■ Novels


青空に続く道

■主な登場人物
セディー : 盗賊の少年。仲違いして、仲間に追われていたところをアリシアに助けられる。
アリシア : ハイデルの騎士ギルスの娘。父を殺され、現在は森でひっそりと暮らしている。
ハイルーク : 美しい楽器を持つ旅の吟遊詩人。リッシュに頼まれ、アリシアを訪ねる。
リッシュ : アリシアの母親。自分たちを付け狙う盗賊ベイマルを追って旅をしている。
タクト : ハイデルに住む少年。独学で魔法を学ぼうとしていたが、ミーフィに教わることに。
ミーフィ : 魔法使いの少女。魔法を学べないタクトを不憫に思い、規則を破って魔法を教える。
ベイマル : 盗賊団の頭領だったが、アリシアの父に壊滅させられる。アリシアを付け狙う。
ハイス : 魔法王国ヴェルクの第一王子。“ジェリスの再来”と評される天才魔法使い。

セディー・グランナ

 こうして少女ローレは、オグレイド盗賊団に飼われることになった。
 盗賊の家の中で、ローレは衣服の着用を認められず、下着だけは与えられたが、胸を隠すことは許されなかった。それは単に鑑賞するためではなく、武器を隠し持てないようにするためだった。
 ローレは家の中を比較的自由に動くことができた。長いロープの一端を左足の太股に巻かれ、そのもう一端は家を支える柱の一つに巻き付けられた。要するにローレは、日中はそのロープの届く限りであれば外に出ることも許されたのだ。けれど、ロープは外にある厠にぎりぎり届く程度で、森の木々までは届かなかった。
 夜は毎日セディーが短いロープに付け換え、外側からしか鍵のかけられない小部屋に押し込まれた。逃げることはもちろん、皆が寝静まっている間に、武器を取って攻撃できないようにするためである。もちろん、その部屋に押し込まれるのは、男たちに飽きるまで犯されてからだった。
 ほとんどの場合、ローレのそばには常に誰かがいたが、時には一人になることもあった。けれど、ローレはどうしてもナイフを取ってロープを切ろうという気にはなれなかった。この深い森の中を、男たちに気付かれずに逃げられるとは、とても思えなかったからである。
 ローレは毎日食事を作らされ、洗い物もし、掃除もし、一日に何度も犯される生活をしていた。そしてその生活にはまったく終わりが見えず、逆に想像力を働かせると、男たちが飽きたら殺されるという終着点だけが目に映った。
 いっそ死んでしまいたいと思ったのは、一度や二度ではない。その度に男たちにわざと反抗してみたが、首をロープで絞められ、本当に殺されそうになると、とてつもなく恐ろしくなり、最後には生にしがみつくのである。理性はともかく、本能的には生きたいのだと痛感せずにはいられなかった。
 腕の傷が治る頃には、ローレは生き延びるためにどうすればよいか考え始めた。少なくとも、今のところローレの味方はいない。
 オグレイドは常にリーダーとして最善の行動を取るし、ワーラムは身体にしか興味を示さない。ザッギはいつもぎらぎらした目で睨み付けるし、パラクスは時々犯しに来るが、一切会話をしようとしなかった。
 唯一、一番歳が近く、且つローレを助けると言い出した男だけが、比較的話もできたし、扱いもましだった。とは言え、犯しに来る量は一番多かったし、優しい人間であるかと言われたら否定せざるを得ないのは確かだったが。
 それでも、ローレは生き延びるためにはセディーを懐柔する他に手はないと考えた。
 ある日、セディーと二人きりになり、いつものようにさんざん犯された後で、ローレは小声で尋ねた。
「セディー。あなたたちは、私を死ぬまでここに置いておくつもりなの? それとも、飽きたら殺すつもりなの?」
 セディーは服を着ながら少女を見た。ローレは悲しそうな目でセディーを見上げ、心から返事を望んでいるように思えた。
「考えたことがないな。俺たちは、あまり先のことは考えずに生きてるんだ」
「それじゃあ、私は困るわ。今殺されるか、その内殺されるか、二つに一つしかないなら、私は今殺された方がいい」
「そう言うけど、お前はいつだって、殺されそうになったら助けを乞うじゃないか」
「それは、いつか助けてもらえるかも知れないって期待してるからよ」
 毅然としてそう言い放ったローレを、セディーは表情を消して睨み付けた。そして、低い声で脅すように言う。
「ここには誰も来ることはできない。今までもそうだった。これからもそうだ。それに、万が一誰かがお前を助けに来たら……」
 セディーの言葉を遮って、ローレが言った。
「私は、あなたに期待してるの」
「何っ!?」
 これにはさすがのセディーも驚き、思わず裏返った声を上げた。ローレは少し恥ずかしそうに俯き、一度辺りをキョロキョロ見回してから、小声で続けた。
「あなただけが私に優しくしてくれる。あの日、助けてくれたのだって、怪我を治してくれたのだってあなただった。私は、いつかきっとあなたが助けてくれるんじゃないかって信じてるの」
「ローレ……」
 セディーは思わず息を飲んだ。そして大きく首を振り、今の話を誰かに聞かれたのではないかと青ざめて、辺りを注意深く窺った。幸いにも、周囲に物音はなく、出かけている四人は戻ってきてないようだった。
「バカなことを言うな。俺はお前のことなんかなんとも思っちゃいない。ただ、俺の代わりに雑用をして、時々犯せる女がいれば、別にお前である必要はないんだよ!」
 セディーはまるで自分に言い聞かせるようにそう言ったが、ローレは小さく微笑んだだけで、悲しそうな顔はしなかった。
「それでも、私はあなたを信じてるから。私、あなたにされるときだけ、違う気持ちになるの。あなたは、本当は優しい人よ、セディー。盗賊なんかでいる人じゃない」
「う、うるさい!」
 セディーは愛玩動物くらいにしか考えていなかった少女から、突然恋する瞳を投げかけられてたじろいだ。そして、これ以上ここにいると、とてつもなく重大な何かが起こりそうな気がして、慌てて外に飛び出した。

 確かにその日から、ローレのセディーを見る目は変わった。時々ひどく熱っぽく見つめる時もあったし、寝る前などは、小部屋で二人きりになったときにキスをすることもあった。
 皆が慰みにするときも、例えばワーラムが相手のときは、ローレはただじっと歯を食いしばっていたが、セディーの時はよく声を上げた。もっとも、他の者たちに気付かれ、怒らせて殺されないようにするためか、皆がいる時には他と同じようにしたが。
 セディーは知らず知らずの内に、二人きりのときにしかローレを犯さなくなったし、あまり脅すようなことも言わなくなった。そしてある日、ローレが体調を崩すと、セディーはローレのことが心配でたまらなくなり、付っきりで看病をした。
「セディー、お前、約束は忘れるなよ」
 ザッギが静かにそう言って、セディーは頷きはしたが、心はローレにしかなかった。
 小部屋の中で身体の汗を拭いてやっていると、不意にローレが顔を上げて弱々しく微笑んだ。
「ありがとう、セディー。やっぱりあなたは優しい人ね」
「そんなことは……ない。お前に倒れられると困るだけだ……」
 そっぽを向き、つっけんどんにそう言ったが、ローレはくすっと笑っただけだった。
「そうね。じゃあ、早く元気にならないとね……」
「ローレ……」
 セディーは何と言ってよいのかわからなくなり、そっと口付けをして部屋を出た。
 そのとき、セディーの胸の中には二つの感情が渦巻いていた。ローレを助け、二人で生きるという選択と、これまで通り盗賊としてオグレイドの下にいることである。
 後者の方が楽だし、金も自由になる。前者の方が遥かに大変だし、実際に一生懸命働いて生きるのが嫌だったから盗賊になったのだ。それに、今更かたぎに戻ったら、オグレイドたちに一生付け狙われることになるだろう。
 セディーは悩み、ローレの体調が良くなってからも悩み続ける毎日を送った。
 そんなセディーの悩みは、ある雨の日の午後、あっさりと断ち切られた。
 その日、セディーが家に戻ると、中からワーラムとザッギの話し声が聞こえた。
「おいおい、ザッギ。これはちょっとまずいんじゃねーのか?」
「ここを守るためだ」
「俺は知らねーからな。セディーが何を言っても」
 今、オグレイドとパラクスは街道の方に行っていて不在だった。セディーは恐る恐るドアを開け、そして思わず立ち尽くした。
「ロ、ローレ……」
 部屋の真ん中で、ローレがいつも通り、何も着けていない格好で倒れていた。その目は驚きに見開かれ、焦点は定まっていない。口からは大量の涎が流れて顔中を濡らし、腕は無造作に床に投げ出されていた。
 セディーの姿を見たザッギが、静かに言った。
「こいつが俺に歯向かった。命令に逆らったら殺していいという約束だったよな?」
 ザッギは、だいぶ前からセディーがローレを愛していることを知っていた。いや、ザッギだけでなく、他の三人も気付いており、セディーがいないときに、ザッギはオグレイドと二人で、どうするべきかを話し合っていた。
 そして、セディーが裏切る前に、ローレを始末しようと言う結論に達したのである。
 もちろん、セディーはそんなことは知らなかった。ただ、もう決して動かなくなってしまったローレを見て、半ば無意識の内に、懐からナイフを迸らせていた。
「セディー!」
 ザッギは驚愕して声を上げたが、それがザッギの最期の言葉になった。ナイフは正確にザッギの喉元に吸い込まれ、ドスッという音とともに、ザッギは床に崩れ落ちた。
「セディー、お前!」
 ワーラムは驚いたが、セディーが自分すら殺そうとしているのを知って、素早く身を翻し、剣を掴んだ。そしてセディーに斬りかかったが、数メートルという距離がセディーに味方した。もしも接近戦だったら、セディーは殺されていただろう。だが、セディーはワーラムの射程圏内にはなく、逆にワーラムはセディーの圏内にあったのだ。
 二人を屠ったセディーは、しばらくローレの前で泣いた。そして、はっとなって弾かれたように立ち上がると、金とナイフを持って外に飛び出した。最後に一度だけローレを振り返って……。
「すまない、ローレ」

 思えば、逃げ出す前に、オグレイドとパラクスも殺すべきだったと、セディーはすぐに後悔した。まだ事情を知らない二人は、当然セディーを警戒していなかっただろうから、セディーの腕でも殺すことができたはずである。
 けれど、セディーはひどく動揺していたので、ただ逃げ出すことしか考えつかなかった。オグレイドとパラクスはすぐに追いかけてきた。
 セディーはひたすら東へ駆け、山沿いに森を走った。夜は寝る他に手はなかったが、今にも闇の中から二人が現れそうな恐怖に、落ち着いて眠ることはできなかった。
 実際、二度ほど追いつかれ、命からがら逃げ延びていた。しかもそれは、アジトを出てから一週間も過ぎた時のことだった。
(あいつら、あくまで俺を殺す気だ)
 セディーはもはや精根尽き果て、今にも倒れそうな状態だった。二度目の交戦で負った傷、寝不足、足の疲れ、空腹。それらのすべてがセディーの肉体を蝕み、このままではオグレイドに追いつかれずとも、生命の火が消えるのは明白だった。
 そんな時、山を東に越えたところにある、魔法王国ヴェルクの北に広がる森の中で、セディーは一軒の小屋を見つけた。小屋の周りには小さな畑があり、どうやら何者かが暮らしているようである。小屋には水車があり、柵に囲まれた小さな芝の上には、痩せた牛が寝そべっていた。
 セディーはその小屋を見て、助かるかもしれないと言う希望を抱いた。けれど、すぐに迷いが生じる。
 自分があそこに飛び込めば、中にいる人を巻き込むことになる。それは、今まで他人のことなどまるで考えずに生きてきたセディーには信じられない発想だったが、ローレと過ごした数ヶ月と、ザッギの残虐な行いを見て、セディーはもはや盗賊になる気などすっかりなくなっていた。
 セディーが立ち尽くして迷っていると、中から人が出てきてセディーを見、ゆっくりと近付いてきた。まだ若い。濃い赤色の髪は肩より少し上で切りそろえられ、愛らしい顔立ちをしていたが胸はなく、服装も男のものを着けていた。セディーは男か女か判断に迷ったが、声を聞いて少女だと確信した。
「あなたは誰ですか? どこから来ました?」
 美しく澄んだ、綺麗な声だった。少女はセディーのそばに立つと、怪訝そうな顔をした。とは言え、完全にセディーを信じた様子はなく、一見隙だらけだが、もしも今ナイフを閃かせれば、自分はそれを投げる前に斬り殺されるだろうとわかった。
 もっとも、それは長年の習慣でそう考えただけで、セディーには見ず知らずの少女に、いきなりナイフを投げるつもりなどなかった。
 セディーはしばらく逡巡したが、たとえ人を巻き込んだとしても、自分が少しでも長く生きられることを考えようと思った。ローレが、どれだけ絶望の淵に立たされても、決して自ら生をあきらめようとしなかったように。
「俺はセディー。ハイデルで暮らしていたんだが……今は盗賊に追われている」
「何かしたんですか?」
 少女はかすかに緊張を解くと、同情する瞳でセディーを見下ろした。セディーは目の前の娘に嘘をつきたくなかったが、本当のことなどとても言えなかったのであきらめた。
「何もしてない人間を襲うのが盗賊だろう?」
 少女はしばらくじっとセディーを見つめた。セディーは心まで見透かされているような気がして、思わず視線を逸らせかけたが、それより先に少女が笑った。
「そうですね。私も、盗賊に父を殺されたんです。私たち、お友達になりましょう」
 そう言って、少女は無造作に左手を伸ばしてきた。一瞬左利きなのかと思ったが、そうではない。常に利き腕を空けているのだと、セディーはすぐに理解した。
 少女のあどけない笑顔に、セディーは思わず頬を赤らめた。と同時に、とてつもない罪悪感に襲われたが、真実は自分の口から伝える前に告げられた。
 そっと左手を差し出し、小さな手を握ると、少女はいきなりセディーの身体を引き寄せ、セディーは無様に大地に転がった。
「な、何を……」
 非難の声を上げようとしたが、すぐに口を噤んだ。先ほどまで自分が立っていたところから、少し離れた場所にナイフが刺さっていたのだ。少女は腰から剣を抜き放ち、真っ直ぐ森を見据えた。森から現れたのは、セディーの仲間の二人だった。
「どうしてその男を助けるのか、俺にはわからないが……」
 ゆっくり近付きながら、オグレイドは剣を抜いて身構えた。
「その男は俺たちを裏切ったんだ。素直に渡せば、お前の命は助けてやろう」
 少女はちらりとセディーを見下ろした。セディーは自分が盗賊の仲間で、しかも裏切り者だと知られてしまったことがひどく悲しく、何故か泣きたい気持ちになった。ローレと会ってから、失われていた感情が戻ったのかも知れない。
 少女はセディーには何も言わずに、再び二人を見据えると、先ほどとは打って変わった低い声で言った。
「あなたたちは、ベイマルという男を知っていますか?」
 いくら低くても少女の声は男のそれにはなりえない。二人は目の前の男物の服を着た者が少女だと知って、少し目を見開いた。もちろん、少女はあまりにも可愛い顔立ちをしていたから、たとえ男装していても少年と言うには少々無理があったが、先ほどセディーを助けたことと言い、剣を構える姿といい、その腕前はとても少女のそれではない。
 オグレイドは突然の質問に怪訝な顔をしたが、素直に答えた。
「名前は知っているが、面識はない」
 少女の言ったベイマルとは、かつてこの界隈で一番の勢力を持っていた盗賊団の頭領の名前だった。ところが、5年前にハイデルの騎士団に攻撃され、盗賊団は壊滅した。ベイマルは討たれたとも言われているし、行方不明だとも言われている。
 セディーもベイマルのことは知っていたので、先ほど少女が言った話と結びつけて、少し表情を曇らせた。恐らくこの少女は、ベイマルの一味に父親を殺されたのだろう。そして、オグレイドを見つめる鋭い瞳。間違いなく、盗賊という類の人間を恨んでいるのだ。
「そう。それなら、別に話すことはありません」
 少女は小さく息をつくと、強く大地を蹴った。オグレイドが横から薙がれた剣を受け止め、パラクスが上段から剣を振り下ろす。その剣を、少女は思い切り弾き飛ばすや否や、そのまま体当たりを食らわせた。パラクスはよろめいたが、倒れはしなかった。
 パラクスを助けるために、オグレイドはすぐに少女を斬り付けたが、少女はそれを軽いステップで躱した。恐ろしく軽い身のこなしだ。しかも、我流ではなく、正しく剣を学んだ者の動き。
 数合打ち合った後、少女の鋭い突きがオグレイドの胸に突き刺さった。
「ぐあっ!」
 オグレイドは呻き声を上げ、その場に崩れ落ちる。だが、ただでは死ななかった。倒れ際に、少女の服を掴んだのだ。
 一瞬身を拘束された少女に、パラクスの剣が閃く。
「ええいっ!」
 少女は大きな声を上げると、もがくようにしてその剣を躱した。
 服が裂け、わずかに血が飛び散る。裂けた服から、さらしの巻かれた胸が覗かせた。セディーはそういう状況ではないとは思いながらも、それを見ずにはいられなかった。
 少女の胸は小さくない。ただ、それをさらしで相当きつく押さえつけていた。要するに、そこまでして男装をする必要があるということだ。
 少女は自分の剣をあきらめると、オグレイドの剣を拾い上げてパラクスに向かっていった。パラクスはオグレイド盗賊団の中では最も腕が立ったが、それでも我流でかじったに過ぎない。どうやら剣の教育を受けていると思われる少女相手に劣勢を強いられ、ついにはその剣の錆になった。
 少女はパラクスを討つと、しばらく呼吸を整え、それから自分の剣を鞘に収めてセディーのところにやってきた。胸のさらしは解けてなかったが、左胸の辺りが血で赤く染まっていた。
「怪我、大丈夫か?」
 セディーは、自分が盗賊の一味だったと知られてしまったことで少女がどう思ったのか気にはなったが、まずそう言った。今更じたばたしてもしょうがない。
 少女は服をただすと、やはりにっこりと笑って答えた。
「ええ、ありがとう。出血の量ほど深く斬られてないわ。セディーは怪我はない?」
 セディーは、少女の話し方が先ほどよりずっと柔らかくなっているのに気が付いた。丁寧語も使っていなかったし、セディーのことも名前で呼んでいる。
「俺は……君が助けてくれたから。君は?」
「アリシアよ。あの小屋で、おばあさんと二人で暮らしているの」
 セディーは自分がいつまでも座っているのに気が付いて、慌てて立ち上がって服の砂を払った。それから恐る恐る少女を見て尋ねた。
「アリシアは……俺が盗賊の仲間だったって知っても、俺に笑いかけてくれるのか?」
 セディーは、自分が盗賊だと知られた時点で、きっと目の前の少女に殺されると思っていた。盗賊だと知られただけでなく、嘘をついたことまでバレてしまったのだから。
 けれどアリシアは、いたずらっぽく笑っただけで、まるで気にした様子は見せなかった。
「今は違うんでしょ? それとも、あいつらの仲間扱いして欲しいの?」
「ま、まさか!」
 セディーは思わず声を上げてから、小さく笑った。それはローレが殺されてから初めて、いや、ハイデルを出てから初めての、心からの微笑みだった。
「助けてくれてありがとう、アリシア」
「気にしないで。私たち、お友達になれそうね」
 そう言って、再び少女は左手を差し出した。今度はちゃんとした握手になった。
「家に来て。私よりずっとあなたの方がひどい怪我をしてるわ。手当てが終わったら、あれを片付けるの手伝ってね?」
 少女は二つの死体を軽く指差して、そう笑った。セディーは、この天使なのか悪魔なのかよくわからない少女に強く惹かれていた。
 同じように微笑むと、セディーは少女と一緒に小屋の方へ歩き出した。
『あなたは、本当は優しい人よ、セディー。盗賊なんかでいる人じゃない』
 いつか、助かるためについたローレの嘘は、確実にセディーの心に刻み込まれ、そして真実になったのだ。
 少女アリシアに誘われ、セディーは新しい生活の第一歩を踏み出した。

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