『 Guilty 』 |
第6章 高町なのは 4 闇を切り裂くように、フェイトの持つバルディッシュから真っ白な光線が迸ると同時に、ユーノは周囲に結界を張った。正直、AAA級二人の魔法を受け止められる自信はなかったが、やれるだけやってみるしかない。そもそも自分のまいた種だ。高町家の住民にも、建物にも、その周囲にも、被害を及ぼすわけにはいかない。 フェイトの魔法を、なのはは至近距離にも関わらず難なくかわした。魔法の光は結界の壁に当たって消える。衝撃で内部の空間がぐらりと揺れた。美由希が呆れたように肩をすくめて兄を見た。 「これは恭ちゃん、頼まれても加勢は難しいね。次元が違うって言うか、ベクトルが違うって言うか」 元々頼まれてもフェイト相手に剣を抜くつもりなどなかったが、いずれにしても出番はなさそうだった。二人はフェイトが地上を警戒してかかなり上空で戦っている上、物理的な破壊力がまったく異なる。もちろん、恭也と二人で全力で戦えば勝つ自信はあるが、それに意味はない。 恭也も同感らしく、苦笑して答えた。 「そうだな。念のため見守るが、まあ大丈夫だろ。晶とレンのケンカの激しい版って考えておけばいいんじゃないか?」 恭也の言葉に、レンと晶が恥ずかしそうに顔を見合わせてから頭上に目を遣った。上空では小さな二人が一進一退の攻防を続けている。どちらかというとフェイトの方が押しているようだ。なのはは手加減もしていなかったし、わからず屋の友達を本気で叩きのめすつもりで戦っていたが、やはりあの事件から今日までの日々の過ごし方の差だろう。 なのはも自学自勉で鍛錬に励んでいるが、クロノと実戦的な稽古を積んでいるフェイトより劣るのは仕方がない。それに、前回は偶然勝利したが、元々魔導士になり立てのなのはが、英才教育を受けてきたフェイトに勝てるはずがない。運と資質に頼らなければならない部分は多い。なのはもそれは自覚していた。 フェイトの雷撃を弾き飛ばしてから、なのはは息をついて呼吸を整えた。 「フェイトちゃんは、お母さんとアリシアちゃんの記憶を消して、替わりにどんな記憶にしたいの?」 フェイトは一度ちらりと足下を見て、地面からの攻撃がないことを確認してからなのはと向き合った。なのはは戦いつつも話し合いをしたいようだが、フェイトはもはや話し合いに意味を感じなかったのでつっけんどんに答えた。 「別に、なのはは知らなくてもいいし、教えたくない。私はなのはのことも忘れる。なのはもあの機械を使って、私のことを忘れてしまえばいい」 「よくそんな悲しいことが言えるね。わたしは今までのことはどんな過去だって忘れたくないよ。フェイトちゃん、言いたくないんじゃなくて、言えないんじゃないの? 決まってないから。ただ過去から逃げたいだけで、何も考えてないんでしょ」 少し意地悪に言った。フェイトはかっと頭に血が上った。怒りなのか恥ずかしさなのかはよくわからない。勢いに任せて空を蹴った。 Scythe Slash── バルディッシュの先端から光の鎌が伸び、なのはに襲いかかる。なのははそれを後ろに飛んでかわした。レイジングハートで受け止めてもいいが、接近戦はフェイトの得意フィールドだ。砲撃型の自分が真っ向から戦うのは分が悪い。 「なのはみたいな幸せな家庭で育った子に言われたくない! 一生懸命言われた通りに頑張って、さんざん冷たくされて、何度も何度も鞭で打たれて、それでも信じてたのに裏切られて、嫌いだって言われて、捨てられて! こんな過去、誰だって捨てたいって思う。なのはにはわからない!」 Thunder Smasher── 太い光の束がなのはに襲いかかる。なのははそれをぎりぎりまで引き付けた後、Flash Moveでフェイトの背後に回った。そして事前に浮かべていた魔法の弾を上下左右から挟み込むようにしてぶつける。 「くっ!」 フェイトは慌てて下がったが、その一つがヒットしてよろめいた。なのはが不機嫌な声で言った。 「一人で悲劇のヒロインぶらないでよ。自分から何も言わずに、相手は理解してくれるはずないとか言うの、我が儘だよ。話さなきゃわかるはずない。それに、同じ立場じゃなきゃ何も言っちゃダメなの? 違う立場だからわかることもあるんだよ!」 フェイトが体勢を立て直す前に、素早く魔法を叩き込む。 Divine Shooter── フェイトは片手で握ったバルディッシュで受け止めながら、右手で光弾を作り上げた。そしてディバインシューターの光が弱まってきたところで、その中に撃ち込む。 「友達なら、否定する前にまず理解しようとしたり、応援しようとするでしょ? なのはは全然私のこと考えてくれない。違うとか、ダメだとか。私が嫌いならそう言えばいいじゃない」 フェイトの魔法はなのはの不意を突いた。思わぬ攻撃に反応が遅れ、なのはの肩を打ち付ける。衝撃にジュエルシードが零れ落ち、空に舞い上がった。フェイトはそれを素早く掴み取る。 次の瞬間、フェイトはなのはの魔法に包み込まれていた。 (罠!?) フェイトの顔に驚きが走った。なのははフェイトを油断させるために、わざとジュエルシードを手放したのだ。 「そう言うフェイトちゃんは、じゃあわたしのこと何か考えてくれてるの? 自分が自分がって! 友達といる時は、我慢もしなくちゃいけないし、面倒なことだっていっぱいあるよ。自分のことばかり考えてちゃダメなの」 ジュエルシードと引き替えにディバインバスターを叩き込み、さらに同じ魔法を放つべく準備する。光が消えると、よれよれになったフェイトが、しかししっかりとジュエルシードを握って顔を上げた。 「もういい。どうせなのはとはこれまでなんだから。もうどうだっていい」 フェイトは痛みを堪えて背筋を伸ばすと、右手で転移魔法を、左手で攻撃魔法を組み上げた。 Thunder Rage── 強力な魔法の雷撃が、なのはの2発目のディバインバスターを飲み込み、さらになのはに襲いかかる。その隙にフェイトは転移の魔法陣の中に身を躍らせた。 なのはは一瞬迷ったが、すぐに覚悟を決めた。この雷を防御魔法で受け止めていたら、その間にフェイトに空間を飛ばれてしまう。そうなったらおしまいだ。もう二度とフェイトと会えなくなる。 (もう、フェイトちゃんのバカ!) 内心で毒突いて、なのはは自殺志願者のごとくフェイトの魔法に突進した。全身をものすごい衝撃が襲う。だがなのははそれを突き破ると、そのままフェイトに体当たりを食らわせた。 魔法陣が消え、フェイトが体勢を立て直してなのはを睨む。その目を真っ直ぐ見つめ返して、なのはは強い口調で言った。 「わたしは、1回ケンカしたくらいで壊れるような、そんな薄っぺらい友達になったつもりはないんだけど」 疲れに震える手でレイジングハートをしっかりと握り直す。今の魔法を受けたダメージは大きいが、それはフェイトも同じはずだ。 実際、フェイトもなのはのディバインバスターをまともに食らい、飛行魔法を維持するだけで精一杯な状況だった。首を大きく横に振る。 「私はなのはのことを考えてた。ジュエルシードを使ってたことも、間違ってると思ったけど、なのはがそうしたいならって思って反対しなかった。友達って、そういうものでしょ?」 Arc Saber── 小さな光の鎌をブーメランのように投げつける。1つ、2つ、3つ……。しかし、疲れのために方向が狂ったのか、そのいずれもなのはには当たらなかった。 なのはは肩で息をしたまま動かなかった。いや、動けなかったと言うのが正解かもしれない。疲労はピークに達している。フェイトが転移の魔法陣と同時に、片手間のように作り上げたサンダーレイジの威力は尋常ではなかった。純粋な魔力は自分の方があるかもしれないが、精錬度はやはりフェイトの方が断然上だ。 Photon Lancer── 今度は速い魔法がなのはに襲いかかる。なのはは一時的にFlier Finを解除し、力を抜くようにして低い位置で魔法をかわした。 「間違ってると思うことを、応援するのと止めるのとどっちが相手のためなの? 記憶の話も、『そうなんだ、頑張ってね、応援するよ』って言う方が簡単なんだよ。でも、それは絶対にフェイトちゃんのためにならないし、わたしも嬉しくない」 「私は応援してほしかった!」 フェイトが感情的に吐き捨てる。なのはは顔をしかめた。少なからず話に乗ってきてくれるのは嬉しいが、先ほどからすべて過去形で話しているのが気になる。 フェイトが空を蹴った。距離を詰め、バルディッシュを力強く振り下ろす。 なのはは後ろに飛んでかわした。それからちらりと空を見上げ、素早く魔法で光の弾を作り上げる。威力は低いが、とにかく眩しいものだ。 フェイトが眩しさに腕で顔を覆った。その隙になのははレイジングハートをフェイトに向けた。 Divine Shooter── 威力は要らない。とにかく急いで撃とうとした刹那、背中に斧で殴られたような衝撃が走った。フェイトのアークセイバーが戻ってきたのだ。 偶然当たったのではない。先ほどのフェイトの直接攻撃は、なのはをその位置に移動させるためのものだった。 (だけど、それならわたしも……!) 痛みを堪え、ディバインシューターをフェイトの足下に放つ。眩しさからようやく解放されたフェイトが咄嗟に上に飛んでかわした。一瞬の安堵の後、フェイトの顔が驚愕に歪む。 「なっ……」 すべて動きを把握していたはずのアークセイバーの一つが、すぐ目の前にあった。今のなのはの二段攻撃も、アークセイバーの動きを読んだ上でのものだったのだと気が付いた時には、すでにフェイトは自分の魔法の直撃を受けて吹っ飛ばされていた。 地面に落下しそうになるのをなんとか堪えて、体を空に固定する。なのはのディバインバスターよりも痛かったのは喜ぶべきか悲しむべきか。もはやバルディッシュを持っているだけでも辛かった。だが、負けるわけにはいかない。 いや、待て。フェイトは顔を上げた。 なのはもまたサンダーレイジとアークセイバーをまともに食らい、疲れ切った様子で浮かんでいる。毅然としてフェイトを睨み付けているが、その顔は痛みに歪んでいて、レイジングハートも構えていると言うよりは持っているだけという感じだった。 お互いもう限界だ。恐らく撃てる魔法は後1発か2発。 フェイトは油断なく構えたまま、服の中にしまったジュエルシードにそっと触れた。 なのはの勝ちは、自分を倒してジュエルシードを取り返すこと。だが、自分の勝ちは、ここから逃げればそれでいい。なのはは罠を張るためにジュエルシードを手放したが、今となってはあのディバインバスターは食らう価値があった。 「わたしは、いつだって、フェイトちゃんが幸せになるように応援してるよ」 なのはが呟くように言った。 「なのはの考える幸せと、私の望む幸せは違うから」 フェイトはバルディッシュをなのはに向けた。大きく溜め息をつき、なのはが悲しそうにフェイトを見る。ズキッと胸が痛んだ。 少し頑なになっているのは間違いない。だが、すべてをぶちまけ、さんざんなのはを罵った今、どう修復すればいい? もはや元の関係に戻ることなど不可能に思えた。だから、フェイトは魔力を込めた。 Photon Lancer── 集まってくる魔力の向こうで、なのはも魔法を撃とうとしていた。ディバインバスター。威力だけなら向こうの魔法の方が上だが、発射速度はフォトンランサーの方が数倍速い。 バルディッシュの先端から光が迸った。なのはが中途半端な状態のディバインバスターを放つ。二つの魔法はぶつかり合わず、互いの横をすり抜けた。 フェイトはなのはの魔法を避け、なのははディフェンサーを張って真っ向から受け止める。 フェイトは右手でフォトンランサーを放ちながら、左手で移転の準備を始めた。恐らくなのはは防ぎきるだろう。だが、もはや魔力も体力も残されてはいまい。これで終わる。 やがてフォトンランサーが尽き、魔法陣が完成した。フェイトは最後になのはの姿を見ようとして、思わず驚愕に目を見開いた。 フェイトの魔法の光の向こう側に、なのはの姿はなかった。そこにあったのはバインド魔法で固定されたレイジングハートだけ。背後が急に明るくなり、振り返るとそこになのはがいた。いつの間に集めたのか、巨大な魔法の光を携えて。 「フェイトちゃん。勝った方が正義だなんて乱暴なことを言うつもりはないけど、これをわたしの想いだと思って受け止めて。好きだから本気になるんだよ」 ようやくフェイトは気が付いた。なのはが先ほど放ったディバインバスターは、フェイトに対する攻撃ではなかった。魔力を、今なのはのいる場所に移したのだ。そして防御をレイジングハートに任せ、自分はFlash Moveで移動し、先ほどの魔力を他の魔法に転化する。 魔力の集約。そんなことができる魔法を、フェイトは一つしか知らなかった。そしてそれは、今のフェイトには防ぎきれない。 Starlight Breaker── そういえば、アリサが言っていた。なのはとの関係はケンカに始まり、今でもよくケンカをすると。しかし、二人はとても仲良しに見えた。 前と同じ関係には戻れない。その変化が、前よりもより親密なものになれたら、それはきっと幸せだろう。 太陽が落ちてくるように、巨大な光が近付いてくる。津波に飲まれたような衝撃が走り、フェイトは意識を失った。 ──真っ白な世界で、いつの間に大きくなった使い魔が、腰に手を当てて何か説教じみたことを言っている。 ああ、あの日なのはに相談するよう言ったのは、こういうことだったのか……。 目を覚ますと、なのはの膝を枕にして横になっていた。なのはが穏やかな瞳で見下ろしながら、そっと髪を撫でている。 「気が付いた? 大丈夫?」 甘くて優しい声。フェイトは小さく頷いた。 そっと体を起こしたフェイトを、なのははふわりと抱きしめた。そしてその耳元で、囁くように言った。 「辛い過去があったからわたしたちは巡り合えて、今こうして仲良しでいられるんだよ。消したいほど辛い過去にも意味はあったんだって、そう思えるくらい、フェイトちゃんにとって大切な友達でいられたらいいな」 フェイトはそっと目を閉じた。あの後どうなって、今どこにいるのか。なのはの家族は傍にいるのか。気にならなくもなかったが、今はなのはの温もりだけでいい。 「私は、まだなのはの友達でいていいの?」 恐る恐る尋ねる。なのはが嬉しそうに応えた。 「もちろんだよ。ケンカするたびに仲良くなっていこうね」 フェイトは思わず苦笑した。なのははまだケンカする気でいるらしい。 「できればもう、ケンカはしたくないけど」 困ったようにフェイトが言うと、耳元でなのはが微かに笑って、ぎゅっとフェイトの背中を引き寄せた。 ユーノの声、なのはの家族の声、虫の音、風の音、草の匂い、夏の暑さ。そんなすべてが消えてなくなり、ただ互いの温もりと、二つの小さな胸の鼓動だけがあった。 「ずっと一緒にいようね……」 そっとなのはが囁いて、フェイトは穏やかに頷いた。 |
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