■ Novels


五宝剣物語

4−5

 描かれた3つの魔法陣からかすかな光が漏れている。
 あれは元々明かりを点けるためにあったのではない。リューナの魔力を、エリシアが検知できないように描かれていたのだ。
 その光に照らされた少女の顔は、学校の先生として子供たちを相手にしているからか、16歳にしてすでに大人びた印象を受けた。
 今は勝ち誇ったような醜い笑みを浮かべているが、整った顔立ちをしている。
「あなたは、私たちがここへ来ることを、初めから知っていたのよね?」
 なるべく二人を見ないよう、真っ直ぐリューナの瞳を見つめて尋ねた。
 少女はエリシアの能力を知っていた。また、リスターを攻撃してからすぐに、エリシアではなくルシアに魔法を放ったのも、完全に計算された動きだった。
 ルシアが『青宝剣』を持っていることを知っていたとしか思えない。
 リューナはエリシアの話に乗ってきた。勝者の余裕かはわからないが、大抵こういう場合、加害者は自分のしていることを話すものだ。
「とある人から、ジレアスやティランさんを殺した人間が来ることを聞かされていてね。仇を討つよう命じられてた」
 エリシアは「とある人」が気になったが、聞き返すことはしなかった。どうせ尋ねても教えてはもらえないだろう。そうなれば会話が途切れてしまう。
「あなたのお母さんとお父さんが心配していたわ。私たちを殺したら、家に戻るの?」
 慎重に言葉を選んで、エリシアはまるで心を覗き込むように、無表情で少女を見つめた。
 リューナの顔に一瞬動揺がよぎる。
 返事を待たずに、エリシアは言葉を続けた。
「ヴァンビスさんにも会ったけれど、とても疲れた顔をしてた。帰って、安心させてあげて」
 リューナが視線を逸らせて唇をかんだ。
 エリシアは顔を動かさない。二人の苦しそうな息遣いが聞こえてくるが、例え彼らが死んでしまったとしても、自分にそれを止めることはできないのだ。
 ならば、今は自分にできることに最善を尽くすのみ。エリシアは冷静だった。
「そんなこと、お前には関係ないでしょ!?」
 再びキッと顔を上げ、リューナは声を荒げた。その態度には先程の余裕が感じられない。
 エリシアは相手を怒らせてはいけないと思い、強く否定することを避けた。
「私たちは、あなたを無事に帰すように言われているから。あの二人の悩みを取り除いてあげたいって、そう思うのはおかしい?」
「それは……」
 困ったように周囲を見回すリューナ。まるで仲間を探し求めているようだった。
 その仕草に、エリシアは確信した。
 リューナが魔法使いであることを隠して生きていたにせよ、何らかの組織に加入しているにせよ、間違いなく噂通りの少女であることを。
「あなたも、学校の子供たちが何か悩んでいたら、助けてあげたいって思わない?」
 もしも噂通りならば、思うはずだ。
 エリシアは上手く家族の話題から学校の話題に持ち込んだ。
 リューナは何も言わなかったが、否定もしなかった。
 少しの間を置いてから、彼女は子供たちも心配しているということを伝えようと思ったが、それはやめておいた。
 心配している話は先程両親で使ったので、今度は別の切り口から攻めようと思ったのだ。
「子供たちも困ってたわ。授業、中途半端にして来たでしょ? ミラって言ったかしら。今は彼女が代わりに教えてるけど、やっぱりあなたに戻ってきて欲しいって言ってた」
 ミラはリューナの先輩である。同じように文字を教えているのだが、いきなりバトンタッチされて困っていた。
 もちろん心配していたのは言うまでもないが、そんなことは言わなくても、ミラを知っているリューナには伝わるだろう。
「ちゃんと、帰ってくれる?」
 心配そうに眉をゆがめて、エリシアが聞いた。
 少女に帰るつもりはない。これまで出会ってきた魔法使いたちを見る限り、リューナもまた王国に対して恨みを持つ一人だろう。
 エリシアはそれをわかっていたが、今自分たちが助かることができるとしたら、リューナにそれを思いとどまらせることだけだ。
 だから、敢えて彼女は少女に目的を聞いたり、少女が魔法使いであることを意識するようなことは言わず、今までの日常を思い出させたのだ。
 後は、彼女の良心にすべてを賭ける。
「私は……」
 リューナは苦しそうに声を漏らした。
「私は、街を破壊するように言われてる……。私が発端になって、同時に他の国でも同じように反乱を起こすんだって……」
「ご両親はどうするの? 助けるの?」
 二人は魔法使いではない。リューナはどうするつもりなのだろうか。
 いや、恐らくどうするつもりもなかったのだろう。これは誰かが彼女にかけた暗示だ。
 魔法使いたちは、ひどく宗教的な観念を押し付けられている。リューナは賢い娘だが、物事の本質までは考えていなかった。
 ただ上に言われたから従っているだけ。迷いもなくリスターを刺したが、噂に聞いた少女は、そんなことができる娘ではない。
「子供たちは? リューナに慕ってくる大切な子たちだから、助けてあげるわよね?」
「それは……」
 リューナは苦しそうに首を左右に振った。信じているものがどんどん壊されていく恐怖に襲われているのだろう。
 ここで畳みかけてしまったら、少女は混乱のあまり、無差別に攻撃し始めるかも知れない。
 エリシアはそう思い、口を噤んだ。倒れている二人は一刻を争うが、急いではいけない。
 やがて、エリシアには果てしなく長い時間が過ぎて、少女は膝をついて独白した。
「パレンさん……。私は、どうすればいいの……?」
「パレン?」
 エリシアは思わず声を出しそうになって、それを飲み込んだ。
 それが「とある人」なのは明白だ。わざわざ言う必要はない。
 エリシアはそっと少女の許まで歩くと、小さな身体を優しく抱きしめた。ルシアよりずっと大人びているが、身体の造りは、剣士として鍛え上げられた妹よりもずっと頼りなく思えた。
「みんな心配してるわ。帰って元気な顔を見せてあげて。みんなを安心させてあげて」
「で、でも、私……」
 リューナがエリシアの胸に顔を埋めて、くぐもった声を漏らす。
「パレンさんに……殺すよう……言われてるから……」
 エリシアは、自分から「そんなことはしてはいけない」とは言わなかった。殺す対象が自分たちなのだから、その言葉を言う立場にはない。
 その点に関しては、あくまで少女の良心に一任した。
「私は魔法使いじゃないけど、魔法使いのリスターを愛してる。ユアリも、リスターの人間性を見てくれた。ご両親は、あなたが魔法使いだと知ったら、あなたを捨てるような人たちなの?」
 ひょっとしたらそうかも知れないという思いもよぎったが、それは捨てた。
 親は子供を無条件に愛するものだと、すでに両親を亡くしているエリシアは信じたかった。
「80年前のあなたたちの王女が、魔法使いを虐げている王国の王子と愛し合っている。だから、王子はきっと魔法使いに住みやすい国作りをしてくれるし、世界はそのように変わって行く。あなたが苦しまなくても、世界はあなたの望んでいるような国になるわ」
「本当に?」
 震える声で尋ねたリューナの顔は、涙でくしゃくしゃになっていた。
 最近はすっかりなくなったが、昔はよくルシアも泣いたものだ。
 エリシアはそんなことを思い出しながら、どこまでも優しい笑顔で頷いた。
「ええ。あなたは今まで通り、子供たちに囲まれて笑っていればいいの。誰もそれを邪魔したりしないから」
 リューナは一度涙を拭いて、怯えたような顔をした。
「でも、パレンさんが……。パレンさんは王国を滅ぼそうとしている。私は、裏切り者になってしまう……」
 自分の身体を抱きしめた少女に、温もりを与えるようにエリシアは両腕に力を込めた。
「それはセフィンが何とかしてくれる。私たちの味方はセフィンの味方。セフィンの味方は王子の味方。あなたは王国に守られてるの。何も恐れることはないのよ」
「王国に……守られてる……?」
 今まで敵として認識していた王国に守られているという現実は、少女にはあまり愉快なことではなかったかも知れない。
 そう思い、エリシアはすぐに言葉を付け足した。
「そう。子供たちも、あなたのご両親も、学校の友達たちも、そしてあなたも、みんな王国の国民なんだから」
 魔法使いだからと言って差別されるのはおかしい。リューナも他のすべての人と同じなのだと、エリシアは強調したかった。
 少女は安心したように一度大きく息を吐くと、そっとエリシアの身体を離し、何も言わずに二人の怪我を回復させた。
 ルシアは目覚めないが、元々起きていたリスターは顔を上げ、優しい声音で言った。
「リューナ、後からでいいが、パレンのことを教えて欲しい」
 傷も痛むだろうし、いきなり刺された恨みだって完全にゼロではないだろう。
 けれど、彼はそれらのことにはまるで触れず、少女に一切の敵意を見せずにそう言った。
 いくら成長したとしても、ルシアには無理だっただろう。エリシアは妹が気を失っていることに感謝した。
「わかりました。お父さんとお母さんを安心させてあげたいから……。家でお話します。それでいいですか?」
 礼儀正しくそう言ったリューナは、なるほど優しくて強い意志を持った瞳をしていた。
 リスターは深く頷いて、「ありがとう」と礼を言った。
 少女は申し訳なさそうに一度俯き、瞳に涙を滲ませたが、結局何も言わなかった。
 その背後で大きく安堵の息を吐いたエリシアに、リスターが片目を瞑って見せる。
 エリシアは恥ずかしそうに笑って頷いた。

←前のページへ 次のページへ→