■ Novels


セリシス・ユークラット
昔、どうしてもサンタさんが書きたくて書いただけの小説。エロ中心の即売会用にしたため、内容は少々凄惨なのでご注意ください。
※主人公のセリシスは、この後、『リアス、雨中の争乱』、『再び巡るその日に向かって』を経て、『ウィサン、悪夢の日』でシティアとユウィルの物語にリンクします。

 「聖夜」という言葉がある。
 それはやはりリアスでのみ使われる言葉で、そのままクリスマス・イブの夜のことを指した。
 文字通り、リアスではクリスマス・イブの夜は神聖なものとして、サラス・デニフィムに感謝しながら、各家庭で厳かに、あるいは盛大に祝われる。
 それは七貴族の一つ、ユークラット家に於いても例外ではなく、むしろリアスの街の代表としてその色が濃い部類に属した。
 聖夜の晩餐は華やかに開かれ、セリシスもまた美しいドレスを着て、パーティーのように賑やかな夕食の席にいた。
 もっとも、皆が心から楽しんでいる中で、セリシスだけは心ここにあらず、ずっとスラムの子供たちのことを考え続けていた。並べられた御馳走を見ても、それらをどうにかスラムの子供たちにあげることはできないだろうかと考えていたほどである。
 やがて宴もたけなわになってきた頃、セリシスは酒に酔ったからと言って席を立った。毎年違う理由で夕食を途中で抜けている。
 そして母親や兄弟が心配して声をかけてきたのにうまく答えながら、彼らに背を向けて部屋に戻った。その時、父親だけが責めるような冷たい眼差しで見つめていたが、彼女はそれに気付かなかった。
 部屋のドアを閉めると、彼女は内側から鍵をかけ、素早く服を脱ぎ捨てた。
 そして引き出しから、赤を基調にし、ところどころに白い飾りの付いた独特の服を取り出すと、素早くそれを身に付けた。
 そして、やはり赤のブーツを穿き、同じような柄の帽子をかぶると、棚の上に飾ってあった薄緑色の水晶を手に取った。
 見る者が見ればすぐにわかるが、それは魔法を用いるときに使われる凝力石だった。彼女はいつもそれ単体で十分綺麗だったので、飾りとして置いてあるように見せていたが、その実は違った。
 凝力石をポケットに押し込むと、床に置いてあった大きく膨らんだ袋を取り、窓を開ける。
「さ、寒い!」
 途端に冷たい空気が流れ込んできて、彼女はブルッと身震いした。今年一番の冷え込みではないだろうか。服は十分厚手のものだったが、それでも冷たい空気が貫通してくるような気がする。
 しばらくその空気の前にたじろぎつつ、身体を寒さに慣らしてから、彼女は一度真下に広がる庭を確認した。それからそこに袋を放り投げる。
 子供たちへのプレゼントの詰まった袋は、真っ直ぐ地面に向かってその速度を上げていったが、激突する寸前で、彼女は「浮け、浮け」と強く念じた。
 それに反応して、袋はふわりと浮かび上がり、ゆっくりと音も立てずに着地した。彼女が魔法を使ったのである。
 同じように外に出て窓を閉めると、彼女はそっと庭に降り立った。
「よしっ」
 上手く抜け出せたことに小さくガッツポーズを取る。
 毎年、彼女はこうして部屋を抜け出していた。
 こんな容易な作戦で誰にも気付かれないのは、何もユークラット家の警備が手薄なわけではなかった。それは単に、彼女が魔法を使えるということを誰も知らなかっただけである。
 セリシスは自分がわずかとはいえ魔法を使えることを、スラムの子供たち以外の誰にも話したことがなかった。
 魔法を使えなければ、完全に窓を閉めたまま、廊下を使わずに部屋を出ることはできない。だから彼女は毎年、誰にも気付かれずにスラムに行くことができたのだ。
 少なくとも彼女はそう思っていた。
「さっ、みんなが待ってる。早く行かないと」
 袋を担ぎ上げ、一度よしっと気合いを入れると、彼女は静かに駆け出した。
 聖夜の街は静まり返っていた。

 すでに日が落ちてからかなりの時間が経つ。
 聖夜のこの時間に外に出る者などほとんどないらしく、貴族の証である「特別な通行証」で外に出たセリシスを、門兵たちが訝しげな目で見つめていた。
 その視線に若干の焦燥感を覚えながらも、セリシスはそのままスラム街へと急いだ。
 街壁の外は、市街以上に厳しい冷え込みに包まれていたが、やがて前方に見えてきたスラムの街は、未だに活気に満ちているようだった。
 歩を進めるごとに熱気と笑い声が伝わってくる。
 セリシスはそんなスラムの人々を遠目に見ながら、あまり賑わっていない薄暗い通りから教会に向かった。今日はスラムの住民らしい格好をしていないから、あまり表立って歩くのははばかられたのだ。
 暗がりの中で、足元を照らすように小さな光の魔法を作り上げる。彼女は魔法を使えるには使えたが、元々得意ではないので、魔法を持続させながら歩くのはかなりの集中力を要した。
 ……それが、彼女の不幸の始まりだった。
 早く子供たちに会いたいと急く心と、魔法に要する集中。その二つのために、彼女は前方に潜んでいた者たちと、そして後方から付けていた人影にまったく気が付かなかった。
 スラムの入り口から教会まで、ようやく半分くらいといった真っ暗な細い路地。その曲がり角で、彼女は突然現れた人影に思い切り突き飛ばされて地面に転がった。
「きゃっ!」
 思わず袋を落とし、地面に背中を打ち付ける。集中が途切れて、魔法の光が小さな音を立てて消滅した。
 一瞬何が起こったのか理解できなかった。けれど、目の前に広がる光景。自分よりもずっと大きな複数の人影が、持ってきた袋をこじ開け、その中から子供たちへのプレゼントをあさっているのを見て、彼女は青ざめた。
「な、何をするの!」
 彼女は慌てて立ち上がると、すぐに袋に駆け寄った。そして側にいた男の一人につかみかかる。
 非力な彼女が男たちに対抗するには魔法を使うしかなかったが、集中を必要とする魔法をこの状況で使えるほど、彼女は魔法に長けていなかったし、集中力もなかった。それに、人間相手に攻撃魔法を使うのも、彼女の信念に反するところだった。
 すっかり気が動転したセリシスを、男はその太い腕でいとも簡単に払い除けると、再び袋をあさり始めた。
 彼女が子供たちのために持ってきた衣服や防寒具が、次々と男たちの懐に収められていく。例えサイズが合わなくとも、それらは貧しいスラムの住人には貴重品だったのだ。
「や、やめて! それを返して!」
 セリシスは今にも泣き出しそうな顔で、再び男に飛びついた。そして服をつかんでいる腕に爪を立てる。
「ええい、鬱陶しいっ!」
 怒りに狂った顔で男が立ち上がった。セリシスよりもずっと大きい巨躯が、空を覆い隠すように彼女の前に立ちはだかる。
 彼女はそれに圧倒され、怯えながらも、毅然として言い放った。
「それは子供たちへのプレゼントなの! 返して!」
「黙れっ!」
 声とともに、セリシスは腹部に激しい衝撃を受けた。男が足蹴にしたのだ。
「うっ!」
 ズサッと砂の上をすべる音を立てて、セリシスは地面に倒れ込んだ。そして鈍い痛みを発する腹を押さえてしばらくもんどり打つ。
 そんなセリシスに、先程の男がツカツカと歩み寄ると、その細い肩を思い切り踏み付けた。
「痛いっ!」
 悲痛な叫び声が上がる。
 けれど男は興奮しているのか、少女の悲鳴などまったく聴く耳持たずに、荒々しく肩で息をしながら怒鳴った。
「子供たちだと? ふざけるな! 誰のおかげでその『子供たち』は生きてると思ってるんだ?」
 言葉を吐き捨てながら、自分よりもずっと小さな少女を、何度も何度も踏み付けた。
 男は自分の行動に酔っているのか、それともその行為は罪悪感の裏返しなのか。セリシスにはわからなかった。ただ彼女はぐっと歯を食いしばり、身体に走る痛みに堪えていた。
 男は唾を吐きながら、怒声を浴びせ続けていた。
「俺たちが生かしてやってるガキどものものは、俺たちのものだ。小娘が出しゃばるな!」
 無茶苦茶なことを言っていると思ったが、力のないセリシスにはどうすることもできなかった。
 やがて男が再び袋へと駆けていったのを見て、セリシスはゆっくりと身体を起こした。そして目を閉じて、意識を集中させる。
 本当は人間相手に使いたくはなかったけれど、仕方なかった。もう自分には、屈強な彼らに対抗できる手段がこれしかない。
「それに触らないで!」
 怒りと悲しみに涙を散らしながら、彼女は強い風を彼らに叩き付けた。
「何っ!」
 驚きに振り返った男たちが、次々に吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。
 彼女はよろめきながら袋に駆け寄ると、ギュッとそれを抱きしめた。袋にはもうほとんど物が残っていなかった。
 取り返さなければ……。
 再び魔法を使おうと顔を上げたセリシス。
 その瞬間、心臓が止まるほどの衝撃が彼女を襲った。
「お前は……プレゼントだけじゃなくて、骨の髄まで俺たちに捧げたいらしいな……」
 街を包み込む冷気よりも冷たく、静かな怒り。
 男たちが袋にすがりつく少女を取り囲んで、どこまでも冷酷な瞳で彼女を見下ろしていた。
「い、いや……」
 袋を抱きしめたまま、セリシスは絶望的な表情で怯え震えた。
 今までの人生で、これほどまでに強い憎悪を向けられたことはなかった。しかもそれが自分よりも強い、複数人の大人からだったから、セリシスにはどうすることもできなかった。
 自分は何か間違ったことをしたのだろうか。
 これから、どうなるのだろうか……。
「せっかくだから、その服ももらってやろうか?」
 下碑な笑みを浮かべて、一人の男の大きな手が、彼女の肩をつかんだ。
 それが先程踏まれたときに付いた傷に障って、彼女は痛みに顔をしかめた。
 そしてすぐにその手から抜け出そうとしたが、どれだけ抗ってみても、その太い指は一向に肩から離れず、むしろ柔らかい肌に食い込んでいった。
 そして次々と分厚い手の平が彼女に迫り、彼女の着ていた衣服をつかんだ。
「い、いやあぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 厚手の服が強引に引き裂かれる音とともに、少女の細い悲鳴が、聖夜の空に響き渡った。

『……セリシス。スラムには近付いてはいけませんよ……』
 セリシスの胸の中に、遥か遠い日の母の声がした。
『どうして……?』
 幼い頃の自分が、無垢な笑顔で母を見上げる。
 母は静かにこう言った。
『それは、スラムの人たちは、平気で人から物を奪うからです』
 そして一度息を吐き、娘の顔を真剣な瞳で見下ろして、ゆっくりと言葉を区切りながら続けた。
『彼らは、良くも悪くも、生きることに必死なのです……』

「お姉ちゃん、遅いね……」
 冷たい風の吹きすさぶ教会の外に、子供たちは集まっていた。
 すでに約束の時間を1時間以上も過ぎているが、待ち望んでいる少女は姿を現さない。
 薄い服を2枚ほど重ねて着ているだけの小さな女の子が、両腕で自分の身体を抱きしめて震えていた。
「大丈夫? メル」
 女の子よりもずっと大きな少女が、心配そうに声をかける。
 ずっと、といっても、まだ13、4だろう。言った本人も寒そうに肌をさすっていた。
「うん。ありがとう、クリス……」
 心配させてはいけないと感じたのか、メルが元気良く顔を上げて笑った。
 彼らの頭上には温もりのない空が広がっていた。
 星も月もない夜空は寒々としていて、街の彩りとは対称的に重たく横たわっている。
「今年は家を出てこられなかったのかな?」
 初めてセリシスと出会った少年、ヒューミスが沈痛な面持ちでため息を吐いた。
「どこかで怪我をしたとか……」
 暗い思考が彼らの中に蔓延していく。
 メルなどは今にも泣き出しそうな表情をしていて、クリスが自分も悲しいだろうに、気丈に振る舞って彼女の頭を撫でていた。
 そんな沈んだ雰囲気を払拭するかのように、彼らのリーダーである少年、サルゼが、景気付けの意味も兼ねて大きな声で言った。
「とにかく、待とうじゃないか」
 その声に、皆の視線が彼に集まる。明るい声に元気が出たのか、あるいはリーダーの発言に期待しているのか、皆一様に輝いた目をしていた。
 サルゼはそんな彼らを一度見回してから、自分自身を納得させるように大きく頷いた。
「どうせ俺たちは今夜はもう、家に帰って寝るだけなんだ。セリシスを信じていつまでだって待とうじゃないか」
「そう……だね」
 ヒューミスが小さく頷いてから、すぐに元気良く、もう一度頷いた。
 誰もがそう思いながらも、誰かに言って欲しかった言葉。それをリーダーが言ってくれたことで、皆が自信を持ったのだ。
「セリシスを待とう」
 身を切るような冷たい風が吹き抜けていったが、彼らは明るく強い瞳でセリシスを待ち続けることにした。
 街の明かりが、少しずつ少なくなり始めていた。

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