■ Novels


五宝剣物語

2−5

 夕食時だったが、火の手が上がっていないのはせめてもの救いだったかも知れない。
 それでもバリャエンの街は今なお悲鳴と叫声に包まれ、争いの音が途絶えるどころか、むしろ強くなっていた。
 街路には無造作に死体が転がり、子供の泣き声が響いた。
 その横を魔法使いたちが駆け抜け、一心に走る。
 彼らは仲間のすべてを把握していたので、それ以外の人間に対して無差別な攻撃をしながら、街の北部に位置する城を目指していた。
 王国に統合される以前に使われていたものだが、今はこの街を治めるゲインという名の将軍の居城になっている。もちろん、兵士たちもそこに駐在し、いざという場合に備えていた。
 もっとも、彼らの言う「いざという場合」とは、海を渡って来るかも知れない外からの敵の話であって、まさか街の中で魔法使いたちの反乱に遭うとは思ってなかった。まさに寝耳に水である。
 数で言えば遥かに兵士を初めとする「普通の人間」の方が多かったが、怒りと個々の能力、そして団結力において魔法使いは強かった。
 彼らは城から混乱を鎮圧するために出動してきた兵士たちと、城外で激突した。
「くそぅ!」
 ゲインは部下からの報告を聞いて舌打ちをした。
 灯台下暗しとはよく言うが、まさか自分の統治する街の中に魔法使いがいるとは思ってもなかった。これは失態だ。
 ゲインは分厚い大剣を取ると、一度それを振り下ろした。
 ゴウゥと音を立てて、剣が軌跡を描く。がっしりとした体躯に合った、豪腕の持ち主だ。
 ゲインは一度舌なめずりすると、抜き身のままの獲物をがっしりと握って部屋を飛び出した。そして数人の腹心を伴って城門を潜り抜ける。
 初めて彼と出くわした魔法使いは、あまり能力のない男だった。
 彼は全力で魔法を放ったが、それはゲインに浅い傷を負わせただけだった。
「死ね、反逆者!」
 大声で叫んだゲインの剣に、男は真っ二つに切り裂かれて倒れた。
 ゲインは勇猛果敢に攻め立てた。それにより兵士らの士気が上がったのは確かだったが、形勢が有利になったかと言うとそうでもない。
 突然空から降り注いだ魔法に、ゲインは利き腕を焦がされた。
「ぬぅ!」
 熊をもひるませるような形相で睨み付けたが、ゲインの剣で彼を倒すのは、星を落とそうとするのと同じだ。
 魔法使いたちの団結力は、単に精神的なものだけでなく、攻撃の連係が整っていた。
 特別な訓練をしたわけではなく、魔法の特徴を熟知している者の動きだ。
 ゲインは真っ直ぐ前方から風を受け、ひるんだ隙に矢を受けた。
「ごふっ!」
 魔法使いたちの武器は魔法だけではない。例えば巨大な石を空から落としたり、砂埃を舞い上がらせて剣で斬りかかったりと多彩だ。
 真っ直ぐ迸った風の刃に、ゲインの両脚から血が噴き出した。
「お、おのれ!」
 空を仰ぐと、先ほどの魔法使いが手を掲げていた。そしてにやりと笑みを浮かべてその手を振り下ろす。
(躱せないかっ!)
 突如空中から現れた巨大な炎が、ゲインの頭上から降りてきた。
 ゲインは死を覚悟した。
 けれど、その炎はゲインに当たる直前に消え失せ、代わりに魔法使いが絶叫して大地に落ちた。重傷だが命に別状はないだろう。
「な、なんだ?」
 驚くゲインの前にふわりと舞い降りたのは、短い黒髪の少女だった。ゲインは一瞬、少年時代に読んだ物語の天使かと思った。
「お前は魔法使いかっ!?」
 聞くまでもない。彼女は空から降りてきたのだ。
「な、何故俺を助けた?」
 ゲインは複雑に顔をしかめて尋ねた。
 少女は彼に背を向けたまま答えた。
「無駄な血が流れるのを見たくないだけです。あなたは彼らを殺してはいけないけれど、彼らに殺される道理もない」
 剣士の身体を借りた亡国の王女は、軽く手を上げると切り結んでいた兵士と魔法使いを弾き飛ばした。
「お前、何故そいつらの味方をする!?」
 魔法使いの一人が怒鳴りつけた。その顔には明らかな戸惑いが見て取れたが、声には必要に応じては容赦しないと言う気迫があった。
 セフィンはまるで動じずに答えた。
「あなたたちこそ、何故こんな争いを起こすの?」
「魔法使いと言うだけで罪になるんだぞ? 黙って罰を受けろと言うのか!?」
「そうではありません。私は方法を考えてと言っているのです。これでは80年前の過ちを繰り返すだけでしょう!」
 セフィンはよく通る声でそう言うと、魔力を溜めていた魔法使いに眠りの魔法をかけた。即座に眠らせることができるような強い魔法ではないが、集中くらいは途切れるだろう。
「じゃあどうしろと言うんだ! 他にどんな方法がある!? 争う以外に、この王国の法律を覆すことができるのか!?」
「争っても確執が深まるだけで、最終的にあなたたちの求めるような国にはならない」
「なら魔法使いが治める国にすればいい! 俺たちは民を差別しない!」
 自信を持って言い放った誰かの言葉に、ゲインが顔をしかめたが、それ以上に不愉快そうにしたのは魔法王国の王女だった。
「今しているでしょうが!」
 セフィンはとうとう声を荒げて、キッと上空を見遣った。一人の青年が先ほどから魔力を溜め続けている。
 ヨキだ。
 急激に膨大な魔力が集まっていくのが、セフィンだけでなく、周囲のすべての者が理解した。
 空気が張り詰め、泣くように風が吹きすさぶ。
「城を、一撃で潰す気か……」
 ゲインが呻いた。
 もはや地上に争っている者はない。皆がヨキの動向を見守っている。地を這う者に、彼を攻撃する術など存在しないのだ。
 セフィンは空に浮かび上がると、珍しく怒った顔で青年を睨み付けた。
「あなたも、それだけの魔力を争うことにしか使えないの!?」
 ヨキは怒鳴り返した。
「そうさせているのは王国だ。今の法律だ。そしてあの戦い以後の慣習だ。この力はそれを覆すためにある! セフィン! どかないのなら、僕は君もまとめて吹き飛ばす!」
 その声は本気だった。しかし、セフィンは引くどころかむしろ怒ったように彼を睨んだ。
「あなたのしようとしていることは必ず失敗する。私はそれを知っている。だから、もうやめなさい!」
「うるさいっ!」
 ヨキが短気だったというわけではない。
 ただ、強い信念を持っており、その信念を否定されて自らが消えてしまいそうな不安に駆られたのだ。
 自己を確立するために、彼は両腕をセフィンと、そしてその下にある城に向かって突き出した。

←前のページへ 次のページへ→