俺はスキップを踏みながら前を行く王女を、怒りながら呼びかけた。
「なぁに?」
本人、全然気にしていない微笑み。
俺はこれは今後の不幸の前兆かと、深く溜め息を吐いた。
「あのなぁ、お前も少し持ってくれ」
そう言った俺の背負い袋には、王女の墓にあった宝が詰まっていた。王女曰く、
「元々自分のものなのだから、持っていってもバチは当たらない」
あまりの正論に俺は唖然となったが、問題はそれからだ。
「私は提供者だから、それを運ぶのは当然その恩恵にあずかる者の仕事であり、自分は感謝こそされ、決してそのような荷を背負う者にあらず」
だそうだ。
「や〜よ」
「そう言わずにだなぁ……」
俺は苦笑しながら空を見上げた。
燦々と光を投げかける太陽。もう昼だ。
あれから俺たちは宝を持って墓を出た。俺の予想通り、森の中はすでに真っ暗で、木々の合間から月が見えた。
とりあえず夜の森を歩くのは危険だということで、俺たちはそこで一晩明かすことにした。それからまあ色々あって(聞くな)、起きたらすっかり昼だったというわけだ。
「ねえ、ホリス」
不意に王女が振り返り、タッタと俺の許にやってきた。
「そんなことより、昨夜の約束覚えてる?」
昨夜の約束とは、俺の仕事のことだ。アミュスタッドは、まあ当然と言えば当然なのだが、俺に危険な仕事から足を洗って欲しいらしい。正直、俺にはこれしか能がないからかなり困るのだが、まあこれだけの金があれば、何か新しい技能を身につけるのも悪くないと思い、王女の頼みを承諾した。
「もちろんだ」
俺が言うと、王女は特別表情を変えずにこう言った。
「うん。それでね、私は何をしようかと思って……。何かできることない?」
「別に何もしなくても十分食っていけるぞ」
「わかってないなぁ!」
王女は大袈裟に首を左右に振った後、楽しそうに俺を見上げた。
「私は何かしたいの。何かない?」
「そうだなぁ……」
俺は少し考えてから、我名案閃きたりと、ポンと一つ手を打った。
「そうだ、アミュスタッド。お前、楽器を習って詩人になれ」
「詩人?」
俺は大きく頷いた。
「そう、詩人だ。お前は色んな物語を知ってそうだからな」
王女は慌てて両手を振った。
「そ、そんな。私、物語なんて全然知らないわ」
俺は笑いながら答える。
「わかってないな。アミュスタッドの生きてきた16年間は、今の俺たちにとってはすべて遥か昔の物語なんだよ。アミュスタッドは声もいいし、それに肺活量もあるから、絶対に詩人に向いている」
「肺活量?」
怪訝そうに王女が俺を見る。
「そう、肺活……あははははははははっ!」
俺は初めてアミュスタッドと出会ったときのことを思い出して、思わず大声で笑ってしまった。
「ちょ、ちょっと! 何が可笑しいの!? 教えてよ」
「い、いや、何でもない……ははははははっ!」
「ど、どこが何でもないのよ! いいから教えなさいって!」
王女が俺に食ってかかる。
「そうだなぁ。よしっ。荷物を3分の1持ってくれたら教えてやる」
「ええっ!」
非難の目で俺を見上げる王女。俺は意地悪く言ってやった。
「嫌なら別にいいんだぜ。まあしょうがねぇな。嫌なら」
「ぶぅ」
アミュスタッドは頬を膨らまして、いきなり俺のすねを蹴り飛ばした。
「い、痛えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「ふんだ!」
拗ねたように唇を尖らせて軽快に駆けていく少女。俺はそんなアミュスタッドの背中を眺めながら、今までに一度も感じたことのなかった確かな幸せを噛みしめていた。
数千年前の王女との生活。それは恐らく、すごく不思議で、けれどもすごく平凡で、そしてとても幸せな、そんな生活になるだろう。
俺はヤンクロット王に心から感謝した。
「アミュスタッドを生かしてくれてありがとな……。必ず俺が幸せにしてみせるから……もし俺なんかで良ければ、ずっと見守っていてくれ……」
穏やかな風が流れていった。
「ちょっとぉ」
遠くから、アミュスタッドの声がした。
見ると、ずっと先で立ち止まって俺に手を振っている。
「何してるの? 普通女の子が怒って駆け出したら、男の子はすぐに追いかけるものでしょ〜!」
「ぶっ!」
俺はあまりのばかばかしさに、思わず吹き出してしまった。
「ああ、わかったわかった」
そう言って、俺は笑いながら駆け出した。
新しい幸せに向かって……。
風に王女の髪がなびいた。
どこまでも透き通った、確かに純粋な笑顔だった。
Fin
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