『 Guilty 』

 第3章 神咲那美

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 森の中、木々に隠れて、ユーノは暴走したぎんがと人の姿になった狐の久遠の戦いを、はらはらしながら見つめていた。
 なのはの家に忘れ物をしたという苦しい言い訳をしてアースラを出てきたのが昨日のことで、到着した時にはウサギもどきはすでに倒された後だった。しかし、ウサギはジュエルシードを持っていなかった。恐らくユーノの仲間の攻撃から逃げた際に落としたのだ。
 ようやく見つけたのがついさっきで、悪いことにユーノが回収するより先に、ジュエルシードは猫のぎんがを取り込んでしまった。ぎんがの欲望が何であったかは定かではないが、野良の性質か生物の本能か、強くありたいという願望でも抱いていたのだろう。ぎんがは飼い主同然の那美を襲い、友達のはずの久遠にも牙を向けた。
 今は巨大化こそストップしているが、とうとう魔法まで使い始めた。速度も威力もないが、普通の人間には十分脅威となり得る。ユーノが使ったのと同じタイプの光弾だが、それを久遠は力で弾き返し、那美は抜き放った小刀で防いでいる。すごい刀だ。魔法とは違う類の特別な力を持ったもので、あれならばぎんがを斬り付けてもジュエルシードの魔力だけを断ち切れるかもしれない。
 ユーノはそんな彼らの戦いを見ながら、加勢するべきかを迷っていた。那美とも久遠とも過去に何度も会っており、顔見知りである。久遠がまさか人の姿になれるとは思っていなかったし、那美もただの女の子だと思っていたのでこの状況には驚いたが、いずれにせよ出て行けば魔導士だとばれる。自分はそれでも構わないが、なし崩し的になのはのことまで知られるのは、今後も彼らと生活をしていく本人の承諾無しでは出来ない。
 しかし、そんな悠長なことを言っていられる状況ではなくなってきた。ぎんがの魔法はどんどん強くなるし、久遠は疲れ切った様子で、奥の手を使うように雷撃を放ち始めた。ユーノは先ほど久遠を助けてからは何もしていなかったが、彼らの手助けをする決心をした。
 まずは周囲に結界を張ると、森から出てぎんがにバインドの魔法を放った。那美が突然の男の子の登場に驚いた顔をし、久遠が苦しげに「ゆーの……」と呟いた。その言葉に那美がさらに驚いた顔になる。ユーノはひょっとしたら本来の姿なら気付かれないかも知れないと思ったが、やはり久遠の目は誤魔化せなかったらしい。
 気にせず、ユーノは言った。
「那美さん、ぎんがは僕が押さえています。今の内にその刀で」
 那美は久遠の言葉と、少年が自分の名前を知っていたことで、すぐになのはの飼っていたフェレットが彼だと認識し、余計なことは言わずに刀を握り直した。
「大丈夫です。たぶんその刀なら、ぎんがとジュエルシードを切り離せます!」
 ユーノはずっと戦いを見て、那美が何を迷っているか知っていたので、背中を押すようにそう付け加えた。那美は半信半疑だったが、このままでは全員殺されると思い、ユーノを信じて斬りかかった。
「やーっ!」
 気の抜けるようなかけ声と、まるで様になっていない太刀筋。それに思わずユーノが脱力したせいかはわからないが、ぎんがは全身を大きく振ってユーノのバインドを壊した。そして一瞬怯んだ那美を前足で蹴り付ける。太い指が腹部にめり込み、那美は呻き声を上げてその場に崩れ落ちた。
「なみ!」
 久遠がふらふらになりながら雷を落とす。ぎんがはそれをものともせずに突進し、久遠の体は数メートル先の木に叩き付けられた。
「くそぅ!」
 ユーノは毒突いた。もっと早くになら自分の力でもなんとかなったが、今となってはデバイスも持たない自分がジュエルシードを封印できるかわからない。ぎんがが7個ほどの光弾をユーノに放った。それを防御魔法ですべて受け止めると、その間にぎんがが目前まで迫ってきており、ユーノは青ざめた。
 そのぎんがの体躯が、大きな打撃音とともに軽いボールのように吹っ飛んだ。ユーノが呼吸するのも忘れて、身を強張らせたまま見ると、そこに立っていたのは高町家にいた晶というボーイッシュな少女と、そしてバリアジャケットに身を包み、レイジングハートを握ったなのはだった。
「なのは!」
「ユーノ君! ってことは、やっぱりあれはジュエルシード?」
 久々の再会だが、挨拶をしている余裕はかけらもない。なのはは「晶ちゃん、足止めして」と叫ぶや否や、Flier Finを展開して空に上がった。晶は「おう!」と力強く頷き、化け猫に恐れることなく向かっていく。
 ぎんがは身を起こして晶に光弾を放った。晶はそれを器用にかわすと、強力な正拳突きを放つ。ひるんだぎんがにさらに前蹴りを見舞い、畳み掛けるように後ろ回し蹴りを決めると、ぎんがは砂埃を上げて地面の上に転がった。そこにユーノがバインド魔法を放つと、頭上でもう一つ太陽が出たかのような強い光が輝いた。
「ちょっと痛いけど我慢してね……ディバインバスター!」
 レイジングハートの先端から強力な光が照射された。何度かなのはの魔法の練習を覗き見したことのある晶も、なのはのディバインバスターを見るのは初めてだった。事情がわからない那美など、腹部を押さえたままぽかんとしている。
 見慣れているユーノだけは、これで大丈夫だと思った。ところが、ぎんがは生存本能によるものか、頭上に素早く見たこともない魔法陣を作り上げた。なのはもユーノもただの防御魔法だと思った。しかし、その魔法陣はなのはの光線をそのまま空に跳ね返した。
「えっ……!」
 魔法を放ったばかりで体勢も整っていないなのはに、ディバインバスターの強力な光が迫り、そのまま飲み込んだ。足下で自分の名を呼ぶユーノの悲鳴が聞こえた。なのはは自分がいつもどれだけ凄まじい威力の魔法を使っているかを痛感しながら意識を失い、そのまま地面に墜落した。
「なのはっ!」
 もう一度叫び、ユーノはすぐになのはに駆け寄った。幸いにも防護服のおかげで命に別状はないが、意識を戻すには治療が必要だった。しかし、それを使っている余裕はなく、それどころかこの状況を乗り越える術も思い付かない。
 ユーノはどう逃げようかと考えを巡らせた。けれど、そんなことを考えたのはユーノ一人だった。
「まだだ! 那美さん!」
 晶が今の魔法で消耗しているぎんがに跳び蹴りを食らわせる。反撃の光弾はすべて久遠の雷撃が打ち消した。
 那美は腹の痛みを堪えながら、雪月を握った。左手からはまだ血が流れているが、右手の血はすでに乾いている。柄が滑ることもない。顔を上げると晶が全身に傷を負いながら、ぎんがを組み敷いていた。
 目を閉じて気を整える。雪月の刀身が金色の光を帯びた。
「神気発勝……神咲一灯流……」
 キッと敵を見据える那美の瞳に闘志が宿った。強く地面を蹴って距離を詰める。ぎんがが晶の体を振りほどいて起き上がった。だが、那美はすでに目の前で右手を振り上げていた。
「真威桜月刃っ!」
 鋭く空を切り裂く音。ぎんがが叫び声を上げたが、切ったところから血が出るようなことはなかった。確かに、魔法的な呪縛だけを切り裂いている。今なら、ユーノにでも封印できる。
「ジュエルシード、封印!」
 ユーノが両手を突き出して魔法を放つと、ぎんがの体が青白い光に包み込まれた。そして勢いよく光の柱が空に立ち上り、やがて消えると、後には灰色の猫が一匹倒れていて、その上に青い宝石が微かに光ったまま浮かんでいた。
 一瞬の静寂の後、ずっと鳴いていたはずの蝉の声が耳に戻ってきた。ユーノはジュエルシードを回収して、ようやく安堵の息を吐いた。
「皆さん、その、ありがとうございました」
 小さく頭を下げる。
 地面にぺたりと尻をついている那美と、いつの間にか狐の姿に戻った久遠、そしてなのはを抱きかかえている晶の、疲れ切った3つの視線がユーノを見つめていた。ユーノは困ったようにあははと笑った。
 蝉は鳴き続けていた。