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五宝剣物語

1−3

 辺りはすっかり暗くなっていた。
 街道を逸れてから、すでに何時間も草の中を歩き続けている。
 一面の草原には木々が林立し、遠くには森が姿を見せ始めた。
 もっとも、それもしばらく前のことで、今は真っ暗で何も見えない。
 三人はいよいよ緊張を露にして歩いていた。
 エリシアの言う「強い魔力」が、リスターやルシアにも感じ取れるほどに近付いてきたからだ。
 その魔力のせいでか、辺りは虫の声もなく静まり返っている。
 さらに歩くと、やがて遠くにぼんやりと淡い光が見えてきた。
「あれが……魔法陣でしょうか」
 エリシアが震える声で呟くと、その後ろでルシアが小さく息を呑んだ。
 二人とも魔法にはまるで耐性がないから仕方ないだろう。目にしたのすらごくわずかのはずだ。
「恐らくな」
 二人を安心させるように、できるだけはっきりそう答えて、リスターはもう一度前を見た。
 何者かが隠れていないか、罠が張られていないか、周囲に気を配りながら三人は慎重に歩を進める。
 やがて彼らの前に現れたのは、人が10人ほど手を繋いで輪になったほどの大きさの、半透明のドーム状の膜だった。
 もちろん通常の物質で構成されていないのは明らかで、表面が淡く発光している。
「どうやら、魔法陣だけみたいだな」
 リスターが声を漏らすと、ルシアが大きな声を上げた。
「あ! リスター、中に女の子がいる!」
 思わず飛び出そうとしたルシアの手を取り、リスターは厳しい語調でたしなめた。
「不用意に近付くな」
「あ、うん……」
 ルシアは真剣な目で頷いた。注意されて反省はしても、やすやすと拗ねるような娘ではない。
 もう一度魔法陣に目を遣ると、なるほどルシアの言う通り、中に女の子が倒れていた。簡素な貫頭衣を一枚まとっただけの格好だ。
 もう少し近付くと、少女の肩が小さく上下しているのが見えた。
 歳はルシアと同じくらいだろうか。幼い顔にはあからさまな疲れと涙の跡が見て取れた。
 魔法陣の中には、少女の他には何一つ置いていない。まるで少女という餌の置かれた巨大なネズミ捕りのようである。
「これは、何でしょうか……」
 エリシアが露骨に不愉快そうな声を上げた。日頃おっとりしているだけに、尋常ならざる怒りが声だけで伝わってくる。
 リスターが何かを言うより早く、ルシアが震える声を洩らした。
「そ、それより、あれは……?」
 彼女が指差す方向に、人型の真っ黒な物体が2つ横たわっていた。あまりのグロテスクさに、目にしたエリシアが思わず口元を押さえる。
 近くに落ちてたものから察するに、偶然魔法陣に気が付いて近付いた物盗りか何かだろう。
「この魔法陣に触った人間だろうな」
「さ、触ってたら、あたしもああなってたの……?」
 ルシアの質問に、リスターは静かに頷いた。ルシアが小さく息を飲む。
「どうやら強力な結界魔法のようだな。けれど、この子を守るためにあるとは思えないし、なんでこんなところにあるのかは、さっぱりわからんが」
 彼の言う通り、少女はひどく衰弱していた。放っておけば餓死するのは必至だ。
「リスター。助けられないのか?」
 ルシアが泣きそうな顔をした。
 正義感の強い娘だ。自分と同じくらいの年の少女が、今にも死んでしまいそうにやつれて倒れているのがたまらなく苦しいのだろう。
 もちろんそれは、リスターやエリシアとて同じことだった。
 リスターは無言で魔法陣の周りを一周し、内部に描かれた陣形を見た。
 それから、疲れたように息を吐いて笑った。
「大丈夫。これなら解除できる」
 姉妹は安心したように顔を見合わせて笑った。
 リスターは魔法に詳しい。その彼が大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろう。
 邪魔にならないように一歩下がった二人を見てから、リスターは足元の石を拾い上げた。
「この魔法陣は生き物しか拒まない」
 指で弾かれた石は、小さな弧を描いて、ごく当たり前のように魔法陣の中を転がった。
 それだけ見ると炭化した二つの死体の方が信じられなく思えるが、魔法に不慣れな姉妹には、事実目の前に発光する膜が存在するにも関わらず、石が通り抜けていったという事実の方が衝撃的に思えた。
 投げ込まれた石で目を覚ましたのか、少女が数度瞬きしてから身体を起こした。
 そしてリスターの姿を見つけ、駆け寄ろうとする。
「あっ!」
 少女が膜に触れた瞬間、ルシアが両手で口元を押さえた。
 けれど、彼女の心配は杞憂に終わった。結界は内側から触っても大丈夫なようになっていたのだ。
 もっとも、見た目通り少女はこの魔法陣を通り抜けることができないようで、まるで壁に寄りかかるように膜にすがった。
 それからはっと思い出したように炭化した死体を指差して、必死に両手を振る。リスターに来てはいけないと忠告してくれているのだ。
 リスターは健気な少女に笑いかけて、少し下がっているよう手で指図した。
 それから腰に帯びた剣を抜き、それを膜の中に突き入れる。
 生物でないリスターの剣は、彼が言った通り膜を素通りし、陣の描かれている地面に刺さった。
「魔法陣は普通に消しても消えないが、正しく手順を踏めば消すことができる」
 二人に背を向けたまま説明して、リスターは剣の先でガリガリと地面を削った。
 一時間ほどかけ、何度も場所を変えては地面を削る内に、やがて魔法陣はスッと音もなく消え去った。
「リスター!」
 感極まって姉妹がリスターの方に駆け寄ってくる。
 彼は得意げに笑ってから、そっと少女の方に手を差し伸べた。
「さ、もう大丈夫だぞ」
 少女は一度嬉しそうに微笑んだが、極度の緊張から解放されたからか、リスターの手を握った途端に気を失って倒れてしまった。
 ひっそりと静まっていた周囲に、虫たちの鳴き声が響き始めた。

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