『 Guilty 』

 第6章 高町なのは

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 あまりの暑さに、なのはは目を覚ました。布団はもはやベッドの上にはなく、なのはの位置からでは見えないが、床を温めていることだろう。
 カーテンの向こう側はすでに明るい。べったり汗をかいた首筋を袖で拭い、隣を見ると、フェイトが安らかな表情で眠っていた。
 半身だけ起き上がり、そっとフェイトの頬に触れてみる。なのはほどではないが、フェイトの肌もしっとりと汗ばんでいた。優しくフェイトの顔を撫でた。一日の始めに見るのが、一番大好きな友達の寝顔というのもいいなと思った。
 昨夜なかなか寝付けなかったのか、フェイトは起きる気配がなかったので、なのはは音を立てずにベッドから起きて部屋を出た。1階に下りるとフェレット姿のユーノと会った。
「おはよう、ユーノ君」
 挨拶をしてから、なのはは微かに笑った。ユーノが怪訝な顔をする。
「おはよう、なのは。どうしたの?」
「ううん。懐かしいなって思って」
 元々なのはは、朝はあまり強くない。そんななのはだったが、フェイトと出会った一件の後、毎朝早起きをしてユーノと一緒に魔法の練習をしていた。今では家で一番早起きになっている。
 ユーノも当時を思い出して、今日も練習に行くのかと聞いた。なのはは首を横に振った。
「今日は行かない。もしやるならフェイトちゃんと一緒にやりたいし。フェイトちゃん、まだ寝てるから」
 そう言ってから、なのはは昨夜のフェイトとの会話を思い出した。フェイトは、レンや晶が冷たかったと言っていた。原因はユーノの説明に決まっているから、少し怒っておこう。
「そう言えば、ユーノ君。フェイトちゃん、やっぱりユーノ君のことを調べに来たわけじゃなかったよ。レンちゃんと晶ちゃんに冷たくされたって、気にしてた。後でちゃんと謝っておいてね。二人にはわたしから話しておくから」
 怒ると言っても、可愛くたしなめる程度だったが、ユーノは何も言い返さなかった。フェイトのこととなると、日頃は温厚ななのはもむきになる節があるので、その方がいいと思ったのだ。
 けれど、ユーノはフェイトの言葉を鵜呑みにしてはいなかった。自分に関係ないとしたら、何故今なのはに会いに来たのか。その疑問が解消されない限り、慎重にならざるを得ない。
「わかったよ。でも、念のためにジュエルシードのことは秘密にしておいて。フェイトが嘘をついてるとは思ってないけど、ジュエルシードのことは言わない方がいい」
 真顔でそう言ったユーノに、なのはは困った顔をした。ジュエルシードのことは昨夜フェイトに話してしまったから、取り返しがつかない。フェイトの意思と、フェイトがリンディやクロノに隠し通せるかは別問題だとわかっていたが、ああしてはっきり質問されたら答える以外に術はなかった。嘘はつきたくない。
 なのはは昨夜のことを正直に話した上で、後からフェイトに念を押すと約束した。ユーノは難しい顔をしたまま頷いた。
 それからなのはは起きてきた桃子とフィアッセに挨拶をし、食事の準備を始めていたレンと晶を捕まえた。「おはよう」と声をかけてから、咎める眼差しで二人を見上げる。
「レンちゃん、晶ちゃん。昨日、フェイトちゃんによそよそしい態度を取ったり、そっけない反応をしなかった? ビデオの二人と全然違ったって、悲しそうにしてたよ」
 なのはの言葉に、二人は明らかに痛いところを突かれた顔をした。心底申し訳なさそうにレンが口を開く。
「そのことは、うちらも重々反省を……」
「うん。フェイトちゃんも、最初はって言ってたから。フェイトちゃんは本当にいい子だし、わたしの大切なお友達なの。うちに来たのはただわたしに会いに来ただけで、ユーノ君のこととは関係ないって。ジュエルシードのことも全部話したから、もう隠し事もしなくていいし、優しくしてあげて」
 最後は懇願するように頭を下げると、二人は恐縮したように手を振った。
 二人としても元々ビデオメールを見てフェイトのことを気に入っていたし、なのはの友達を歓迎したいと思っていた。昨日の対応は自分たちの中でも明らかに問題だと感じていたので、フェイト自身が冷たくされたと感じたならば、なおさら優しくしなくてはいけない。
 だが、なのはがほっとした様子で部屋に戻って行った後、ユーノがやってきて二人に小声でこう言った。
「レン、晶。こんなことを言ったら、僕は嫌われるかもしれないけど、それでも敢えて言わせて欲しい。フェイトはなのはの言う通り、本当に素直ないい子だし、嘘はつかない。でも、ジュエルシードのことだけは気を許さないで。昨日も話したけど、ジュエルシードのことを時空管理局の人に知られたら、なのはも僕も罪になる。僕は、フェイトがここに来た理由がわからない限り、みんなに嫌われてでもフェイトを警戒しようと思う」
 二人は顔を見合わせた。フェイトがいい子なのは、直接会ってみて二人にもわかった。すべてを正直に話したなのはに、フェイトが嘘をつくとは思えないが、事情が事情だからユーノが警戒するのもわかる。
「なあ、直接フェイトにここに来た理由を聞いちゃまずいのか? 昨日はジュエルシードのことを言えなかったから聞けなかったけど、こっちは手の内全部見せたんだし、はっきり聞いちゃえばいいんじゃないのか? あの子なら、聞けば答えてくれると思うけど……」
 晶が尋ねる。昨日は初対面のフェイトを警戒したが、なのはに頼まれたこともあるし、できれば面倒な腹のさぐり合いはしたくない。全部オープンにした上ですっきりしたかった。
 そんな晶の意を酌み、ユーノは神妙な面持ちで頷いた。
「晶の言う通りだ。フェイトには後で僕が直接聞いてみる。でも、その答えに関わらず、二人には気を付けていて欲しい。ここでの様子はアースラからも見ることができる。そうしないのは倫理的な事情だけで、何が呼応してアースラから監視されるかわからない。油断はしないで欲しい」
 ユーノがあまりにも真顔で言うので、二人は不本意ながら同意した。なのはを信じることと、なのはのためと言うユーノを信じること。どちらがなのはのためになるかは、今の状態では判断できない。それならば、最悪の場合にリスクの少ない方を選ぶのが妥当だ。なのはが罪人になるのだけは避けなければならない。
「それにしても、なんや、面倒なことになってしもうたな」
 胸元からジュエルシードを取り出して、レンが呟いた。やはりユーノに返した方がいいと改めて思ったが、とにかくフェイトのいる間は隠し通そうと誓い、再び服の中にしまった。
 やがてなのはがフェイトを伴って下りてきた。アルフも合流して家族揃って食事をとる。なのはは、今日はすずかとアリサにフェイトを紹介するのだと張り切っていた。その最中、フェイトは静かに座ってにこにこしていたが、時折ちらりとレンを見た。レンはそれに気付かない振りをしたが、フェイトが少なからずジュエルシードを意識していることがわかり、ユーノの言葉を胸の中で反芻した。
 食事が終わると、なのははフェイトの手を引いて外に飛び出した。読書感想文の宿題が終わっていないことは少し気になったが、それは夏休みの最終日になんとかするとして、今日は丸一日フェイトと遊び尽くすつもりだった。
「今朝メールしたんだけど、すずかちゃんもアリサちゃんも、フェイトちゃんと会うのをすごく楽しみにしてたよ。すごくびっくりしてたし、楽しみだね」
「うん」
 大はしゃぎのなのはに、フェイトが小さく頷く。明らかに心ここにあらずという反応だったが、なのははそれを緊張しているのだと思って、優しく微笑みかけた。
「大丈夫だよ。二人ともわたしの大の仲良しだし、昨日のレンちゃんと晶ちゃんみたいなことには絶対にならないから、安心して」
「うん、ありがとう、なのは」
 フェイトはなのはを心配させてはいけないと思い、安心させるようにぎゅっと手を握った。実際、すずかとアリサと会うのは楽しみだったし、せっかく大好きななのはと一緒にいられる貴重な時間を、物思いに耽っていてはもったいない。ジュエルシードのことは気にせずにはいられなかったが、フェイトはひとまず忘れることにした。
 すずかの家に着くと、すでにアリサもいて、二人は上品に挨拶をした後、逸るようにフェイトを中に招き入れた。一通り家を案内してから、場所をテラスに移す。そこで甘い紅茶を飲みながら、二人はフェイトを質問攻めにした。
 その質問は大体昨日フィアッセたちから受けたものと同じだったので、フェイトは昨日より上手に受け答えできた。なのはとの出会いは、偶然同じ物を欲しがった末ケンカになり、最終的には大人が持っていったが二人は仲良くなったと説明した。アリサが豊かな表情で疑問を表現し、首を傾げながら言った。
「一体ケンカになるほど、何を欲しがったの?」
「うーん……宝石、かな?」
 フェイトがなのはを見ると、なのはも笑いながら頷いた。二人は「意外」と目を丸くした。
 昼まですずかの家にいて、それから四人は桃子の働く翠屋に移動した。ケーキをつつきながらアリサが学校や習い事、すずかやなのはのことを喋り続ける。フェイトは自分の知らないなのはを知ることができて嬉しかった。
「なのははアリサともケンカしたんだね」
「そうよ、まったく。フェイトともケンカしたんだから、あたしやフェイトに問題があるんじゃなくて、なのはに問題があるのよ!」
「うーん、フェイトちゃんとはともかく、アリサちゃんのはどうかなぁ」
 なのはが腕を組みながら唸り、アリサが心外だと声を上げた。すずかがなだめ、そんな三人を見つめながら、フェイトは朗らかに微笑んだ。
 それからショッピングセンターをぶらぶらして、服や小物を見た。今はこんなのが流行ってると言いながら、アリサがぶさいくなぬいぐるみを押し付ける。フェイトは困惑しつつも、記念にと思い、鼻の短いゾウのぬいぐるみを一つ買った。バッグに付けるのがトレンドらしいが、そもそもバッグを持っていないので、アリサに言われてベルトにぶら下げてみる。
「まあ、携帯電話のストラップに見えなくもないわね」
 自分で勧めておきながら、アリサが首を捻った。フェイトは自分が変なことをしているのかよくわからなかったのでなのはに聞いてみたが、なのはも「まあいいんじゃない?」と言ったので良しとした。
 そうして一日を楽しく過ごし、夕方フェイトはなのはと並んで帰路についた。しっかり手を握ってなのはが明るい声で質問する。
「今日は楽しかったね。アリサちゃんとすずかちゃんはどうだった?」
「えっと、すずかは優しい感じで、アリサは……強そう? なのはと三人ともタイプが違うけど、みんな好きだよ?」
 フェイトがしどろもどろになって答える。生まれてからずっと、極端に会話の少ない環境で暮らしてきた上、同年代の子とは口を聞いたことすらなく、なのはとさえ何を話せばいいのかわからなくなることがある。今日も始終三人の勢いに押されっ放しで、フェイトはほとんど喋らなかったが、居心地は悪くなかった。
 そう伝えると、なのはが嬉しそうに笑った。
「じゃあみんなでお友達になろうね。フェイトちゃんがずっとこっちにいられたらいいのにね」
「うん……。そうなったらいいね」
「ねえ、うちに来ない? レンちゃんも晶ちゃんもフィアッセさんも、厳密に言ったら家族じゃないけど、家族みたいに一緒にいるし。わたし、フェイトちゃんとずっと一緒にいたい」
 なのはが足を止めてフェイトを見つめる。ドクンと、胸が高鳴った。繋いだ手が熱い。しばらく無言で見つめ合い、恥ずかしさに堪え切れなくなって、フェイトはふわりとなのはの体を抱きしめた。
 残暑の厳しい初秋の夕刻。薄いシャツ一枚のなのはの感触がリアルに伝わってくる。今日はなのはの方がドキドキしている。
 耳元でなのはが囁いた。
「フェイトちゃん、昨日……」
 そこで言葉を止める。昨日、なんだろう。フェイトは気になったが、なのははそれっきり何も言わなかった。
 このまま時が止まればいい。
 そう思ったのは、確実に時間は流れていくから。決して叶わないから、人は願うのだ。
「今日も一緒に寝ようね。一緒に起きて、明日もぎりぎりまで一緒にいようね。おにーちゃんとおねーちゃんを紹介するから。わたしの家族……。いつかフェイトちゃんのことも、家族だって言えたら……」
 うわごとのようになのはが言って、フェイトの背中をぐっと引き寄せた。
 フェイトは何も答えなかった。ただ、汗で湿ったなのはのシャツを指先でなぞりながら思った。
 ずっと、なのはも自分と同じくらい好きか心配だった。けれどそんな心配は無用で、むしろそれどころか、自分が想う以上に、なのはは自分を好いてくれている。
(ごめんね、なのは……)
 肩に顔を埋めるなのはに頬を寄せて、フェイトは心の中で謝った。
 もちろん自分もなのはと一緒にいたい。ライバルから友達に、友達から家族になれたらどんなに幸せだろう。
 だけど今は、それよりももっと大切なことのために──いや、なのはと心から幸せな時間を過ごすための布石として、しなくてはいけないことがある。
 だから、なのはの言う「明日」は、来ない。