■ Novels


歌うオルゴール
水原のGMで実際に行ったソード・ワールドRPGのリプレイ小説。プレイヤーは4人ともTRPG初体験で、案内役として加えたNPCのミラという少女が、本作品の主人公。なお、プレイ中は空気のような存在だった。
プレイの感想やプレイヤーについてはあとがきにて。

 アッシュという生物を、もちろん私は見たことがなかったけど、知識は持っていた。死体を焼いた灰で作ったアンデッドで、剣も魔法も効かない。必ずしも難敵というわけではなかったけど、アッシュに効果的な戦闘手段を持たない場合は、十分脅威となる怪物だった。
 そのアッシュが、マウラスの合図とともに地面から現れて形を取った。まるで砂でできたいびつな像みたい。
 マウラスを守るように二体。そしてマウラスはその後ろでメイジスタッフを取って構えた。古代語魔法の使い手──レベルはわからないけど、場合によっては私も痛い目を見るかもしれない。嫌だなぁ……。
 私は激しい戦闘になると予想した。仲間にこう言っては申し訳ないけど、ジャイアント・センティピードにあれほど苦戦したパーティーが、こんな冒険のクライマックスとも言える状況で立ちはだかった敵を、いわばボスを、簡単に片付けられるとは思えない。
 けれど、仲間たちは私のこの予想を、いい意味で裏切ってくれた。私は30秒も経たない内に、全員にエールの1杯くらいおごらなければと心底思った。
 まず熱血神官のドンファンが、怒りに任せた気合いの“ターン・アンデッド”で1体を無力化すると、彼の行動を待って放ったルーツの“エネルギー・ボルト”が、もう1体を一撃の内に葬り去った。
 その間にマウラスの“ウーンズ”がウンババに傷を負わせたけど、そんな魔法より、お返しと言わんばかりに斬りつけたウンババの攻撃の方が遥かに強力だった。
 一瞬の内に取り囲まれたマウラスは、もはや残った手段はこれしかないと、自分を中心に“スリープ・クラウド”を放った。万が一これで主力が眠るようなことになれば、形勢は一気に逆転する。
 けれど、怒り狂った戦士たちに、眠りの魔法はまるで効果を発揮しなかった。それどころか、マウラス自身がこの魔法に抵抗できず、崩れ落ちるように眠ってしまった。
 あまりにも呆気なくて、情けない幕切れ。
 私たちは床に倒れて一人眠っているマウラスを見つめて、しばらく言葉もなく立ち尽くした。

 それからどうしたかと言うと、まず私たちはマウラスをグルグル巻きにして縛り上げた。起きて暴れられると面倒なので、ルーツがさらに“スリープ・クラウド”を重ねがけした。
 ふと思い出したように、ギガンティアがミクに洞窟の中にあった音の鳴るボタンのことを聞いた。ミクは首を傾げてからこう答えた。
「ご主人様が押した時は、音は鳴っていませんでした。あのボタンはスイッチで、押しながら壁を押したら、壁が回転して向こう側に行けました」
 なるほど。押したまま壁を押すっていうのは考えなかった。音はやっぱり罠で、罠の解除の方法もあったらしい。
「壁の向こうには?」
「大きな空間がありました。他には別に何もありませんでした」
 ミクが嘘を言っているとは思えなかったし、それで私たちはあの壁の向こうの空間に対して興味を失った。いずれにせよ、マウラスを抱え、ミクを連れてまた水浸しになりながらあの場所まで戻る気力はなかった。
 代わりにドンファンが言った。
「ミク。こいつは悪いヤツだったんだ。だから、もうご主人様なんて呼ばなくていいぞ」
 ミクは困ったように表情をゆがめた。
「そうですか。でも、私は強要されて呼んでいたわけではありませんから。次は誰をご主人様と呼べばいいですか?」
「俺だな」
 即答したルーツを、私は後ろから蹴り飛ばした。にも関わらず、ミクが笑顔で「はい、ご主人様」なんて言うものだから、ルーツは地面に転がりながらにやけた笑みを浮かべていた。
 ミクの案内で、私たちはもう一つの出入り口から洞窟を出た。すっかり夜だった。
 夜の森を歩くような無謀なことはせずに朝を待って、私たちは道に戻った。その間にマウラスが目を覚ましたけど、ようやく観念したのか、無駄な抵抗はしなかった。
 北の街からパグワンへの馬車を捕まえて、私たちは街に戻った。
 セマトスさんの家はもちろん後回しにして、先に衛兵の詰め所に向かう。もちろん、マウラスのことをファティに知らせるつもりなんてなかったけど、実に運悪く、私たちはその現場をファティに見つかってしまった。ううん、きっとファティは私たちを待っていたのだ。
 向こうから走ってくるファティを見て、話す前からうんざりした。ファティは呼吸を整えてから、私たちの予想を裏切ることなく言い放った。
「皆さん、マウラスを連れてきてくれたことには感謝します。だけど、この扱いは何? その女とマウラスと、縛られるのが逆じゃない?」
 私はいつも通り黙っていた。チームの面々は面倒な説明をリーダーに委ね、仕方なくドンファンが事の顛末を語る。たとえそれが火に油を注ぐだけとわかっていても。
 案の定、ファティは烈火のごとく怒り出した。
「何をバカなこと言ってるの!? マウラスがそんなことするはずないじゃない! あなたたちまでその女にたぶらかされたのね! もういいわ。とにかくマウラスを渡して!」
 綺麗な顔を悪魔のようにゆがめて、マウラスにしがみつこうとする。そのファティをウンババが押さえつけて、いよいよファティは奇声を上げて暴れ出した。
「こうなったらしょうがない。ウンババはギガンティアと一緒にファティを家に。こいつは俺とルーツとミラで連れて行く」
 ドンファンがてきぱきと指示をする。私は何気なくマウラスを見て、彼が実に冷ややかな目でファティを見ているのに気が付いた。その瞳には一片の愛もなかった。
 なるほど。研究好きなダークプリーストのことだ。きっと媚薬か何かを使って、ファティを自分に惚れさせたんだ。ただファティが美人だという理由だけで。
 私たちは引きずられていくファティを見送ってから、詰め所で衛兵にマウラスを引き渡した。色々な面倒があるかと思ったけど、想像以上にすんなりいった。聞くと、元々マウラスには数年前に発生した男児失踪事件の嫌疑がかけられていたという。
 その子供がどうなったのかは、私は聞かなかった。洞窟に並んでいた本や、マウラスがミクにしていたことからして、残念だけど生きているとは思えなかった。
 一旦『太陽亭』に戻って、仲間を待つ。マスターが好奇心たっぷりの目でこっちを見ていたけど、話しかけては来なかった。こんな店の主人だから、もちろん冒険の話は好きに決まっている。だけど──だからこそ、自分からは決して首を突っ込まない。
 顛末は私たちから話す。ただし、それはすべて終わってから。
 しばらくするとウンババとギガンティアが戻ってきた。ドンファンが首尾を尋ね、ウンババが「上々」と答える。
 ファティの両親は元々マウラスに無関心で、必ずしも悪くも思ってなかったけど、決して良くも思ってなかった。この二週間はファティの様子がおかしく、それによってどちらかというと悪い方に気持ちが傾いていた。
 そこにこの事件が起きた。両親としては、娘の気持ちはともかく、ほっと一息というところだろう。
 この後ファティがどうするのかはわからないし、興味もなかった。それよりも今は、ミクをどうするかが先だった。
「セマトスに引き渡すのは反対」
 ルーツが宣言する。決して「ご主人様」と呼ばれる状況を手放したくないからではなく、元々セマトスに良い印象を持っていなかったから。
 けれど、依頼は依頼だし、趣味趣向はともかくとして、セマトスさんは悪い人ではない。結局ルーツをなだめ、私たちはミクをセマトスさんの家に連れていくことにした。
 もしも結果としてセマトスさんが、歌の発生源が機械でないなら興味がないと言ったら、その時はまた考えればいい。そう思っていたけれど、セマトスさんはミクを見て、その声と歌を聴いて彼女をいたく気に入ったらしく、満面の笑みでこう言った。
「いや、本当にありがとう。本当に嬉しいよ!」
「機械じゃなくて残念でしたね」
 ルーツが皮肉を言ったけど、今のセマトスさんにはまるで効果がなかった。
「いや、ミクの方が何倍もいいね。無機質な機械より、生身の人間の方が何倍素敵だろう」
 セマトスさんのその結論は、あまりにも当たり前すぎて私は思わず脱力してしまった。一周回ってスタート地点に戻ってきたような、そんな感じだった。

 とにかくこうして、私たちはパーティーを組んで初めての依頼を遂行した。物語のように格好良くはいかなかったけど、本を読むよりも何倍も、何十倍も面白かった。
 『太陽亭』で祝杯を挙げる。私も気分が高揚して、オレンジジュースで割ったカクテルを飲んだ。
 ドンファンとウンババが、機嫌良くマスターに冒険譚を語って聞かせている。ちょっと脚色が入っていたり、表現が大袈裟だったりするのはご愛敬。マスターも十分承知だろう。
 話し終えた後、マスターは私たちの労をねぎらってから、こんな言葉を残してカウンターに戻っていった。
「ところで、どうしてその洞窟は『音楽の洞窟』って呼ばれていたんだろうな」
 未解決のこの問いかけに、私たちがあまり興味を示さなかったのは、依頼を達成した高揚感と、元々音楽に対する関心の低さのせいだろう。
 しばらくああだこうだと推測を言い合っていたけれど、次第に話は誰が一番活躍したかに移っていた。
 ドンファンとルーツはアッシュを倒したことを誇らしげに語り、ウンババはジャイアント・タランチュラをほとんど一人で片付けた手柄を主張する。ギガンティアはそもそも自分がいなければ洞窟が見つかっていないと、当然自分が一番という口調で言って、議論は大いに盛り上がった。
 それを聞きながら、私は思った。この冒険で、一体私は何をしたのだろう。
 戦闘技能がないだけでなく、このインテリパーティーの中で、私だけが何かを知っているようなことも一つもなかった。
「私は役立たずだ」
 住んでいた街のマスターにも、この店のマスターにも懸念されていたこと。私は敢えて見ない振りをしてきたけど、本当にこのままでは居場所がなくなってしまう。報酬を5等分しろなんて、よくぞそんなことが言えたものだ。
 私が一人で落ち込んでいると、私の呟きを聞いていたのか、ドンファンが言った。
「いや、ミラは十分役に立ったぞ?」
「そうそう。ミラがあってのパーティーだな」
 ルーツが同意する。口調が白々しくて、どこまでが本気か全然わからない。
「私が、何の役に立ったって言うの?」
 酔った勢いで逆ギレ気味に聞くと、男たちが笑いながら言った。
「若い」
「可愛い」
「癒される」
 ああ……。
 私は思わずテーブルに突っ伏した。そんなの、別に私じゃなくてもいいじゃないか。
 これだから男は!
 私が怒りと情けなさと色々な感情がぐちゃぐちゃになって泣きそうになると、誰かがぽんと頭を叩いた。
「これから勉強して、ルーツの出番がなくなるくらい強くなるんだろ?」
 声はドンファン。顔を上げると、手を置いていたのはルーツだった。
「ミラは臆病だから、勉強するのはどうせ魔法だろ? 精霊語だな。ミラが“ヒーリング”を使えるようになれば、このパーティーはバランスが良くなる」
 私は顔が熱くなってきた。思わずルーツの手を振り払って、いつもの軽口を叩く。
「いいわ。あなたたち見てなさい。私が本気になったら、本当にもう、すごいんだから。ルーツなんて……もう……私の足下にも……」
 言い終わらない内に、私は再びテーブルに突っ伏した。ふわふわした頭の中に、だいぶ前に故郷のマスターに言われた言葉がよぎる。
『ミラさん、あんたは酒は飲まない方がいい』
 ああでも、仲間に囲まれて酔っぱらうのはなんて気持ちがいいんだろう。冒険が成功した後で飲むお酒は、なんて美味しいんだろう。
「今に見てろ……」
 そんな、声にもならない呟きが、自分の寝息でかき消されるのがわかった。
 頭上からはみんなの笑い声。きっと私のことを笑ってる。
 だけど、それはなんて幸せなんだろう。
Fin
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