強い陽射しの降り注ぐアスファルトの上。黒いランドセルを背負った男の子たちに囲まれて、小さなあたしが怯えた顔で立っていた。
あたしは汗かきだったから、その陽射しの中でたくさん汗をかいていた。額にも汗がにじんでいたし、背中はシャツがぴったりと張り付いている。
男の子の一人が、あたしを指差しながら下品な笑い声をあげた。
「おい、見ろよこいつ。体中からションベンしてるぜ!」
「本当だ! きったねーなぁ!」
男の子たちに笑われても、あたしは唇を噛みしめて、じっとアスファルトを見つめていた。泣いてもやめてくれないし、言い返せば叩かれるかもしれない。あたしはそれが怖くて、何も言えずにただ立ち尽くしていた。
あたしはなるべく人目につかない人生を送ってきた。目立つのは嫌いだったし、内気で、人と喋るのがあまり得意ではなかった。
そんなあたしが、こんなふうに男の子たちにからかわれるようになったのは、もう1年くらい前のこと。
その時あたしは、どうしても授業中にトイレに行きたくて仕方なかった。でも授業中にトイレに行けば目立つからと、ずっと我慢していたのだけれど、結局後10分くらいのところで、どうしても我慢できなくなってしまった。
「先生、なんだかフラフラするんです。保健室に行ってきてもいいですか?」
先生は後10分だからと言ったけれど、もう一度頼んだら行ってもいいと言ってくれた。
あたしはすぐに立ち上がって、教室を出て行こうとした。でもその時、ドアの近くの席の男の子がいきなり大きな声を出してあたしを驚かせ、びっくりしたあたしは、思わず座り込んでそのままおもらししてしまったのだ。
つくづく小学生は残酷だと思う。その男の子は謝るどころか、むしろあたしを指差して笑い、教室中の子供たちがあたしのことを笑った。
それから、あたしはこうしてからかわれるようになった。
いじめというほど我慢できないものでもなかったけれど、それでもあたしは毎日傷付いていたし、もしその時、あの子がいなければ、それは確かにいじめになっていたかも知れない。
「あー、また実夏ちゃんをいじめてるな! いいかげんにしなさいよ!」
笑われているあたしを見て駆けてきたのは、隣のクラスの優ちゃんだった。優ちゃんは男勝りなところがあって、勝気で、それに可愛かったから男の子からも女の子からも人気があった。
男の子たちは優ちゃんが来るのを見て、露骨に気まずそうな顔をした。
「おい、帆崎だぜ」
「逃げようぜ!」
誰かがそう言うと、男の子たちはダッと向こうへ駆けていった。優ちゃんが怖いというよりも、優ちゃんに嫌われたくなかったのだ。
「こら、待ちなさい!」
優ちゃんは大きな声でそう言ったけど、男の子たちの後は追いかけなかった。あたしのところまで来ると、振り上げていた手を下ろして、女のあたしでもドキッとするような可愛らしい笑顔で言った。
「大丈夫だった?」
「うん、ありがとう、優ちゃん」
その時あたしは、特別帆崎優希という女の子と仲が良いわけではなかった。優ちゃんは誰にでも優しかったし、あたしは優ちゃんが好きだったけれど、内気な性格も災いして、あまりお喋りはしたことがなかった。
「ダメだよ、実夏ちゃん。言い返してやんなかったら、いつまで経ってもいじめられるよ?」
「うん。でも、優ちゃんが助けてくれるから」
あたしがそう言うと、優ちゃんは照れたように視線を逸らせてから、もう一度可愛らしい顔で笑った。
「うん。実夏ちゃんはわたしが守ってあげるから! じゃあね!」
「うん、じゃあね! ありがとう!」
あたしは走っていく優ちゃんの背中を、滅多に見せない笑顔で見ながら、ぶんぶんと大きく手を振った。
……もう、5年も前の思い出。
時々夢に見る光景。いっそ優ちゃんがあたしを嫌いだったら、あたしが優ちゃんのことなんて知らなかったら、どれだけ楽になるだろう。
ベッドから半身を起こして、あたしは憂鬱な溜め息をついた。緑色のカーテンの向こうには、眩しい光が溢れている。
あたしはのそのそと起き上がって、パジャマを脱いだ。
「いつまでも夜のままだったらいいのに……」
あたしは制服のかかったハンガーを取りながら、小さな声で呟いた。
そうしたらもう、憂鬱な一日は二度と始まらないのに……。