■ Novels


歌うオルゴール
水原のGMで実際に行ったソード・ワールドRPGのリプレイ小説。プレイヤーは4人ともTRPG初体験で、案内役として加えたNPCのミラという少女が、本作品の主人公。なお、プレイ中は空気のような存在だった。
プレイの感想やプレイヤーについてはあとがきにて。

 パグワンに来てから3日目の朝は、澄み渡る快晴だった。陽射しは強いけど、時期的にそれほど暑くなくて、しかも行く場所が森なのでちょうど良い気温。
 体調も万全だった。いよいよ冒険らしい冒険を前に緊張して眠れないとか、期待や不安で眠れないとか、そんなことは全然なくて、すっきり快眠。この寝付きの良さは冒険者向きかも知れないと、野宿の度にルーツが神経質に辺りを気にしているのを見て思う。
 同室の少女も絶好調のようだった。もっともギガンティアの場合は、すぐに眠れるけど、私みたいにただ無防備に寝てるだけじゃなくて、周囲に気を張り巡らせている。伊達にシーフやレンジャーの技能は持っていない。もちろん、それは野宿の話で、宿で寝る場合はその限りじゃないけれど。
 一階でしっかりと朝食をとった後、私たちは乗合馬車の発着場に向かった。乗合馬車は1日一往復って言ったけど、正確にはそうではなくて、パグワンから北の街へ行く馬車が1台と、北の街からパグワンに来る馬車が1台の、計2台ある。
 森まで歩いて2日の行程。パグワンから北の街までは馬車でも一日近くかかり、従って夜までに街に着くために、出発は朝なのだ。
 パグワンと北の街との交流は盛んのようで、馬車には10人くらいの人が乗っていた。私たちは他の人より多く料金を払ってそれに乗り込む。冒険者だから高いわけではなくて、装備が重たいからだ。特に金属鎧を着て重たい剣を持ったウンババは、通常の3倍の料金を取られていた。
 街の中央の城を背中に、大通りからそのまま街の外に出る。そして途中休憩を取りながら、夕方前に森に着いた。もしも夏ならまだ明るいだろうし、逆に冬ならこの時点でもう夜だ。
 御者の人にそう言ったら、冬は本数が少なくなる上、まだ日も昇る前から出発するそうだ。とにかく、それだけ夜の森は危険ということだった。
 森の手前で休憩が入ったので、外から森を見てみた。確かに、地図の通り川が流れていた。道から川まではそれなりに距離があって──つまり道を走りながら丸太橋を探すのは無理だった。念のため、馬車の御者や乗り合わせた人たちに聞いてみたけど、橋を知っている人はいなかった。
 クスノキの方は、なるほど確かに森の北東に一本、背の高い木が見えた。森は広大だけど鬱蒼とした印象はなく、これなら丸太橋さえ見つかれば、クスノキに向かって歩くのはそれほど難儀じゃないかもしれない。
 短い休憩を終えると、いよいよ森の中に入った。さすがに暗くて、奥に行くにつれて鬱蒼としてくる。もちろんクスノキは見えなくなったけど、事前にギガンティアがセマトスさんにもらった地図に印を付けていて、なんとか場所は把握できそうだった。
 やがて木々の間から見える空が赤くなってきて、炭坑の管理小屋へ続く小道を通り過ぎた。そこからさらに北に走って、小道と出口の真ん中より出口に近い辺りで私たちは下ろしてもらった。
「さて、丸太橋はあるかな?」
 もう随分暗くなっていたから、私たちは松明を灯して川を目指した。とりあえず今日は川まで出て、そこで野宿する予定だった。
 低木をかき分け、周囲に警戒しながら歩くこと10分程度。少し前から聞こえていた水の流れる音は眼前に迫り──とうとう私たちは川に着いた。
 森の中を流れる小川は、十分野宿できるだけの川原に挟まれて、清流を湛えて流れていた。川幅は約10メートル。そしてその川の向こう岸からこちらの川辺に、太い丸太を2本、しっかりとロープで固定した橋がかかっていた。
「俺たちは運がいいようだ」
 低い声でドンファンがそう言ってから、私たちは声を上げて笑った。パンッとドンファンとウンババが手を打ち合わせた。

 パーティーを組んでから何度目かの野宿は、これまで同様、何事もなかった。人数が少ないので、見張りは一人で1時間。そうすると、みんな次の自分の番まで4時間寝られることになる。もちろん、それは私やギガンティアみたいにすぐに眠れる人の話で、ルーツなんかはいつも寝不足だった。
 ルーツ自身、魔法使いなのだから、自分に“スリープ・クラウド”をかけるという荒技もあるけど、いつ戦闘になるかわからないから、精神力は極力温存している。
 戦闘技能のない私ももちろん見張りの役に加わった。危険感知が苦手なのはルーツも同じだし、起こすだけなら私にもできる。動物なら近付いてくる時物音を立てるし、危険感知が必要になるのはむしろ相手が人間の場合だけど、幸いにもここでは人に襲われる心配をする必要はなさそうだった。
 朝、東の空から差し込む陽射しに光る水面を見ながら簡素な朝食をとった後、地図を広げて作戦会議をした。大体の行程はすでに打ち合わせ済みだったけど、こうして実際の森を見て変わる部分もある。
 例えば、洞窟を探索しながらクスノキを目指そうっていう話になっていたのは、規模を縮小することになった。クスノキが森の中からはほとんど見えないから、広範囲に探し回ると道を見失うというのがその理由。
 もちろん、ある程度の探索はするけど、基本的には寄り道はせずにクスノキを目指す。ただし、クスノキ自体が目的ではないから、マウラスの隠れ家らしきものや、洞窟があると言われている池、不自然な形跡や足跡があった場合は、クスノキよりもそっちを優先することになった。
 先頭にはレンジャー技能を持つウンババとギガンティアを立て、後方はリーダーのドンファンが受け持つ。戦闘技能のない私と、肉弾戦はからっきしなルーツが真ん中。これが私たちの標準的な隊列で、今回も例に漏れずにこの並びで進んだ。
 森の中は下生えや低木が少なくて、歩きやすくはあったけれど、木々の隙間をいくつもくぐり抜ける内に同じ場所をぐるぐる回っている錯覚に陥り、ついには地図のどの辺りを歩いているのかわからなくなった。
「ねえ、本当に私たちはクスノキに向かってるの?」
 先頭の二人を信じてないわけじゃなかったけど、自分が完全に方向を見失ったからそう聞いてみた。
 すると「大丈夫だよ」と振り向かずにギガンティアが答えた後、ウンババが「太陽が……」「影が……」「川の音が……」と大丈夫な理由を色々と説明してくれた。
 私は素直に感心した。同時に、レンジャーの技能を身につけるのもやっぱり訓練が必要で、きっとそれはどの技能でも同じで、従って精霊魔法を覚えようと思ってる私も、ちゃんと訓練しなくてはいけないんだと内心で溜め息をついた。
 冒険者になる前はそれこそ朝から晩まで勉強をして、しかもそれが面白かったけれど、こうして目標が達成された今、なんとなく努力するのは億劫に感じられた。経験だけで成長できないかと思ってたけど、現実はきっとそんなに甘くない。
「何を黄昏れてるんだ?」
 不意に隣からルーツが聞いてきた。顔にはいつもの何を考えてるのかよくわからない笑みが浮かんでいる。
「色々、乙女は悩みが深いのよ」
 適当に答えておいた。ルーツは16歳のうら若き乙女の「悩み」に興味を持ったようだけど、ドンファンが睨みを利かせたから口を閉じた。もっとも、聞いたところで私の悩みはルーツを満足させるようなものじゃなかったけれど。
 どれくらい歩いたか、時間の感覚もなくなってきた頃──ウンババが言うには4時間ほど歩いたらしい──、不意にギガンティアが足を止めて呟いた。
「水の匂いがする」
「水?」
 私たちが聞くより先に、ギガンティアは再び歩き始めた。しかも先ほどより速いペースで。
 水と言われて、私はすぐに川を思い浮かべた。けれど、クスノキの方向に地図上では川はなかった。道を間違えたのではないとしたら、その水の正体は?
「池だ!」
 木々が途切れて、目の前に大きな池が現れると、ウンババが驚くような、嬉しそうな声を上げた。そう、池!
 突如眼前に現れたその池は、一周すると2キロくらいだろうか。それなりに大きかった。きっと上空から見下ろしたら、森の中にぽっかりと穴が空いているのが見えるんだろうけど、生憎私たちみたいな低レベルのパーティーには、こうして地道に地上から攻める他になかった。
 池はほとんど綺麗な円形をしていた。水深がかなりあるようで、水は綺麗だけど底は見えない。池の端ぎりぎりまで樹が林立していて、池をグルッと回るのは困難だった。私たちは顔を見合わせて苦笑した。
「それでもまあ、洞窟は池の近くってのは有力な情報なんだし、回って探すしかないな」
 洞窟捜索が始まった。案の定、それは困難を極めた。
 茂みには棒を突き立て、普通なら突っ込んでいくのは有り得ない低木群の中にも分けて入り、日の光も差し込まない暗い場所も松明を灯して確認する。
 それでも飽きずに諦めずに探し続けたのは、今までの情報から、ここに洞窟があると確信できたから。そして、とうとうその洞窟は見つかった。
「これか……」
 茂みのそば、不自然にかけられた木々の枝葉を払いのけると、そこには半径1メートルほどの穴がぽっかりと空いていた。最初に見つけたのはウンババだったけど、そのウンババが渋い顔でこう言った。
「明らかに人の手で隠されてたけど、人が通った形跡がない」
「雨でも降ったんじゃない?」
 私はあまり考えずに言った。だけど、考えてみればここ数日雨なんて降ってなかったし、それに地面も濡れていなかった。
「マウラスと女性は全然別件で、この洞窟が隠されたのはもうずっと昔なのかもしれない」
「だけど、かけられた枝葉はそんなに古いものじゃない」
「じゃあ、かけた人が足跡を消したんじゃない? 技能のある人なら可能でしょ?」
「不可能だとは言わないが……」
 少しの間その謎について話し合い、結局はあまり重要な問題ではないと判断して、話は打ち切られた。何故って。この枝葉をかぶせるのは内側からじゃ無理だから、つまり中には誰もいないってこと。中に入った後、犯人が戻ってきたら警戒される恐れは十分にあったけど、そこまで恐れていては冒険者は勤まらない。
 私たちは目と意識を洞窟に向けた。
 ひとまずギガンティアが聞き耳をして、洞窟の中、特に真下に何かないか、誰かいないかを感知する。しばらくの静寂の後、ギガンティアが首をひねった。
「何もないと思うけど」
 私たちは頷いて、次に松明をロープの端に縛り付けて火を付けた。それをゆっくり洞窟の中に下ろしていく。
 穴はほとんど垂直で、広さもほとんど変化はなかった。やがて2メートルくらい下ろすとようやく底が見えて、目をこらすと奥に続いている道があるのがわかった。
「一応、当たりみたいだな。ただの穴だったらどうしようかと思った」
 近くの木にしっかりとロープを結びつけて、もう一端を洞窟の中に投げ下ろす。それを頼りに、まずギガンティアが洞窟の中に下りていった。
 身軽な動きで底に着くと、ギガンティアは先に下ろした松明を持って奥を照らした。
「どうだ?」
 ドンファンの声が反響する。
「奥に続いてるよ。少し下り。結構広いね。二人くらいは並んで歩けそう。でも、天井は少し低いかな」
 ギガンティアの返事を聞いて、次にウンババが下りる。レンジャー技能はあるけど、それを駆使するには明らかに重たい鎧をつけてるから、なかなか上手にはいかない。
 なんとか下まで辿り着くと、次にルーツが下りて、いよいよ私の番になった。緊張する。
 しっかりロープを握って、壁の凸凹に足をかける。って言っても、そんなものはほとんどなくて、大半が腕の力だけで下りるようなものだった。
「大丈夫だぞ。落ちても俺が受け止める」
 ルーツが笑いながら言う。絶対に無理! いくら私が綿毛のように軽いって言っても、着ている鎧はドンファンのそれとほとんど変わらない重さなのだ。
(先に鎧だけ下ろして、後から飛び降りてウンババにでも受け止めてもらった方が良かったかしら)
 私はちょっとそんなことを考えたけど、鎧を脱ぐのは案外時間がかかるし、金属鎧を着たウンババに受け止めてもらうのは痛そうだ。とにかく痛いのは嫌!
 結局半分くらい下りたところで足を踏み外して、ロープを握ったまま落ちた。もちろん、それくらいの高さなら何も問題はない。少し足が痺れたけど、挫いたり捻ったりはしなかった。
「女の子を真下から見上げる光景は、とても良かった」
 ルーツが神妙な顔で深く頷いた。私はズボンをはいてたけど、卑猥な目で見られたことが恥ずかしくて蹴りを入れておいた。
 最後にリーダーが下りてくる。上で一人でいる時に何かに襲われたらどうしようと思ってたけど、これまでだって森の中で何とも遭遇しなかったのだ。杞憂に終わった。
「ロープを残していくのは嫌だけど、こればかりはしょうがないな」
 ぶら下がったロープを見てドンファン。確かに、入り口を隠した人が戻ってきたらばればれだけど、それは枝葉を払いのけた時点で同じ。むしろ戻るためにこのロープは必要で、それを取られる方が怖かった。
「まあ、それはそれとして、先に行くか」
 私たちは頷き合ってから先を見た。
 生まれて初めての洞窟探索。道の先は真っ暗で何も見えなかったけど、不思議と恐怖は感じなかった。

←前のページへ 次のページへ→