鏡音リン小説 − 『 リンのうた 』 − ボーカロイド二次創作


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 いきなり、わたしは持てる技術をすべて使い切るような速弾きから入った。ピックを口の端に加えて、リズミカルなタッピングとハンマリング、それに断続的なチョーキング。ただ見せつけるだけのような音楽はつまらないとミク姉さんに言われたから、激しい中にメロディーが浮かび上がるように音に強弱をつける。
 今いる人たちに、最初から見ていて良かったと思ってもらえるような、出し惜しみのない演奏をする。
 『DIVING DRIVING』はケイイチさんの曲の中でも、屈指の難しい曲だけれど、それをさらに7倍くらい複雑にアレンジした。しかも、ケイイチさんのテクニックの都合だけでゆっくり演奏されていたこの曲を、歌詞本来の持っている勢いのある速さに戻す。
 イントロで十分な衝撃を与えて、わたしは一歩下がってミク姉さんにバトンを渡した。さあ、楽しいライブを始めよう。

  海に行こう! いきなり君が言い出したのは 真っ暗闇の朝3時
  おいおい、こんな時間じゃ波も寝てるぜ I wanna sleep yet!

  いつだってそう! 君はそんなこと構いやしない 真っ逆様の大惨事
  マジカヨ、気持ちは早くも水着に着替えて You wanna go to ...

  星のDance フロントガラス 寝ぼけ眼のカーニバル
  君のVacancesはいつも唐突 俺はミカンを口にする

  Dive into the night! 夜の海だって乙じゃない?
  I'm always driven by you! 俺たち二人の Seaside Way

 違和感のあるミカン。あんたの方が唐突だよって、ケイイチさんに鋭く突っ込んだあの日が懐かしく蘇る。
 それにしても、ミク姉さんは本当に上手い。よくもこの曲をそんなに楽しそうに歌える。聴いている人が、この先どうなるんだろうってハラハラするような、あるいはワクワクして一緒に海に行きたくなるような、心を掴む抑揚。
 練習の時、どうしても単調にしか歌えないわたしに、ミク姉さんがこう言った。
「まずは曲を好きになること。次に、作った人の気持ちを想像して、それから歌詞に出てくる人たちになりきる。唐突に海に行きたくなった女の子が、寝ぼけ眼の彼氏を助手席に押し込んで、いきなり海に走り出す。ワクワクしてこない?」
「ミカンは?」
「ミカンはいいから。彼氏はきっとパジャマのままだね。この彼氏はいつもこうして振り回されてるけど、本当は全然嫌じゃなくて、むしろ歓迎してる。仲良しでいいよねぇ」
 ミカンはばっさり切り捨てて、曲の二人に入り込むミク姉さん。その激しい感情移入が、今こうして聴衆を自分の歌の世界に引きずり込んでいるんだ。
 1曲終わっただけで30人くらいになった。総立ちの歓声と拍手。胸が熱くなる。久しぶりの高揚感。
 やっぱりわたしはどうしようもなく歌が好きだ。
「はーい、ありがとう。素敵なバカップルだったね。バカップルって死語? ノリノリになってきたから、曲順変えて、次も激しいの行くね」
「えっ!?」
 何言ってんだこの人と、焦って振り向くわたしを無視して、ハイテンションのミク姉さんは続ける。
「次、『Sympathey』。同調、共感。この曲でみんなと1つになろう! 突然の曲順変更にリンちゃんが間違えずに弾けるか、みんな応援してあげてね。はいじゃあ、1、2、3、4──」
 未だに唖然となっているわたしを放置して、すでに聴衆と一体になっているミク姉さんが、カッティングとシンコペーションを駆使した綺麗なストロークで盛り上げる。
「リンちゃん頑張れーっ!」
 嬉しい応援の声。もちろん、これしきのイレギュラーはなんてことはない。まるで最初からこの演出が計画されていたかのように弾いてみせると、イントロで拍手が起きた。
 この曲はミク姉さんと一緒に歌う。ただのギターマニアの女の子だと思っていたのだろう、観客が目を丸くしてわたしを見る。気持ちがいい。
 2曲目にして早くも最高潮の熱気の中、ケイイチさんは夢でも見ているような顔でわたしたちを見つめていた。ここからでは見えないけれど、ノヒラさんもどこか、ケイイチさんが見えるところにいると思う。一体どんな顔をしているだろう。
 二人とも、ボーカロイド鏡音リンの本気の演奏を心に刻むといい。
「3曲目はバラードの予定だったんだけど、そういうテンションじゃなくなってきたから、1.5倍のスピードにするねー。リンちゃん、適当にアドリブでお願い。できないなら、客席に行ってみんなと一緒に私の応援よろしく!」
 また無茶苦茶なことを言って、観客がドッと沸く。でも、わかった。ミク姉さんは観客を楽しませるためじゃなくて、わたしの見せ場をたくさん作ろうとしてるんだ。
 やってやろうじゃない、と意気込んで臨んだ3曲目はちょっと失敗して、しかもそれを、言わなきゃバレないのにミク姉さんがトークで暴露して恥ずかしい思いをした。
 ミク姉さんはトークも面白い。改めて感心しながら4曲目、5曲目と演奏すると、いつの間にかライブスペースは人で溢れかえっていた。100人は絶対に超えている。
 今までも何度か、プライベートでミク姉さんやルカさん、レンと路上ライブはしたことがあるけれど、こんなに盛り上がったのは初めてだった。
 ミク姉さんがトークも含めて上達したのもあると思う。でも、ひょっとするとまさか、本当に、ケイイチさんの曲がいいのかもしれない。
「はい、みんなありがとう。歩道にはみ出してる人は後ろじゃなくて横に来てね。6曲目は『スターライト』。1番の歌詞に『見えた!』とかあるんだけど、何が見えたのか、リンちゃんと1時間話したけどわかりませんでした。パンツかな?」
 また無茶振り。しかも反応に困る内容。
「ち、違うと思うけど」
「ほら、風の強い日に」
「いいから、曲行こうよ」
「はい、じゃあ『スターライト』。みんなも想いを解き放とう!」
 わたしとケイイチさんの記念すべき初めての路上ライブで1曲目に歌った曲。これは全部わたしが歌う。歌って、比較して、気が付いてもらう。あの日、わたしがまったくポテンシャルを発揮できていなかったことに。
 後ろにいるのがケイイチさんかミク姉さんか。この差から来る安心感が、どれだけわたしの歌を引き立たせるか、身を持って知ってもらおう。
 異様な盛り上がりになってきたアニバーサリーライブ。たぶんこれは、予定の曲を全部やる前に、警察が来て解散になる流れだ。
 それでも構わないし、その方がいい。それくらいインパクトがある方が、ノヒラさんの願いが叶う。
 ──じゃあリン、最後のお願い。ケイイチに、あんたの言う格の違いを見せつけて、音楽を諦めさせて。
 生半可な練習では届かないギターのテクニックと、もはや才能としか思えない歌唱力。卓越した音楽センスと、観客を魅了するスター性のカリスマ。
 蒼天にわたしたちの歌が突き抜ける。
 強烈なエクスタシーにぶっ飛びそうになりながら隣を見ると、汗を振りまきながらミク姉さんがにこにこ涼しい笑顔で歌っていた。
 どこまでも幸せな時間。
 終わるまで終わらない、わたしたちの魂の歌。