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夕陽の宝石
 大きな空には、たくさんの星が浮かんでいました。
 白い小さな星もあれば、金色に輝く大きな星もあります。
 温かい夜でした。
 女の子は自分の家の平らな屋根の上に寝っころがって、群青色の空を眺めていました。
 たくさんの星の中でも、女の子が一番好きなのは、赤色にまぶしく輝く星でした。
 友だちの男の子は、「まがまがしいちのいろだ」と言いましたが、女の子は夕陽を閉じこめた宝石だと思っていました。
 女の子はにっこりと微笑みながら、そっと空に手を伸ばしました。
「もう少し高いところからだったら、あのお星さまに届くかもしれない」
 屋根にのぼると、大きな星がずっと大きく見えます。
 もう少しで手が届きそうだけれど、つかむには少し高さが足りません。
「きっとあの山にのぼれば、お星さまを花のように摘めるわね」
 体を起こして、女の子は遠くの空に目を向けました。
 今は暗く静まり返った広い広い原っぱの向こうに、大きな山があります。
 その山のてっぺんは、一番低い星たちよりも上にあって、まるで星の冠をかぶっているみたいです。
 女の子は、キラキラと輝く星で飾った自分の姿を想像して、うっとりしました。
 あの美しい星の光は、このみすぼらしい服も、王女様のドレスのようにしてくれるでしょう。
 そして、胸には夕陽の宝石が輝くのです。
「そうしたら、もっとお友だちができるかもしれない。汚い子だって笑われなくなるかもしれない」
 女の子はずっと山を見つめていました。
 星たちも、静かに女の子を見つめていました。

 女の子は原っぱの中にある家で、お父さんとお母さんと三人で暮らしていました。
 お父さんは漁師で、他の大人の人たちと一緒に、湖に魚を釣りに行きます。
 お母さんは足が悪くて、家で草を編んでいます。
 女の子は大きなかごの中に、お母さんの編んだ草履を入れて、町に売りに行きます。
 もっと小さなときはお父さんと一緒でしたが、今では一人前の大人のように、一人で仕事をしています。
 お得意さんもできて、女の子は町の人気者でした。お母さんの草履も、たくさんの人が買ってくれます。
 けれど、女の子は貧乏でした。それに、学校にも行っていないので、お友だちもあまりいません。
 町で会う女の子たちは、みんなヒラヒラした真っ白な服を着て、革の靴を穿いています。
 みんな、歩くとポカポカと音の鳴る女の子の木の靴を笑います。
 服も汚いし、髪はクセがあってぴょんとはねています。
 女の子はみんなの前を通るときは、うつむきながら早足になりました。
「わたしはお金がないから学校には行けない。でも、せめて服だけでも綺麗だったら……」
 女の子は、自分をみっともない子だと思っていました。
 けれど、本当は女の子はとても可愛くて、町の人たちは小さな体で一生懸命働くこの女の子が大好きでした。
 町の子どもたちも、この子が可愛くて嫉妬していたのです。
 もちろん、女の子はそんなことは考えたこともなく、その日も恥ずかしそうに頬を赤くしながら、草履を売っていました。
 ああ、あのお星さまで着飾ることができたら!

 ある日、女の子はいつものように、かごを背負って町を出ました。
 今日も草履はたくさん売れて、かごは小さな女の子にも簡単に背負えるほど軽くなっています。
 山の上に広がる空は、恥ずかしがって地面の中にもぐろうとする太陽のように赤くなっていました。
 見上げると、今日も細い雲の透き間に、たくさんの星がキラキラと輝き始めています。
 女の子はスキップをしながら家に帰りました。何かいいことがある気がします。
「ただいま!」
 元気にそう言ってかごを下ろすと、お母さんが女の子に言いました。
「今日はお父さんがお仕事で帰らないから、今夜はお母さんと二人きりよ」
 ふと、女の子はさっきまで見つめていた夕陽の赤色を思い出しました。
 小さな胸がトクントクンと高鳴って、冒険心が風船のように膨らんできます。
 その夜、女の子はお母さんが眠ってから、かごを背負い、お父さんの釣りざおを持って外に飛び出しました。
 灯りはないけど、大丈夫。たくさんの星が、虫の音がリンリンと鳴る原っぱを照らしています。
「急がなくちゃ。お母さんに怒られちゃうし、それにお星さまがなくなっちゃう!」
 女の子は走りました。
 お父さんの湖には空が映って、星の光が水の上で踊っています。
 山をのぼると、どんどん星が近づいてきました。
 そして、とうとう星の中に入ったとき、女の子は思わず「わぁ!」と声をあげました。
 なんて綺麗なのでしょう!
 まるで光のパレードです。
 耳をすませば、お城の楽隊の、美しい楽の音が聞こえてきそうです。
 一番近くの黄色い星に触れると、女の子の服はその光に照らされて、明るいレモン色になりました。
 女の子は星をつかんで、かごの中に入れました。
 白い星、黄色い星、明るい星、大きな星……。
 最後に女の子は、釣りざおを握って、遠くで輝いている夕陽の宝石に向かって糸を投げました。
 女の子は星を釣るのは初めてでしたが、魚釣りは小さなときからしています。
 見事!
 糸は赤い星にからまって、女の子は引き寄せた宝石を両手で包みこみました。
 指の透き間からこぼれる光が、女の子の服を美しいオレンジ色に染めました。
「ああ、きっとこれでみんなもわたしに微笑んでくれる」
 女の子はその星だけはかごには入れず、大事に布でくるんでポケットにしまうと、急いで山を下りました。

 家に帰ると、女の子はお母さんに見つからないように、星をベッドの下に隠しました。
 特に赤い星は見つかるわけにはいきません。お母さんはあまりこの星が好きではないようなのです。
「あれは凶星なのよ」
 ある日、夕陽の宝石を見上げて瞳を輝かせていた女の子に、お母さんが言いました。
「きょうせい?」
 女の子は不思議そうに聞き返しましたが、お母さんは何も言いませんでした。
 ただ女の子は、お母さんはあまりあの星が好きじゃないんだとわかって、がっかりしました。
 次の日の朝、女の子は起きてすぐにベッドの下をのぞきこみました。
 ひょっとしたら、星が消えてなくなっているかもしれないと思ったのです。
 だけど、星はもう光ってはいませんでしたが、綺麗な宝石になってかごの中に入っていました。
 もちろん夕陽の宝石も、女の子の胸で輝くのを待っています。
「さあ、お前たち! わたしと一緒に町に行きましょう!」
 女の子はいつものように草履の入ったかごを背負うと、服に宝石を散りばめ、紐をつけた赤い星を首から下げて家を出ました。

 その日ほど嬉しかったことはありません。
 女の子の期待どおり、町の子供たちが集まってきて、口々に綺麗だと言いました。
 女の子はみんなに白い星を分けてあげ、みんなと仲良しになりました。友だちができたのです!
 しかし、どうしたことでしょう。草履がまったく売れなかったのです。
 草履が売れないとお金が入りません。お金がないと、食べるものが買えません。
 女の子は困りましたが、たまにはそういう日もあります。
 たくさんの友だちができて心がはずんでいたので、女の子は草履は一足も売れなかったけれど、軽い足取りで家に帰りました。
 ところが、次の日も、その次の日も草履を買ってくれる人はなく、女の子はだんだん悲しくなってきました。
 お母さんはもう草履を作っていません。そして、かごいっぱいに売れ残った草履を見てこう言ったのです。
「いいのよ。お父さんが魚を売っているからね」
 女の子は、お母さんが優しい嘘をついていることを知っていました。
 女の子は町で友だちの男の子をつかまえて聞きました。
「ねえ、どうして草履が売れないの?」
 男の子は市場で野菜を売っていました。女の子と同じ貧乏な家の子で、学校に行っていません。
 昔、夕陽の宝石を「まがまがしいちのいろだ」と言ったのもこの男の子でした。
 男の子は宝石を指差して言いました。
「その星のせいだよ。その星の輝きが、君の輝きを奪ってしまったんだ」
 女の子は、男の子があまりこの宝石を好きじゃないことを知っていました。
 それに、女の子にはたくさんの友だちができましたが、男の子には相変わらず女の子しか友だちがいません。
 だからきっと、この宝石に嫉妬して意地悪を言っているんだ。
 女の子はそう思い、男の子を無視して帰りました。

 一週間が過ぎると、とうとう食事の量が減り、お母さんが病気になってしまいました。
 女の子が泣いていると、お母さんがそっと女の子の手を取って言いました。
「笑っていなさい。笑っていれば、きっと良くなるわ」
「笑えないわ! 草履は売れない、お母さんは病気になる! どうして笑っていられるの?」
 お母さんは小さく首を振りました。
「それは違うわ。笑わないから、草履が売れないのよ」
 女の子はふと、男の子の言葉と、お母さんと二人で見上げた夜空を思い出しました。
「ねえ、お母さん。きょうせいって何?」
 お母さんは女の子の瞳を見つめました。
「凶星は人を不幸にする星よ」
「どうして? あんなにも綺麗なのに」
「綺麗だから人が不幸になるの。人はあの星の代償に、大切なものを失うの」
 女の子はわけがわからなくなって、難しい顔をして首をひねりました。
「わたしは……」
 言いかけて、あわてて両手で口を押さえました。
 自分が何をなくしたか聞きたかったけれど、星のことは内緒なのです。
 お母さんはもう一度、優しくこう言いました。
「笑っていなさい。きっといいことがあるわ」
 女の子は黙ってうなずきました。

 次の日、女の子は星の飾りのない、みすぼらしい服で町に行きました。
 するとどうでしょう。また草履が売れるようになったのです!
 けれど、あんなにもたくさんいた友だちは一人もいなくなってしまいました。
「また草履が売れるようになったわ。それは嬉しいけど、お友だちはいなくなっちゃった」
 すっかり軽くなったかごを下ろして、女の子は男の子に言いました。
 昨日まで星でふくらんでいたポケットは、今はお金でふくらんでいます。
 男の子が笑って言いました。
「宝石の友だちなんか、一人もいなくてもいいじゃん」
 それがあんまり嬉しそうだったから、女の子はムッとなって言い返しました。
「あんたは、わたしが戻ってきたから嬉しいんでしょ? 友だちに囲まれていたわたしを、寂しそうに見ていたくせに」
 男の子は首を振りました。
「違うよ。ぼくは、君をみんなに取られたのが寂しかったんじゃない。君を宝石に取られたのが悲しかったんだ」
「どういう意味? よくわからないわ」
 女の子がたずねると、男の子は明るく笑って立ち上がりました。
「ぼく、仕事に戻らなくちゃ」
「あっ、待って。ちゃんと教えてよ!」
 あわてて呼び止めた女の子に、男の子が大きな声で笑って言いました。
「君の着けていた宝石は綺麗だったよ。でも、宝石を着けていた君は綺麗じゃなかった。少なくとも、ぼくにはね!」
 ああ……!
 女の子はようやくわかりました。
「ありがとう! あんたまでなくさなくて、本当に良かったわ!」
 大きな声でそう言うと、男の子が遠くで嬉しそうに手を振りました。

 その夜、女の子は平らな屋根の上に寝っころがって、群青色の空を眺めていました。
 白と黄色の光の中に、美しい赤はありません。夕陽の宝石は、女の子の手の中で輝いていました。
「お前は、わたしにはちょっと綺麗すぎたみたいね」
 女の子は小さく笑ってそう言うと、そっと手を放して、空の方に押しました。
 夕陽の宝石はゆっくりと空にのぼって行って、やがて元あった場所で止まりました。
 今でも「まがまがしいちのいろ」だとは思いませんでしたが、もう欲しいとも思いませんでした。
「それにしても綺麗ね」
 うっとり空を眺める女の子の笑顔が、星の光にキラキラと輝いていました。
Fin