鏡音リン小説 − 『 リンのうた 』 − ボーカロイド二次創作


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 いつの間にか、カーテンの向こうは夜になっていた。暑さは和らぐところを知らず、冷房は働き続けている。
 テレビは真っ黒な画面のまま沈黙して、ノヒラさんはジャケ買いしたらしいCDを聴いている。わたしも無言でそれを聴いていたけれど、その内我慢できなくなって口を開いた。
「ノヒラさん、夕ご飯どうします? いつもはどうしてます?」
 お腹が空いた。限界だ。時計を見たらもう8時近かった。
「ん? まあ、適当に」
「適当っていうのは、適当に買ってくるんですか? 適当に作るんですか? 適当に食べに行くんですか?」
「任せた。っていうか、ボーカロイドも腹が減るんだな。さっきトイレ行ってたし」
 臆面もなく言われて、顔が熱くなる。
「年頃の女の子に対して、デリカシーのないこと言わないでください。鉄と油でできてるわけじゃないんですから、ご飯も食べるし、トイレだって行きます」
「設定14歳がよく言うよ。で、リンは料理ができるの? 歌う以外に能が無さそうだけど」
 リン、と呼ばれた。泣かせたことを申し訳なく感じて、一歩歩み寄ってくれたんだろうか。
 さらっと言われたことは、さらっと流す。
「もちろん、できます。オムライスとか得意です」
「オムライス! いいね、オムライス。作ってよ」
 ノヒラさんが楽しそうな声を出した。もちろんそれは、プラス解釈できる「楽しい」じゃない。子供の口からいかにも子供っぽい単語が出てきたことにウケているだけだ。
 何も言わずに台所に行き、材料を確認する。
 お米、卵、牛乳、バター、塩、コショウ、タマネギ、ニンジン……意外と、ある。無いのは鶏肉と、ピーマンとかあるといいかな。ケチャップは残り少ないけれど、なんとか足りそう。
「足りないもの、買ってきます。お金ください」
「ダメだ」
 一蹴された。まさか自分の分は自分で出せということだろうか。
 確かにたくさんお金を払ってもらっているけれど、わたし自身は子供のお小遣いくらいのお金しかもらってないし、今だってほとんどまったく持っていない。
 どうしていいかわからず、立ち尽くしていると、ノヒラさんが言葉を続けた。
「契約する時に条件があった」
「条件? 『ボーカロイドには危害を加えない』。確かそれがあって、それしかなかったはずです」
「外は暗い。間接的にでも何かあると困るから、今ある物だけで作って」
 ああ、心配して言ってくれたんだ。初めてプラス方向でじんとなった。
「過去に条件破ったヤツいるのか? 破ったらどうなるか、考えるだけで怖い。元々非合法な匂いがするし。なんだよ、設定14歳って。嘘くさっ」
 ノヒラさんは一人でぶつぶつ言っている。照れ隠しなのか、やっぱり自分のことを心配しているだけなのかわからない。
 どうでもいいや。
 鶏肉の代わりにウインナを使うことにして、野菜を切る。ご飯はインスタントのを使う。
 フライパンにバターをひいて野菜を炒める。ケチャップとご飯を入れる。よく混ぜ合わせたらちょっと味見。
 ……普通。
 いい。わたしのオムライスの売りは、卵がフワフワなところにある。最近小生意気なレンが唯一誉めてくれる料理だから、大丈夫に決まってる。
 ということで、ケチャップライスにふわふわオムレツを乗せて完成した素敵なオムライスをテーブルに並べる。
「随分手際がいいのね。いただくわ。他の人のところでも、やっぱりリンが料理するの?」
 スプーンで卵を突きながらノヒラさん。わたしは一口頬張って、それを流し込んでから答えた。
「他の依頼主のことは秘密だから教えられません」
 ノヒラさんが驚いた表情をした。そして再びオムライスに視線を落とし、4口食べてからぼそりと言う。
「あんたをどうしようか、ぶっちゃけちょっと困ってるのよね。他の人たちがあんたに何をさせてるのか聞こうと思ってたんだけど」
「ごめんなさい。他の依頼主のことは一切教えられません。ボーカロイドの仲間にも秘密なんです」
「自分で考えろって?」
「逆にわたしが聞きたいです。ノヒラさんは何が目的でわたしをここに呼んだんですか? それに、どうしてわたしにしたんですか? 調べたら、ルカさんは他の人のところに行ってましたけど、ミク姉さん……初音ミクは空いていました」
 核心をつく。
 ずっと疑問に思っていたこと。目的と、どうしてわたしなのか。
 今の話の流れからしても、ノヒラさんはボーカロイドにまったく興味がないし、目的もないように思える。一人暮らしの慰みなら、少しでも歳の近いミク姉さんの方が良さそうだ。
 わたしがじっと見つめると、ノヒラさんもわたしを真っ直ぐ見つめ返した。最初に会った時のような、どこか冷たい眼差し。
 ふっと皮肉に口の端を歪めて、視線を逸らせる。
「リンが秘密なら、あたしも秘密」
「わかりました。目的があるならすぐにわかるだろうし、別にいいです」
 オムライスを食べる。
「依頼主は男が多いの?」
「秘密です」
「一人暮らしの男の家とか、怖くないの?」
「一人暮らしの男の人が依頼者としている前提で答えるなら、怖くないです。でも、一人暮らしの男の人から依頼があるかは秘密です」
「何もされないの?」
「秘密です」
 オムライスを食べる。答えられないことには罪悪感を抱くけど、ノヒラさんは答えられないとわかって聞いているみたいだから、気にしないことにする。
「歌うことが多いの?」
「秘密ですけど、ボーカロイドの売りは歌うことですから、音楽関係のお仕事が多いってことだけは肯定しておきます」
「音楽関係以外でリンを雇う人っているの?」
「ノヒラさんがそうです。他の人は秘密です」
「歌とウクレレと掃除とオムライス以外に何ができるの?」
「アイロンはかけれます」
「ピンポイントね。ネクタイを正面から結んだりできる?」
「さあ。試してみます?」
「要らない」
 いつの間にかオムライスはなくなっていた。ノヒラさんは「ごちそうさま」とだけ言って、明日の仕事の準備を始めた。普通のOLらしい。
 ノヒラさんが仕事に行っている間、わたしは何をしたらいいんだろう。お皿を洗いながらそんなことを考える。
 まあ、歌っていればいいか。
 他には何も要らない。結局わたしたちは、それでいいんだ。