それから数日が過ぎたある雨の木曜日、あたしは涼貴と二人で駅までの道を歩いていた。ちょうど鬱陶しい田岡先生の悪口で盛り上がってきた時、いきなり見覚えのある数人の女の子たちに囲まれて、あたしたちは足を止めて身を寄せ合った。
それは、優ちゃんと同じソフトテニス部の子たちで、みんなものすごく怖い顔であたしたちを睨み付けていた。
「な、何?」
涼貴は気丈に振る舞っていたけれど、怯えているのは明白だった。涼貴は一人で何かできる子ではない。もちろん、あたしはそれ以上にそうだったけど。
「ちょっと付き合いなよ」
誰かがあたしの手を掴み、涼貴も同じように数人に掴まれて無理矢理引っ張られた。
「な、何すんのよ! やめてよ!」
涼貴は大きな声をあげて抵抗していたけれど、その内口を塞がれて、あたしたちは近くの小さな広場に連れてこられた。
女の子たちはあたしたちを強く押して、あたしたちはべちゃっと音を立てて泥にまみれた。
「い、いったいなぁ! 何すんのよ!」
涼貴が服の袖で顔の泥を拭い、怖いほど鋭い目で睨み付ける。でも、女の子たちは人数がいるからか、余裕の表情で見下ろしていた。
「あんたたち、優希のこといじめるの、やめなよ」
やっぱりそのことかと、あたしは思った。もちろん、涼貴だってわかっていただろう。
「そんなの、あたしたちの勝手じゃん。何これ? 報復のつもり?」
「そうよ。じゃあ、わたしたちがあんたたちをいじめるのも勝手ね」
「そんなことしたら、美好が黙っていないよ。帆崎が余計にいじめられるだけだ」
涼貴は切り札を出すように強気に言ったけど、女の子たちは鼻で笑い飛ばした。
「そうしたら、わたしたちはまたあんたたちをいじめるだけよ。それに、しなくたってどうせ優希のこといじめるんでしょ?」
女の子の一人が、閉じた傘で涼貴を肩を打った。
「い、痛っ!」
「もういじめないって言ったらやめてあげる」
涼貴はちらりとあたしを見た。あたしはその時、怖くて震えるだけで、すがるように女の子たちを見つめていた。
涼貴は立ち上がると、大きな声で言い放った。
「絶対にやめない! こんな脅しに屈するくらいなら、初めっからしない!」
「りょ、涼貴……」
いっそ「やめる」と言って欲しかった。あたしがどうしていいのかわからずに、雨と泥にまみれたままでいると、油断なく涼貴を睨み付けていた一人が不意にあたしを見た。
「緋藤は? あんた、帆崎と同じ小学校だったんでしょ? もしそいつらに脅されていじめてるだけなら、もうやめてこっちに来なよ。優希の味方をしてくれるなら、今までのことは忘れてあげる」
あたしは思わず青ざめた。優希と幼なじみだと涼貴に知られたこともだったし、目の前の子たちが、あたしが怖くて抜け出せないだけだと知っていることも。
涼貴があたしを見た。軽く唇を噛み、悲しそうな瞳をしていた。
「あたしは……あたしは、いじめられる方の味方をしたい」
喉の奥から搾り出すようにそう言うと、女の子たちは嬉しそうな顔をし、涼貴は今にも泣きそうな顔になった。
「優希の味方になるのね? じゃあ、こっちに来なよ」
一人がすっと手を差し出す。あたしは大きく首を振り、勢いよく立ち上がって、しがみつくように涼貴の腕を掴んだ。
「違う! みんなが涼貴をいじめるなら、あたしは涼貴の味方になる!」
足が震えているのが自分でもわかった。でも、その時涼貴が驚いた顔をしてから、嬉しそうに顔を綻ばせたのを見て、あたしは勇気が湧いてきた。
「滅茶苦茶じゃない! じゃあどうして優希をいじめるのよ!」
「そ、それは……」
「もういいわ! 実力でやめさせてやる!」
誰かがそう言うと、女の子たちは一斉に襲いかかって来た。
あたしは何がなんだかわからずに、ただ固く目を閉じて、闇雲に鞄を振り回した。でもすぐに誰かに掴まれて、地面に叩き付けられる。
「痛いっ!」
うっすらと目を開けると、涼貴も同じように泥まみれになって、お腹を踏まれてもがいていた。
あたしもすぐに背中や肩に痛みを感じた。
女の子たちは何かわけのわからないことを叫んでいる。
「涼貴……」
あたしは女の子たちに蹴られながら涼貴のところまではいずり、その身体を抱きしめた。そして、涼貴の温もりを感じながら、身体中に走る痛みに堪え続けた。