■ Novels


歌うオルゴール
水原のGMで実際に行ったソード・ワールドRPGのリプレイ小説。プレイヤーは4人ともTRPG初体験で、案内役として加えたNPCのミラという少女が、本作品の主人公。なお、プレイ中は空気のような存在だった。
プレイの感想やプレイヤーについてはあとがきにて。

 結局セマトスさんの家ではディナーが出なかった。客人はもてなすけど、冒険者に対してはドライみたい。しょうがないので、『太陽亭』で夕食を食べながら作戦会議をすることになった。ちなみに私は柔らかいパンとクリームシチュー。葡萄ジュースに新鮮なサラダ(ドレッシングなし)。
「二週間しかないし、すぐにでも行きたい気持ちがあるが……」
 そう言いながら、リーダーが一枚の紙を置く。それはセマトスさんがくれた北の森の地図だった。
 森の東西の中央に北から南に川が流れていて、その川は南北の中央辺りから二つに分かれる。その西側の川沿いに道があって、セマトスさんの家を訪れた旅人さんも、この道を通ってパグワンに来たらしい。
 道はその中程から北西に分岐して、森の最西端の山に達する。そこには小屋があるらしいけど、誰が管理しているとかは、セマトスさんは知らないそうだ。
「この森の中を、なんの情報もなく洞窟を探すのは無理だね、無理無理」
 ギガンティアが羊肉とキノコのソテーを頬張りながら軽く手を振った。レンジャー技能のない私でも、地図を見て無理だと思った。案外、広い。
「情報収集をしてから行くのが常套手段だな」
 ウンババが言って、私を含む全員が頷いた。
 ということで、翌日メンバーはそれぞれバラバラになって情報収集に出かけた。私は『太陽亭』でお留守番。何故って、私には戦闘技能がないから。
 街の中なら安全とは思うけど、この依頼を受けたことで、誰かに狙われるような事態になっていないとも言い切れない。
「それにしても、せめて誰かについて行くとかした方が良かったんじゃないのか?」
 マスターが呆れたように首を振るのを、私はマスターの娘さん特製のプディングを食べながら見ていた。ちなみに店に入ったときに見た20歳くらいの美人の店員さんがマスターの娘さん。私が男だったら声をかけずにはいられないような綺麗な人だけど、そんなことをしたらマスターに殴られるかも知れない。女で良かった。
「私たち、見てわかる通りまだ新米の冒険者で、チームを組んでからも短いの」
「それは見てわかったが……それがどうした?」
「別に仲が悪いとかはないし、居心地も悪くないけど、でもたまには一人になりたいのよ。私も、みんなも」
 それは直接メンバーから聞いた話じゃなかったけど、少なくとも私はそうだった。ギガンティアはそれを平気で実践するし、ルーツ辺りも基本的には一人でいるのが好きそうだ。
「そういうのはわからないでもないがな」
 マスターは一定の理解は示しつつも、釈然としない面持ちだった。そしてこう付け加えた。
「ミラちゃん、もっと勉強するか、剣を覚えるか、魔法を覚えるか。何かした方がいい」
 私はそれには何も答えなかった。マスターもそれ以上何も言わなかった。
 言われなくてもわかっている。このままではいけないし、このままでいたいわけでもない。痛い思いはしたくないけど、戦闘技能を身につけた方が、結局は痛い思いをせずに済むかもしれない。
(精霊使いかな……。後方支援が一番よね……)
 そんなことを思いながら、私はプディングをスプーンですくった。

 昼過ぎ、情報を持ってメンバーが店に集結した。
 まずリーダーのドンファンが持ってきたのは洞窟に関するもの。森の中にある洞窟と聞いて、パグワンの人たちが真っ先に思い浮かべるのは、西の山肌にある炭坑だった。道の先にある小屋も、その炭坑の管理小屋らしく、今でも使っているというから、歌声とそれを関連付けるのは現実的ではない。
 それに、炭坑も数が10や20ではないらしく、全部調べるのはとても無理。そもそも掘ったのが最近ではないにしろ、ただの炭坑が『音楽の洞窟』なんて呼ばれるのもおかしいし、呼ばれていればもっと知っている人がいそうなものだ。
 次にルーツだけど、ルーツはもう一度セマトスさんの家に行って、旅人さんから聞いた情報を集めてきた。正確には、旅人さんに会おうとしたんだけど、残念ながらその旅人さんはもう一週間も前にパグワンを出てしまったらしい。
 ということで、好きな相手じゃないけど仕事だからと割り切ってセマトスさんから仕入れた情報は、その旅人さんは、比較的森に入ってすぐのところで歌声を聞いたというもの。
 これは有力な情報だった。洞窟の有無はともかく、これで歌声の発生源は森の北部に限定できる。もちろん、移動していたらお手上げだけど、まずはそういうワーストケースは排除する。
 ウンババは『音楽の洞窟』についての情報を持ってきた。武器屋の店主が知っていたらしい。さすがは長年冒険者を相手にしてきただけのことはある。
 それによると、森の中のどこかにある池の近くに洞窟があるという話を聞いたことがあるらしい。と言ってももう、15年くらい前だとか。セマトスさんじゃないけど、確かにそんな頃からある洞窟に人が住んでいて、それが突然今その歌声を聞かれるってのは無茶な話だ。
 ちなみに情報を得るためか否か、ウンババは武器屋でブーメランを買ってきた。これから行くのは木々の密集した森だったり、狭いかはわからないにしても洞窟だったりするのに、物好きな人。
 最後にギガンティアは、開口一番こんなことを言った。
「情報は大したことなかったけど、ここまで尾行された」
 それがあまりにも気楽に言われたから、私たちは一瞬聞き流してしまった。次に、新手の冗談かと思い、しかしこんな時に冗談を言う少女でもないと思い直して驚いた。
「尾行!?」
 私は思わず声を上げそうになって口を閉じた。つい目だけで振り返ったけど、ここは『太陽亭』の店の中。別に誰もいなかったし、何もなかった。
「殺気は? 何もせず、何もされずにここまで?」
 慎重なリーダーの質問にも、ギガンティアはあっけらかんと笑って答えた。
「素人だよ。こっちからなんの用か聞いてもよかったけど、みんながいる方が面倒じゃなくていいかと思って」
 面倒というのは、尾行した人物から聞いた情報を展開するギガンティアの手間か、それともその人物がギガンティアと私たちと、同じことを二回話す手間か。
 そうこうしていると、ドアのベルが鳴って誰かが店に入ってきた。金髪を肩の辺りで切り揃えて、白い長いスカートをはいた女性だ。背はやや高めで、色白の美人。マスターの娘さんもそうだけど、この街には美人が多いのだろうか。その人も20歳くらいで、私が彼女たちに唯一勝てるのは、若さだけだった。
「ああ、尾行してきた人だよ」
 一応声のトーンを落としてギガンティア。男性陣の誰かが口を開くより先に、その女性が言った。
「あの、お話ししたいことがあるのですが」
 憂いを帯びた眼差し。用件はともかく、すぐにギガンティアに話しかけずに後をつけたことには思うところがあったけど、その程度は話も聞かずに追い返す理由にはならない。
「どうぞ」
 リーダーが椅子を勧める。女性は静かに座ると、こう切り出した。
「そちらのグラスランナーの方が、森の洞窟に関する情報を集めているのを見て、それでお話ししたいことがあって来ました」
 女性がちらりとギガンティアを見たけれど、彼女は興味のない顔であくびをしていた。私はそんなギガンティアが、一応真面目に情報収集をしたいたということに少し感心した。
 女性はファティと名乗った。この街に住んでいて、19歳だそうだ。ファティにはマウラスという恋人がいて、これまでとても仲良くしていたが、二週間ほど前から急に冷たくなってしまったという。
「それで私、見たんです。彼が女性といるところを」
 声のトーンを落として、絶望的な表情でファティ。男性陣は色恋話に興味津々だったけど、私はこの話がどこで森の洞窟と繋がるのか、それを楽しみに聞いていた。
 ファティが言うには、そっけないマウラスを尾行すると、森への道の途中で彼は髪の長い女性と合流したと言う。そしてそのまま森に消えてしまったそうだ。
「声をかけたり、追いかけたりはしなかったのか?」
 ウンババが聞くと、ファティは首を横に振った。ただしそれは肯定の意味で。
「森に入っていくなんて、冒険者のあなたたちだからできる発想だわ。声をかけるにも距離があったし、それに女性の正体もわからないのに、危険じゃない?」
 それはもっともだ。さらに突っ込んで聞くと、ファティの言い分はこうだった。
 まずマウラスが自分に対して冷たくなってしまったのは、間違いなくあの女のせいである。そして、マウラスが浮気などするはずがないし、悪い女に騙されるはずもないから、つまりあの女は妖魔の類で、魔法か何かでマウラスをたぶらかしたか、言いなりにしているのだと。
「だから私は声をかけなかった。あの女が私やマウラスに危害を加えるかもしれないし、それなら今のまま専門家の人にお願いした方がいいと思って」
 ファティの熱弁を聞きながら、私たちは顔を見合わせた。どう考えても、歪んだフィルターがかかっているように思える。しかしそんなことをファティに言うのは、火に油を注ぐようなものだった。
「その、マウラスさんは森にはよく行くんですか?」
 困ったようにルーツが尋ねる。ファティは今度は首を縦に振った。
「ええ。マウラスは……彼は学者なんだけど、森に隠れ家を持っていて、よくそこで研究してるって。私は行ったことがないけど、きっと今もそこに」
「もう二週間帰ってないのか?」
「いいえ。時々戻ってくるけど、ほとんど口を聞いてくれないし……。私も怖くてあの女性のことは聞けなくて。ねえ、だから、調査して欲しいの。でも私は依頼とかできるお金はなくて……。だから、あなたたち森へ行くんでしょ? ついででいいの。もしマウラスを見かけたら、その女性を退治して連れて帰ってきてほしいの」
 退治って。完全にその女性が妖魔の扱いをされていることに、私は苦笑した。ルーツが「まずはあなたが病院に」と呟いた。少し同意。
「まあ、期待はせずに。一応、マウラスさんらしい人を見たら、善処はする」
 ドンファンが困ったようにそう言うと、ファティは二回頷いてから「お願いします」と言って立ち上がった。そしてふと思い出したようにこう付け加えた。
「そういえば、隠れ家のことだけど、前にマウラスが、森の中の丸太橋から、背の高いクスノキに向かって歩いた場所にあるって言ってたわ。ひょっとしたら、あなたたちの探してる洞窟と同じ場所かもしれないし、良かったら探してみて」
「丸太橋は一つしかないのか?」
「いいえ、いくつか。どれかはわからないけど……。でも、クスノキは行けばすぐにわかるわ。森の中からも見えるかは知らないけど、森の外からならすぐにわかるわ。すごく高いから」
 それだけ言うと、ファティは連絡先を残して店を出て行った。
 私たちはしばらくファティの出て行ったドアを見つめて、それから顔を見合わせて困惑気味に苦笑した。
「ま、まあ、なんだかよくわからない子だったけど、有力な情報を得たのは確かだ」
 ドンファンが前向きな解釈をしてから、地図を開いた。そしてそこに、「丸太橋からクスノキへ」と書き込む。それぞれ場所はわからないけど、具体的にどこから探していいのかわからなかった私たちには一つの指標になった。
「それから、さっきの話からすると、マウラスが変わったのが二週間前で、その原因はたぶんその女性。そしてその女性はマウラスと一緒に森にいる。となると……」
 ルーツがそこで言葉を区切って、後をウンババが繋げた。
「旅人が聞いた歌声。たぶんその女性で間違いないな」
「やっぱりセイレーンみたいな魔物で、そのマウラスさんも誘惑されたのかしら」
 元々セマトスさんの話で、「歌の発生源は人間ではない」という頭があったからそう言ってみたら、ルーツが嘲笑うように否定した。
「あれはどう見てもさっきの女の考え方が歪んでるだろう。女性は普通に人間で、マウラスが浮気してどっかから連れてきた。街には連れてこれないから、森で一緒に暮らしている。こうだな」
 確かに、元々は機械っていう話だったけど、歌の発生源が人型であるなら、それは見た目通り普通の人間である可能性が高い。だとしたら、セマトスさんの依頼はどうなるんだろう?
 私はふとそう思って口にした。
「セマトスさんの依頼って、『音楽の洞窟』探しじゃなくて、歌の発生源を探して持っていくのよね? それがどんなものであれ」
「まあ、人間でも、ってことになるのかな。隠れ家が洞窟じゃなかったら、マウラスと一緒の女性を探すのはまったく見当違いになる可能性もあるが」
「そっか。まだその女性が歌ってたって決まったわけじゃないもんね」
 私は妙に納得して一人で頷いた。ただ、この二つは繋がっていると思う。それは暗黙の同意で、だからリーダーも、この議論をこう締め括った。
「とにかく、まずは森の北の方で丸太橋を探そう。そこからクスノキの方に歩いて、後は池なり洞窟なり隠れ家なり女性なり、なんでも出てきたものに臨機応変に対応するということで」
 その案に、誰も異存はなかった。

←前のページへ 次のページへ→