俺は駅を下り、額に手をかざして空を見上げた。
初夏の眩しい陽射しが、町を照らし付けている。
昔より少し暑いと感じたのは、俺が弱くなったからでも、地球温暖化のせいでもないだろう。
立ち並ぶビルとマンションの隙間に、あの頃よりも随分低くなって広がる空。
生暖かい、湿り気を帯びた風が、窮屈そうに暑さを山の方へと押し運んでいる。
この町もだいぶ変わった。
俺はそう思いながら、ふと降り立った故郷の地を歩き始めた。
色あせた商店街は、すっかり活気を失って、時折風雨に打たれたシャッターの汚れが目についた。
その店の前を、携帯電話を片手に、スーツ姿のサラリーマンが、忙しそうに歩き去っていく。
以前来たときより多くなったように感じる、黒い電線の上に、地上に居場所を失った鳩が数羽、退屈そうに空を眺めて首を傾げていた。今でも彼らが群をなし、空を旋回する光景が見られるのだろうか。
バス停に並ぶ学生たちを避けるようにして、俺は商店街を抜けて角を曲がった。
そこには、懐かしい景色と、真新しい営みが、奇妙なバランスで混在していた。
昔ながらの木造家屋を見下ろすようにして立つ、クリーム色のマンション。老いた夫婦が散歩している神社の横には、広いアスファルトの駐車場があった。
そして、そこから少し歩いたところに立つ俺の母校には、見覚えのない、綺麗な体育館があった。
ここも変わったな……。
たぶん、俺が小学生だった頃の先生たちは、もうここにはほとんど残ってないだろう。もしくは、まったくか。
俺はそんな郷愁に駆られてから、小さく笑った。
なにも変わったのは町だけじゃない。
この町を出てからの十数年の間に、俺も変わった。
大人になり、会社に勤めるようになった。
そして、最愛の人と結婚して、子を授かった。その子も今年から小学生だ。下の子も幼稚園に入園する。
すべては時の中に移ろい、変化していく。それは、決して不思議なことではないし、悲しむようなことでもない。
形を失ったすべてのものは、それに関わった者たちの心の中に、思い出として輝き続け、新たな世代の、新しい営みを育んでいく。
昔の景色という殻を破って、生まれてきたものたちの……。
かつて俺が住んでいた家は、その周囲の幾つかの家とともに、大きな駐車場になっていた。
その駐車場のフェンスの横を通りながら、ふと中を覗いてみると、小さな子供が、父親に手で支えてもらいながら、ふらふらと自転車に乗っている姿が見えた。補助輪を取り終えたばかりなのだろう。
俺の子供も、もう少ししたら、あるいはそろそろ、あの子のように一人で自転車に乗るのだろう。
子供の頃、初めて自転車に乗れたときに感じた喜びと、親として交通事故を心配する心が入り交じる。
俺は、ゆっくりとかつて暮らした場所を通り過ぎ、遠く前方にそびえる建物に目を遣った。
かつて俺の通った高校。そしてその向こうに広がる海。
今年もまた、昔のように海水浴客で賑わうのだろうか。
夏休みの部活の帰りに、友人たちとよく繰り出した、あの種類の豊富なかき氷屋はまだ残っているのだろうか。
海は綺麗だろうか。
気が付くと、俺の足は海の方へ向かっていた。
学校に行けば、あの国語の先生に会えるだろうか。
俺が高校生だった頃、美人で有名だった英語の先生は、まだ美人でいるだろうか。
いくつもの思い出が胸の中をよぎる。
あの日と変わらぬ、この果てしなく青い空の下に……。
Fin