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小さな魔法使い
魔法使いに憧れる少女ユウィルは13歳。湖の街ウィサンに、最近引っ越してきたばかり。湖には化け物が棲んでおり、ユウィルはひょんなことから、たった一人でこれと戦うことになる。

「えっ?」
「いいから逃げて! デイディ!」
 もう一度ユウィルは叫び、まだ苦しんでいる化け物に、再び光線を食らわせた。光線は化け物の喉元を焼き、そこから紫色の煙が上がった。
 ユウィルはちらりとデイディの方を向き、
「何をしてるの? デイディ。早く逃げて!」
 と怒鳴りつけた。
「で、でも……」
「でも、じゃない! ミリムが心配してる。先に街に戻って。ここはあたしが食い止めるから」
 そう言われて、デイディは迷った。だがそれも数秒のこと、デイディはすぐに街の方へ駆け出した。
 女の子が一人で戦っているというのに、男の自分がこうして逃げるというのは情けなかったが、無力な自分はいても邪魔になるだけだ。
「ユウィル!」
 一度だけ足を止め、デイディが言った。
「お前に言わなきゃいけないことがある。だから、絶対に戻って来いよ!」
 ユウィルが化け物の方を向いたまま、それでもしっかりと頷いたのを確認して、デイディは走った。
 ユウィルはデイディが無事に逃げてくれることを祈りながら、再び魔法に集中した。
「光……光……」
 先程から使っている光線の魔法の粒が手の平に集まってくる。ユウィルがとっさに使える攻撃魔法はこれしかない。昔、旅の魔術師が彼女を助けたときに使った魔法だ。あの光景を、ユウィルは今でも鮮明に思い描くことが出来る。
「光……」
 魔法が集まってきた。
 その時、怒り狂った化け物が、いきなりユウィルに襲いかかってきた。
「あっ!」
 ユウィルは本能でそれを避けようとした。途端、ほんの一瞬だが、集まった魔法の粒が爆発しそうになった。
(いけない!)
 その瞬間、ユウィルはタクトの言葉を思い出した。
『今のがウィルシャ系古代魔法の基本、“受け流し”。集まってきて、爆発しそうになったり、溢れそうになった魔法を、咄嗟に別に形にして放出したり、元あった場所に戻す。素人では仕方ないけれど、わたしたちだと、これが出来ない者は魔法を使うことすら許されていない』
(そうだ。受け流し……)
 意味もわからず、ユウィルは魔法の粒を湖の方に風のように撒き散らして、砂の上に倒れ込んだ。
 間髪入れずに、先程まで自分の身体があった空間を化け物の首がかすめる。
 魔法は、爆発しなかった。
(ここで光線)
 ユウィルは横になったまま、すぐに先程散らした魔法を集め、自分のすぐ上にある化け物の身体に光線を放った。
 至近距離で放たれた光線は、化け物の身体を貫き、空に消えていった。
 オゥゥオオゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……。
 咆哮を上げ、化け物がのたうち回る。
(この化け物、強くない?)
 ユウィルは転がりながら化け物の身体を擦り抜け、立ち上がった。そしてすぐに魔法に集中する。
「光……光……」
 刹那、そんなユウィルの身体に衝撃が走った。
「ぐふっ!」
 思ったよりも早く立ち直った化け物の首がユウィルの身体にめり込み、そのまま軽い彼女の身体を吹き飛ばしたのだ。
 ユウィルは数メートル先の砂の上に転落し、したたか背中を打ち付けて咳き込んだ。
 ただ幸いなことに、化け物はすぐには攻撃してこなかった。先程のユウィルの魔法の粒が爆発して、化け物に命中したのだ。
(チャ、チャンス……)
 ユウィルは立ち上がり、急いで次の魔法を放とうとした。
「光……光……」
 ところが、どれだけ集中しても、魔法は集まってこなかった。
(しまった!)
 ユウィルはその理由にすぐに気が付き、呆然となった。先程の攻撃で、凝力石を落としてしまったのだ。
 化け物は未だに苦しんでいる。
(よしっ!)
 ユウィルは大きく頷き、その場にしゃがんだ。そして、砂の上に手で小さな魔法陣を描く。
(まず六芒星を描いて……丸を二つ……)
 ジェリス系魔術。魔力さえあれば、凝力石のような媒体を必要としない。
 化け物がようやく立ち直った瞬間、ユウィルの魔法陣もまた完成していた。
 すぐに化け物がユウィルに襲いかかってくる。
(落ち着いて……落ち着くのよ、ユウィル)
 目を閉じて、昼間使おうとしていた呪文を思い出す。魔法陣の上に、小さな火柱を立てる魔術だ。

『ツァイト ツァイト ラオブ ラテルネ……』

 “ツァイト”はすべての魔術の根元を意味し、遥か昔ジェリスが発見したものである。魔術は魔法陣を正しく描き、呪文の意味をしっかりと把握している必要がある。
(大丈夫……)
 化け物の風を切って迫り来る音がしたが、ユウィルは無心で呪文を唱えた。

『炎の海にたゆたいし者
 その熱をもて焼き去り給え……』

 化け物の喉が鳴り、ユウィルの身体を呑み込もうとした。そして、その身体の一部が彼女の築いた魔法陣の上にかかった瞬間、呪文が完成した。
 ゴォオオォオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……。
 ユウィルの目の前に、天をも焦がさん勢いで凄まじい量の炎が吹き上がり、化け物の身体を焼いた。
「えっ?」
 ユウィルが目を見張って、呆然とそう声を上げた。
 自分の使ったのは、本当に簡単な火柱を立てる魔法だった。一瞬敵をひるませ、その隙に凝力石を取りに行くつもりだった。
 それが、今自分の目の前で吹き上がっているものは何だ。
 ウオォォォオオゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥォォォォォォォォォォォォォォ……。
 三度化け物が咆哮した。
 炎はやむ気配なく上がり続けている。化け物の肉の焼ける嫌な臭いがして、ユウィルははっと我に返った。
(いけない! 早く凝力石を!)
 ユウィルは急いで駆け出した。

 丁度ユウィルが火柱を立てたとき、それを見た者がウィサンの地に二人いた。
「す、すげぇ」
 一人はデイディ。突然背後が明るくなり、振り返ると湖の方から火柱が上がっていたのだ。デイディは足を止め、呆然とその光景を見つめていた。
 まだユウィルの姿を確認できる場所にいる。デイディはいつの間にか、自分が拳を握ってユウィルの戦いに見入っていることに気が付かなかった。
 そしてもう一人は、魔術師タクト・プロザイカ。研究所に戻る時に、偶然それを発見したのだ。
「あれは、まさかユウィル……か?」
 そう呟きながら、タクトは目を閉じた。
 次の瞬間、彼の身体がフッとかき消え、そこには何もなかったかのように、一陣の風が吹き抜けていった。

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