── リアルタイム乃絵美小説 ──

第13作 : 好きだから……






 どこか遠くで、大晦日の除夜の鐘が、ゆっくりと、ゆっくりと余韻を残して、百八の音を刻んでいる。

 人の持つ百八の煩悩を祓う意を込めて打たれるこの鐘に、今俺の心の中に渦巻いている感情も、初めから何もなかったかのように消えていってしまうのだろうか。

 身を切るような冷たい風が、雪を孕んで北の空から吹き下ろす。クリスマスイブから、断続的に降り続けている雪。今年はいつになく雪の多い年だそうだ。

 12月31日、夜。もうすぐ年号が変わる。

 眼下には色とりどりの傘がひしめき合っている。

 菜織の家、十徳神社の境内に、初詣に来ている人々。そんな彼らを、俺はこの場所から独りきりで見下ろしている。

 十徳神社から、さらに丘を登ったところにある、もう使われていない古い社。視線をずらすと、遥か眼下に夜の桜美の町並みが広がっていた。

「乃絵美……」

 呟き声が空中で凍り付いて、うっすらと積もった雪の上に落ちる。今頃、一緒に手を繋いで初詣に来ていたはずの妹は、俺の隣にはいない。

 境内の賑わいもここには届かない。

 ぼんやりと闇と静寂を纏った古い社と、その背後に広がる林。

 凍て付く風、広く空いた俺の隣の空間と、風通しの良い心の透き間。ただそれだけが、今の俺のすべてだった。

 乃絵美の温もりは、ここにはない。

 あの日……聖夜のあの瞬間から、俺は乃絵美と話すらしていない。

 すべてはもう、終わってしまったのだ……。

 ゴーーーーーーーーン……。

 また一つ、鐘の音が刻まれる。

 傘もささず、雪に埋もれながら、俺はふと、あの日のことを思い出した。



「どうしていけないんだ!?」

 クリスマスイブの真夜中、l'omeletteの店内に俺の声が響き渡った。

 隣では、乃絵美がずっと泣き続けている。

 そして、向かいに座った父親の顔はただ怒りに歪み、母親は依然放心したように、無表情で俺たち二人を見つめていた。

「どうしてだと? 貴様は、わかっていてそう聞いているのだろう!」

 父親の言葉に、思わず閉口する俺。それを不安げに見上げる妹。

 もちろん、自分が無茶苦茶なことを言っているのはわかっていた。

 兄妹の恋愛。そんなものが認められるはずがない。

 それはわかっていた。わかっていたけど、納得はしたくなかった。

 だから、俺は叫んだ。

「わからない! 恋愛をしちゃいけないのか!? 好きになった女の子が、たまたま自分の妹だったというそのことが、そんなにいけないことなのか!?」

「そうだ! それがいけないと言っているんだ!」

「どうして!?」

 あくまでも食い下がる。まるで、駄々をこねる子供のように。

「世間的に認められてないだけだろ! 何も結婚するわけじゃない! 父さんたちは、ただ世間体を気にしているだけだ!」

「だから、その世間的に認められてないことが問題だと言っているんだ、このバカが!」

 バンッとテーブルを叩き、父親が椅子を後ろに倒して俺たち二人を血走った目で睨み付けた。

「っ!」

 乃絵美がビクリと肩をすくめて、俯きながら涙を零す。

「世間体なんて関係ない!」

 怒鳴りながら俺も立ち上がると、そんな俺の頬に、いきなり父親の平手が炸裂した。

「くっ!」

 鈍い痛み。そして、頭上から雷のごとく俺を打ち付ける父親の怒号。

「世間体が関係ないだと! 貴様は一体何様のつもりだ!」

 頬の痛みを耐え、真っ向から睨み付ける俺に、親父が畳みかける。

「世間から後ろ指を差されながら、お前たち二人だけで生きていけると思っているのか!? 常識をわきまえろ! お前たちのやっていることは、異常極まりない行為だということがわからんのか!」

「くっ……」

 異常……。

 その言葉に、乃絵美が一度鼻をすすって、服の袖で涙を拭いた。

 俺も悲しくて、思わず涙を零してしまった。

 乃絵美が好き……。

 不純だとは思わない。純粋に乃絵美を愛している。

 そんな気持ちも、世間では『異常』の一言に集約されるという事実。相手が妹であるというそれだけで、忌まわしいものへと姿を変えてしまう愛情。

 それが、どうしょうもなく悲しかった。

「だったら異常でも構わない。俺は乃絵美が好きだ。この気持ちを世間が認めないと言うなら、俺は乃絵美と二人ででも生きてってやる!」

「いい加減にしろ! このアホが!」

 振り上げられた親父の拳を躱して、一瞬驚きに満ちた親父の顔面を、俺は思い切り殴り付けた。

「お父さん!」

 母親の悲鳴。

「お兄ちゃん!」

 乃絵美が両腕で俺を抱き締めて、熱くなった俺を止める。

「貴様ぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 今度は親父の拳が俺の頬をとらえて、俺は乃絵美もろとも吹っ飛ばされた。

「きゃっ!」

 小さな悲鳴に、見ると乃絵美が辛そうに肩を押さえて床をのたうっていた。

「乃絵美!」

「い、痛い……」

 苦しそうに喘ぐ乃絵美の額から零れ落ちる脂汗。

「てめぇ!」

 俺はすぐに立ち上がって親父に向かっていった。



 ……後はもう、よく覚えていない。

 気が付くと俺と親父は血塗れになっていて、乃絵美も額を切って血を流し、母親も床に倒れて、苦しそうに腹を押さえて呻いていた。

 その瞬間に、今までずっと平穏に続いていた伊藤家の暮らしが、一転して闇に落ちたことだけが、俺の理解できたすべてだった。

 そしてその日から、俺と乃絵美は目を合わすことさえ許されなかった……。



 俺は一度、星さえ見えない暗い夜空を見上げてから、ゆっくりと歩き始めた。

 なるべく世間から遠ざかるように、林の暗がりへとその身を投じる。

 何を考えているのか、自分でもよくわからなかった。

 ただ、憎かった。理解してくれない両親と、理解できない世間、冷たい現実。

 けれど、今の俺にはそれらに対抗する力はなく、出来ることと言えば、それに屈するか、あるいはこうして逃げること。

 俺は、他の何よりも乃絵美のことが好きだったから、逃げることを選んだ。

 乃絵美を連れて逃げたい。

 例えば、この闇の中。

 誰にも見られない場所で、二人でひっそりと暮らしたい。

 乃絵美は……どう思ってるのだろう。

 ふと思った。

 あれから一切俺に近付いてこない乃絵美。ひょっとすると、乃絵美は世間に屈することを選んだのかも知れない。

 もしそうなら……。

 俺はあまりの辛さに、グッと歯を食いしばった。

 木の根で何度も転びそうになりながら、雪も風も届かない林の深い場所まで来ると、俺は静かに腰を降ろした。

 凍り付くような静寂。

 十徳神社の喧騒はもちろん、除夜の鐘さえここまでは届かない。

「一体、何だったんだろうな……」

 誰への呟きかは、自分でもわからなかった。

 けれど、耳から入ってきた自分の声に思い出されたのは、あの日の菜織の言葉だった。

『この先、アンタたちには、私なんかよりずっとずっと大きな障害が待ってるから。それでも私、応援するから。だから、頑張んなさいよね……』

 気付いてなかったわけじゃない。ただ、気付かないふりをして、そしていつしか、そのことを忘れていた。

 菜織を傷付けさえすれば、俺は乃絵美と幸せになれるんだと、ずっとそう思い込んでいた。

 けれど、俺と乃絵美にとって一番の障壁となったのは、菜織ではなかった。むしろ、菜織はいつだって俺たちの味方だった。

 壁は、ひたすら大きく立ちはだかる、現実。兄妹恋愛など、常識的に認められないこの社会。

 一体何だったんだろう……。

 俺と乃絵美のしてきたこと。俺と菜織のしてきたこと。菜織と乃絵美のしてきたこと。

 すでに確立されたこの社会の中で、俺たちのしてきたことは、何の意味を持っていたのだろう。

「乃絵美……」

 手詰まりだった。

 今の俺には、どうすることもできない。

 俺は頭を抱え込み、少しだけ泣いた。

 その時……。

「お兄ちゃん……」

 今にも消え入りそうな、弱々しい女の子の声がして、俺は顔を上げた。

 最も待ち望んでいた声。

 林の入り口の方に、わずかに浮かび上がるシルエットは、紛れもなく妹の姿だった。

「乃絵美……」

 俺が立ち上がると、乃絵美が倒れ込むように、俺の胸の中に身体を埋めた。

 寒さのためか、悲しみにか、乃絵美の小さな身体は、壊れそうなほどガクガクと震えていた。

「乃絵美!」

 今度ははっきりと名を呼んで、強く、強く彼女の身体を抱き締めた。

「お兄ちゃん……」

 乃絵美の声は、聞き取るのが精一杯なほど涙で震えていた。

 昔から病弱な妹だったが、ここまで弱い姿を見るのは初めてだった。

 乃絵美はボロボロと涙を零しながらこう呟いた。

「私、負けちゃうかもしれない……」

 それは、俺と同じ心の叫び。

「乃絵美……」

「私、このままじゃ、お兄ちゃんのこと、諦めちゃうかもしれない……」

 そう言って、乃絵美はギュッと俺の身体を抱き締めた。

「イヤだ……」

 乃絵美が顔を上げ、俺たちは唇を重ね合う。

 冷え切った乃絵美の唇。冷え切った身体。

 たった一つだけ、まだ微かに温もりを残しているもの。

 二人の心。

 これだけは、冷ましたくない。

「俺も、イヤだ……。乃絵美、俺、お前が好きだから」

 乃絵美は一度、力強く頷いて、まるで熱い吐息を俺に吐きかけるように、はっきりとこう言った。

「私もお兄ちゃんが好き。だから、たとえ二人きりになっても、お兄ちゃんと一緒にいたい」

「乃絵美……」

「お兄ちゃん……」

 俺たちはもう一度強く抱き合って、それから、何度も何度も唇を重ねた。

 ……それだけが、俺と乃絵美に残された最後の武器。

 互いが不安がらずにいること。

 それが、屈することなく、逃げることなく、この社会に真っ向から立ち向かうことができる、俺と乃絵美の最後の力。

 たったの二人でも生きよう。

 そして、認められるまで戦おう。

「お兄ちゃん」

 俺を見つめて、乃絵美が言った。

「お兄ちゃん、お願い。私を……抱いて下さい」

「えっ……?」

 あまりのも唐突な乃絵美の一言に、俺は息を止めた。

 そんな俺を、乃絵美が真剣な瞳で見つめて言った。

「怖いの……。お兄ちゃんのことは、もちろん信じてるけど、どうしても怖いの……」

 ギュッと、乃絵美が俺の服の袖を握る。

「今日も怖くて、不安で、ずっと泣いてて……。私、お兄ちゃんとの絆が欲しくて……勇気が欲しくて……。だから……」

 気持ちが溢れて、言葉は途切れ途切れだった。

 けれど、乃絵美の気持ちは痛いほどわかったから、俺はしっかりと乃絵美の身体を抱き締めて、耳元でそっと聞いてみた。

「それで、乃絵美は大丈夫なんだな?」

「うん……」

 乃絵美は一度頷いてから、

「たぶん……」

 少しだけおどけてそう付け加えた。

「もう、戻れなくなるぞ?」

「うん……」

 乃絵美が小さく笑う。

「戻る気はないし、それにもう、戻れる道もないよ」

「そう……だな」

 俺も小さく笑った。

「乃絵美……」

「お兄ちゃん……」

 目を閉じて、唇を重ねる。

 いつものキスじゃなくて、貪るような、そんな口付け。

「ん……」

 セーターの上から胸を触ると、乃絵美は恥ずかしそうに身をよじった。

 俺は乃絵美の唇を吸いながら、そっと乃絵美の服の中に手を入れた。

「あっ……」

 冷え切った手の平を、乃絵美の暖かいお腹が温める。逆に、乃絵美はいきなりひんやりとした感触を腹に受けて、ゾクゾクと身を震わせた。

「冷たい……」

「我慢我慢」

 乃絵美のお腹から、胸の方へと手の平を這わす。

「ああ……」

 ふっくらとした、小振りの双丘。

 それを柔らかく包み込むブラジャーを力任せにたくし上げ、俺は乃絵美の乳房を手の平で揉んでみた。

「うぁ!」

 びっくりしたように声を上げて、俺にしがみつく妹。

 指先でしばらく乳首を転がしていると、乃絵美は恥ずかしそうに押し殺したような呻き声を洩らした。

「乃絵美……」

 俺はそんな乃絵美の髪の毛に口付けをして、乃絵美のスカートのホックを外した。

「あっ……」

 フサッとスカートが乃絵美の足下に落ちて、乃絵美が慌ててショーツを隠す。

「は、恥ずかしいよ……」

 俺は乃絵美の髪を撫でて、苦笑混じりに言った。

「大丈夫。俺しか見てないから」

「それが恥ずかしいのに……」

 唇を尖らせるも、抵抗はしない。

 俺は乃絵美の前にしゃがむと、そっとその真っ白のショーツを下ろした。

「あうぅ……」

 両手で顔を隠す乃絵美。

「大丈夫だよ、乃絵美。暗くてよく見えないから」

 俺はそう言いながら、そっと乃絵美の下腹部に触れる。

「ひっ!」

 手が冷たいからだろう。乃絵美が小さな悲鳴を上げた。

 しばらく乃絵美の薄い茂みを撫でてから、親指を乃絵美の割れ目に当てた。

「あっ……」

 ねとっと指先に伝わってくる液体の感触。乃絵美の股間は、すでに液で満たされて、決して良いとは言いがたいが、それでも俺には嬉しい乃絵美の匂いを放っていた。

 俺はそんな乃絵美の股間に顔を寄せ、容赦なく指でこね上げた。

「あっ、あふっ……」

 乃絵美が小さく喘ぎながら両手で俺の肩をつかみ、切なげに言った。

「お兄ちゃん……。あの、乃絵美、抱き締めて欲しい……」

 その言葉に乃絵美の顔を見上げると、乃絵美は今にも泣き出しそうな目で俺を見下ろしていた。

「ああ」

 俺は立ち上がり、要望通り左腕で乃絵美の身体を抱き締めた。

「あぁ……」

 嬉しそうに乃絵美が両腕を俺の背中に絡める。

 その間も、俺はひたすら乃絵美の柔らかい部分を触り続けた。

「あっ……んんっ! うっ、ふぁ……」

 ピチャピチャと水音が立つ。

「ああっ!」

 中指で入り口を探り当て、ヌルッと中に指を忍ばせると、乃絵美が包み込むように俺の指を締め付けて、気持ち良さそうに身体を一度震わせた。

「うぅ……」

 思わず出してしまった大きな声に、ひたすら恥ずかしがる妹。そんな乃絵美が可愛くて仕方なく、俺はそっと乃絵美の中から指を抜くと、それを乃絵美に見えるようにペロッと舌で嘗め取った。

「お、お兄ちゃん……」

 困ったように乃絵美が言う。その仕草がまた可愛かった。

「お兄ちゃん、汚いよ……」

「そんなことないぞ、乃絵美。美味しいよ」

「嘘つき……」

 俺はそっと乃絵美の髪を撫でてやると、片手でズボンを脱いだ。

「お兄ちゃん……」

 乃絵美が震えた声を上げたが、瞳は決意に満ちて、不安がっているよりもむしろ、求めているような視線だった。

「乃絵美、大丈夫だからな」

 励ますようにそう言うと、乃絵美は一度深く頷いて、笑った。

「うん。痛くても我慢するから」

「よしっ」

 俺はトランクスを下げて、すでに昂まり切ったモノの先を、ぐっちょりと濡れた乃絵美の秘部にあてがった。

 その感触で、乃絵美が頬を赤らめて言った。

「おっきいな……。入るかなぁ」

「いっぱい濡れてるけどな」

 ニヤニヤしながらそう言うと、乃絵美が唇を尖らせた。

「意地悪……」

 しかし、言葉自体に嘘はなく、乃絵美はすでに膝くらいまで愛液で濡らし、時折吹く冷たい風に身を震わせていた。

「痛かったら言えよ」

 俺はそう言って、乃絵美の身体を抱き上げる。

「うん。でも、痛くてもやめなくていいからね」

 乃絵美はギュッと俺の身体に抱きつき、下半身の力を抜いた。

「いくよ……」

「うん……」

 ゆっくりと、乃絵美の身体を自分のモノに沈めていく。

「くっ!」

 乃絵美が痛そうに声を上げた。

 ズズズッ!

 案外簡単に入るのではと踏んでいた俺の予想を裏切って、乃絵美の入り口は俺の侵入に激しく抵抗した。

「乃絵美、大丈夫か?」

 不安になって俺が聞くと、乃絵美は固く目を閉じたまま、

「大……丈夫……だよ……」

 苦しそうに言った。

 そこにはもはや、先程までの快楽は存在しなかった。

 けれど、これは気持ち良くなるためにしているのではない。だから、

「耐えろよ、乃絵美」

 俺は深く、乃絵美の身体を自分の肉棒に沈めた。

「あぐぅっ!」

 乃絵美の額から流れた汗が、俺の頬を濡らした。

「乃絵美!」

 可哀想なほど乃絵美の身体を傷付ける。

 自分の股間が乃絵美の狭い肉壁を、まるでえぐるように裂いているのが、そこから伝わってくる感触でわかった。

「い、痛い……痛いよ……」

 乃絵美が泣きじゃくる。

 自分の太股を濡らす生暖かい液体が、俺の胸を締め付けた。

「乃絵美……」

 俺がもう一度不安げに呟くと、乃絵美が俺を見て弱々しく、それでも笑顔で言った。

「大丈夫……大丈夫だから、やめないで」

「……わかった」

 俺は一番奥まで乃絵美の中に埋めると、もう一度引き抜き、そして、再び突き入れた。

「あっ! あぁっ!」

 上下運動するたびに、乃絵美が苦しそうに声を上げた。

 喘いでいるのではない。ただ、耐えているといった声。

 圧死するのではないかと思うほど俺のモノを締め付ける感触に、俺は限界まで昂まっていた。

「乃絵美! 乃絵美!」

 とにかく早く乃絵美を楽にしてあげたい。

 俺は乃絵美の身体に激しく自分を突き入れた。

「うっ! い、いぁ……あっ、あっ、あぐぅ……」

「乃絵美……乃絵美っ!」

 その内、俺は背筋に駆け抜けるような射精感を覚えて、慌てて乃絵美の中から引き抜いた。

「あっ……」

 乃絵美が声を上げる。

 ドクッ、ドクッ、ドクッ……。

 乃絵美のふっくらとしたお腹に、おびただしい量の精液をかけて、俺は乃絵美の身体を抱き締めた。

「乃絵美……」

「お兄ちゃん……」

 乃絵美はもはや俺の身体に抱き付く力も残ってないらしく、ただ俺に身体をあずけて苦しそうに喘いでいた。

 俺はしばらくその状態のまま、ただ乃絵美の髪の毛を撫で続けた。

 辛そうな乃絵美の呼吸と、流れ落ちる汗。

「ありがとう、お兄ちゃん……」

 乃絵美のその一言がなければ、俺はきっとものすごい罪悪感を感じ続けたことだろう。

「ああ……」

 俺が乃絵美を強く抱き締めてそう答えると、乃絵美は嬉しそうに微笑んだ。

 弱々しい微笑みだったけど、それは確かに幸せそうだった。



 血が止まっても、乃絵美はまだ歩くことすら辛そうだったから、結局朝日が昇るまで二人で並んで座っていた。

 夜中は曇っていた空も、明け方にはすっかり晴れ、数多の星が瞬いていた。

 そして7時頃、遥か地平線に初日の出を拝んだ。

「綺麗だね、お兄ちゃん……」

 古い社の縁に座り、俺にもたれかかって乃絵美が言った。

「そうだな……」

 そっと肩を抱き、乃絵美の身体を引き寄せる。

「ねえ、お兄ちゃん……」

 朝日を見つめたまま、乃絵美が感慨深げに言った。

「何だ?」

「その……姫始め……」

「…………」

 あまりのくだらなさに俺が絶句していると、乃絵美が照れたように俺を見た。

「あの、つまんなかったかな? あはは……」

 困ったように笑う妹。

 俺はそんな乃絵美を抱き締めて、優しく言った。

「乃絵美……」

「うん……」

「姫始めは今夜だぞ」

「…………」

 無言で俺を見つめる乃絵美。

 それから二人で笑った。

「あはははははっ」

 俺は立ち上がって、眩しそうに俺を見上げる乃絵美に言った。

「乃絵美。受験が終わるまで待っててくれ」

 乃絵美は穏やかな表情で、じっと俺を見つめていた。

 信頼と安心だけの、安らいだ瞳。

「必ず迎えに行くから。だから、待ってて欲しい」

「うん……」

 乃絵美は柔らかな笑みを浮かべて頷いた。

 それからゆっくりと立ち上がり、俺の胸に顔を埋める。

「私、もう大丈夫だよ。もう負けないから……。私、ずっとお兄ちゃんの側にいたい」

 東から、強い朝の光が俺たち二人を貫いた。

 家々の屋根に残った雪が、ダイヤの破片のようにキラキラと輝いて、新年を眩しく彩っている。

 桜美の町がにわかに活気付いてきて、十徳神社に訪れる参拝客も少しずつその数を増やしていた。

「帰ろっか、乃絵美」

 俺が言うと、乃絵美が笑顔で俺の手を握った。

「うん!」



 新年……。

 明るい未来を思い描いて、俺と乃絵美は新しい月日に一歩足を踏み出した。

 きっとすべては上手くいくから……だから、今年の抱負。

「二人で幸せになろう!」

 俺と乃絵美の心の中に、同じ色の空が広がっていた。

 綺麗がどうかはわからないけど、同じ色の空。

 それが、どこまでもずっと広がっていた。



─── 完 ───  





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