら、何度も首を横に振った。少し背伸びした自分を、皆が温かく見守ってくれていたことが嬉しくて、恥ずかしくて、たまらなく悲しくて、頭の中がぐちゃぐちゃになった。自分で隠し事をして、勝手に家族との間に溝ができたような気になって、果てはこういう事態を巻き起こし、それでも二人は決してなのはを責めようとしない。
「やっぱりなのはがいけないの。もっと早く魔法を使えば、レンちゃんを助けられたのに……」
「それだけ大事なことだったんやろ? なのちゃんが魔法を使ったのは結果論。使わずに済んだなら、それに越したことはなかったんや……」
 それだけ言うと、レンは苦しそうに息を吐いて目を閉じた。
「ごめんな。少し疲れたから寝かせて」
「うん……」
 なのははしょんぼりしたまま晶と一緒に部屋を出た。それからしばらく無言で部屋の前に佇んでいたが、やがてレンのために二人で八束神社にお参りに行くことにした。もし神社に那美がいたら、ひょっとしたらレンの症状を和らげられるかもしれない。痛みや熱に効くかはわからないが、那美には傷を癒す力がある。
 道中で、なのははぽつりぽつりと春の出来事を話した。飼っていたフェレットはユーノという少年で、彼が持っていたレイジングハートというインテリジェントデバイスによって、自分は魔法使いになったこと。その力を使ってジュエルシードというロストロギアを集め、その最中に同じ目的を持った少女フェイトと対峙したこと。
「インテリジェントデバイス? ロストロギア?」
 晶がちんぷんかんぷんだという顔をする。なのはは実際にレイジングハートを起動して見せた。小さな赤い宝石が杖の形を取る。
「別にこれが無くても魔法は使えるんだけどね。リンカーコアっていうのが体の中にあると、魔法が使えるんだって。地球にはそれを持った人が少ないんだけど、わたしにはあって、しかもすごく強いんだって」
 レイジングハートがそれに同調して、晶が「喋った!」と思わず身を仰け反らせる。なのはは小さく笑って説明を続けた。
「ロストロギアっていうのは、すごい力を持った魔法の遺産みたいなもので、ジュエルシードっていうのはその一つ。これくらいの大きさの宝石で、ユーノ君が発掘したんだって」
 親指と人差し指で大きさを示す。晶は「ふーん」と頷いているが、どこまで理解しているかは怪しいものだ。いずれにせよもう一度兄には話すことになるだろうが、今はそれ以外の話をするような気分ではなかったので、なのははフェイトやアルフ、それから時空管理局の仲間や友達のことを話した。
 フェイトの過去や家族のことだけは秘密にして、それ以外のほとんどのことを話すと、もうだいぶ神社に近付いていた。なのはは話し終えた後、晶の反応が怖かったが、晶は「なんだかすごいんだね」と感心したように言っただけだった。
 なのはは少し拍子抜けした。そもそも家族に秘密にしていたのは、怖がらせたり、心配させたり、あるいは軽蔑されたり、距離を置かれたりしないためだったが、そう考えること自体が家族を信用していなかったのかもしれない。実際晶もレンも、魔法のことを知ってからも、昨夜の一件の後も、前と同じように接してくれている。
 自分の周りにはフィアッセや那美や忍など、どこか特別な体質や事情、家族を持った人間がたくさんいて、晶やレンからしたら、なのはもその内の一人に入ったくらいの話なのだろう。なのはは余計に後ろめたい思いになった。こんなことなら、やはりもっと早く話しておくべきだった。
 二人の間に沈黙が降りたその時だった、なのはは強力な魔法の気配を感じて足を止めた。昨夜のレン同様、なのはの影響を受けてか、晶もこの異様な気配に気付いたようで、気持ち身構えながら口を開いた。
「なのちゃん、これはその魔法の何かか?」
「うん、たぶん」
 たぶんと言ったが、絶対だ。より厳密に言うと、ジュエルシードを集めていた時によく似ている。気配は神社の方からする。走り出そうとした刹那、ドーム状の光が周囲を覆った。
(結界!? ユーノ君?)
 先に晶が走り出した。事情はわからないが、結界が張られた以上もはや何も躊躇することはないと思い、なのははレイジングハートを起動し、バリアジャケットを身に着けた。先を行く晶が一度振り返り、口笛を吹いた。
「なのちゃん、カッコイイよ」
 なのはは少し恥ずかしかったが、努めて明るく笑って返した。
 前方で魔法の光が迸り、雷撃が地面に炸裂する。後者は久遠のものだろうか。
「急ごう!」
 晶の声に、なのはは大きく頷いた。