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王女の棺
ライトタッチのファンタジー小説。
俗に言う『墓荒らし』を生業とする男ホリスが、次に目をつけたのは、古代オプリンパス朝の王女アミュスタッドの墓。彼はその道の途中で、王女と同じ名を持つ少女と出会う……。

「きゃあぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 突然前方から、耳を劈くような女の悲鳴が聞こえてきた。声で人物を判別するのは難しいが、あの声の高さからすると、歳は恐らく17、8。気の強い、可愛い娘に違いない。
 まあ、多少本人の願望が入っていたりはするが……。
「きゃあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
 そう再び叫び声。一息吐いて、
「誰かぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っっ……」
 伸びる伸びる。すごい肺活量だ。けれど、今の声の途切れ方からすると、誰かに口を押さえられたようだ。となれば、女は人間の男に襲われている。
 絶好のシチュエーション。助けた男に女が惚れるタイプ。
 これは男としては願ってもない場面に出くわしたが、生憎俺は今回の旅の目的地を目の前にして、女を助けているほど心にゆとりがない。可哀想だが、女には諦めてもらおう。
「いやっ! 誰か……誰か助けてっ!!」
 少しずつ女の声が大きくなってきて、ついに俺はその現場に辿り着いた。亜麻色の髪を腰の辺りまで伸ばした可愛い、まあ俺好みの少女が、恐らくそこいらの盗賊団の下っ端と思われるちんぴら4人に絡まれている。
「ああっ! そこの人。助けてっ! お願いっ!」
 初めに俺に気が付いたのは、襲われている少女だった。俺と目が合うなり、もう神様でも前にしたかのように瞳を期待に輝かせた。
 俺はそれを見て、内心で舌打ちした。はっきり言って、可愛かろうが何だろうが、助ける気はさらさらない。出来れば気付いて欲しくなかったのだが……。
 まあいい。結果は同じことだ。
 俺は何事もなかったかのように、スタスタと5人の横を通り過ぎた。
「ああ、待って! 助けてよ。ちょ、ちょっとぉ!」
 絶対に助けてもらえるものだと信じていたのか、少女が俺の背中に向かって驚いたようにそう言った。
 無視無視。
「ねえってばぁ」
 無視無視。
 ここは静かに立ち去るべし。俺がそんなことを考えながら、やや俯きがちに歩いていたら、
「おい。ちょっと待て、こらぁ!」
 とうとうちんぴらまでもが、俺を呼び止めてきた。もてる男は辛い。こうなるともう残念だが、無視は出来ない。
 はぁ……。俺は諦めて渋々振り返った。
「あの、何ですか?」
「何ですか、じゃねえ。盗賊に会ったら、有り金をすべて置いていくのが礼儀ってもんだろ? なあ!」
 どんな礼儀だ?
「すいません。礼儀知らずなもんで……。それでは」
 俺は振り返り、再び歩き出した。
「おい、こらぁっ! ナメとんか!?」
 どうやら俺の素晴らしい論理展開が、男たちにはついてこれなかったらしい。ちんぴらどもは、貧弱な語彙で思いつく限りの脅し文句を並べながら、剣を抜いて俺を取り囲んだ。
 少女ははらはらしながら(たぶん)、俺の様子を伺っている。
 俺は溜め息混じりに剣を抜いた。刀身から光が溢れる。
「おおっ!」
 魔法の剣。お宝を目の前にして、盗賊たちの目の色が変わった。
 ところが、生憎これは魔法の剣でも何でもない。これから洞窟に入るので、街でただの鉄の剣に光の粉を塗ってもらっただけだ。
 しかも、実は俺はそれほど強くない。もちろん、魔法の剣か、ただの光の粉か、その程度の見分けもつかない奴らには絶対に負けないが、それでも某国の勇者たちのように、「光煌めく剣の一閃」だとか、「海を割らんばかりの鋭い振り」などといった類のもので倒せるほど強くない。
 だからこそ、ここで余計な体力を使いたくなかったのだが……。
 仕方ない。俺はまだ何か言おうとしていた盗賊どもの一人に、素早く切り込んでいった。

 案の定、手間を食った。たった4人を倒すのに約20分。どうやら俺は、物語の主役には向いてないらしい。しかもかなりの体力を消耗した。
 そんなわけで、地面に剣を突いてぜぇぜぇ言っている俺に、先程の少女がタッタと駆け寄り、嬉しそうにぺこりと頭を下げた。
「あの、助けてくれてありがとう!」
 俺は唖然となった。
「おい。どこをどう見ると、俺があんたを助けたんだ? 明らかに俺はあんたを見捨てようとしたぞ」
 俺の言葉に少女は少し首を傾げてから、もう一度にっこりと笑った。
「でも、結果的にはあなたのおかげで私は助かったから、だからお礼を言うの。いけない?」
「いや、いけなくはないが……」
 う〜む。何だか調子の狂う娘だ。
 とりあえずだいぶ呼吸も整ってきたので、俺は剣を鞘に納めて立ち上がった。もうこうなってしまっては、特別急ぐ必要はないのだが、いずれにしろ日の暮れるまでには目的地に辿り着きたい。
「まあ助かって良かったな。生憎俺にはあんたを送っている暇はないから、気を付けて家に帰れよ」
 俺はぶっきらぼうにそう言って、再び歩き始めた。すると、
「ねえ、あなたはどこへ行くの?」
 すぐに娘がそう言いながら、俺の隣に並んで歩き始めた。
「どこだっていいだろ。あんたには関係ない。さっさと帰りな」
「そうはいかないわ。助けてもらったんだもん。何か恩返しをしないと」
「そんなものはいい。気持ちだけで結構だ」
「ダメよ、ダメ。我が家の家訓なの」
「嘘付け!」
「ホントだもん」
「わかったよ」
 俺はやや早足気味になっていた足をピタリと止めて、娘の方を振り返った。
「よぅしわかった。じゃあキスしてくれ」
「えっ?」
「キスだ、キス。ほれほれ」
 俺はそう言いながら、娘の顔に頬を近付けて、わざとらしくその頬に指を当てた。
 年頃の娘だ。これでいい加減愛想尽かして帰るだろう。
 まあ何だか、男としてはこんな可愛い娘を追い返すのも惜しい気がするのだが、とりあえず今は目の前にあるロマンが優先。そう、男は常にスリルとロマンを求めて生きるものなのだ!
 などと、一人で勝手に心の中で頷いていると、いきなり生温かい柔らかいものが頬に押し付けられて、俺は驚いて娘を見た。
「おい!」
「何?」
 ゆっくりと唇を離しながら、娘がきょとんとして俺を見る。
「何、じゃねぇ。お前、自分が何したかわかってるのか?」
「何って? キスしろって言ったの、あなたよ」
「いや、しかしだなぁ」
「ああ、照れてるのね?」
 楽しそうに娘が言って、俺はがくりと肩を落とした。
「まあいいや。とりあえずありがとな。これでもうあんたからの恩は、十分……本当にじゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっぶん受け取ったから、もう帰っていいぞ」
 オレは溜め息混じりにそう言って、再び歩き始めた。
 日はすでに中天よりやや西に傾いてる。
 最後にリックレストとかいう名前の街を出たのが早朝だったから、そろそろ目的地に着くはずだ。
「うしっ。気を取り直して頑張るぞ!」
 俺は気合いを入れて、一度固く拳を握った。
「うん! 頑張って!」
「おう」
 俺は力一杯頷いてから、違和感を覚えて慌てて背後を省みた。すると、
「きゃっ!」
 先程の娘が、まだ俺の背中にぴったりとくっついていて、驚いたように少し後ろに飛び退いた。
「……って、どうしてあんたがそこにいるんだ!?」
「ど、どうしてって……」
 体勢を立て直して娘が言う。
「だって私、まだ恩返ししてないから」
「キスしただろ!? あれでもう十分だって」
「何言ってるの? 私は命を助けてもらったのよ? 私の命の重みは、たった一度のキスでまかなえるようなものだって言うの?」
「ああ、そうだ。俺にとっちゃ、あんたの命もさっきの盗賊の命も同じだ。もういいから帰ってくれ」
「まあまあ、そう言わずに」
 娘が笑う。俺は何故だかカチンとなって、思わず声を荒立てて言った。
「いい加減にしろ!」
 娘が驚いて目を丸くする。
「はっきり言って迷惑なんだよ。ガキのお遊びじゃねぇんだ。邪魔なんだよ。邪魔!」
 自分でも驚くほど大きな声でそう言った。
 娘はしばらく呆然と俺の顔を見つめていたが、やがて、突然大粒の涙をポロポロと零して、それを隠すように慌てて首を傾けた。
「ご、ごめん……なさい……」
 今にも消え入りそうな涙声。どうやら冗談ではないらしい。震える肩と、時折すする鼻がそれを物語っている。
「あっ、いや……」
 一体俺は、何をそんなにムキになっていたのだろう。
 俺はたじたじになって言葉を詰まらせた。まさかこの娘が泣くとは思わなかった。
「本当にごめんなさい……」
 娘がそっと顔を上げて、赤く腫れた目で俺を見た。胸を締め付けられるような想いがした。
「いや、悪かった」
 自然と言葉が口をついた。
「わかった。わかったからもう泣かないでくれ」
 それでも娘は、しばらく何も言わずに俺の顔を見つめていた。まだ心配しているようだ。
 どうやら本当に、俺に頷かせるためにした泣き真似などではないらしい。
 根は素直ないい子なのかもしれない。俺は怒鳴ったことを少しだけ後悔した。
「ああ、わかったからもう泣くな」
「……ついてってもいい?」
 上目遣いに娘。
「……ああ」
 俺は渋々頷いた。すると、
「ホント!? わぁ。ありがとう!」
 娘は嬉しそうに笑顔を見せて、ぺこりと俺に頭を下げた。
 ……まあ、いいか。
 その笑顔を見て、俺は溜め息を吐いた。
 邪魔なのは本当だったが、どこか悪い気がしないのもまた事実だった。
「ねぇ、それでこれからどこに行くの? パリスの泉? イェルダンの丘?」
「??」
 俺は首を傾げた。娘の言う泉も丘も、聞いたことがなかった。
「いや、生憎そんな場所じゃねぇ」
「じゃあどこ?」
 興味津々に娘。きっぱりと俺は言った。
「墓だ」
「墓?」
 やにわに顔を曇らせて、娘が聞き返した。恐らく、もっとロマンチックな場所を期待していたのだろう。
 俺は何だか優越感を感じて、得意げに頷いた。
「そう、墓だ。古代オプリンパス朝の王女アミュスタッドの墓」
「お墓なんて行ってどうするの?」
「決まってるだろ? もちろん、宝探しだよ。た・か・ら」

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