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リアス、雨中の争乱
降り続く雨。リアスのスラムに壊滅的な被害をもたらした雨に、ついに人々は立ち上がる。敵は自分たちに市民権を与えないリアス七家の貴族。そんな貴族の少女セリシスと、彼女を愛するスラムの子供たちを描く。

エピローグ

 今教会にいるのは、サルゼとヒューミス、イェラトとクリス、そしてセリシスの5人だけだった。後の者は逃げられたのか、それとも戦死したのか一切わからない。
 そして、セリシスとヒューミスを助けたフォリムの姿もなかった。
「さてと……」
 初めに口を開いたのはサルゼだった。
「とりあえず、終わったな。すべて」
「…………」
 誰も、何も答えなかった。簡単に口に出来るようなことが何一つなかったから。
「セリシス」
 呼びかけられて、貴族の少女は子供たちのリーダーを見た。
「何?」
「今の心境は?」
 サルゼらしくない、子供っぽい言い方だった。もし本気で言っていたら、それはあまりにもセリシスにとって酷だったからだろう。
 セリシスは何だか安心して、寂しそうな笑みを浮かべた。
「私は、バカだったなって……思ってる」
「違う! セリシスはバカじゃない!」
「ううん。違うの」
 自分をかばうように言ったイェラトを制して、セリシスは続けた。
「私、何も知らなかった。スラムの人たちがどれだけ私たちを恨んでいたのか。どれだけ苦しんでいたのかを……」
「セリシス……」
「みんな、私の前ではいつも笑顔だったから。いつも楽しそうに話してくれて、遊んで、笑い合って……。だから私、スラムの現状をそんなに深刻に考えてなかった。考えてなかったんだなって、今思った」
「……僕たちは」
 傷が痛むのか、ヒューミスが苦しそうに口を挟んだ。
「僕たちはいつでも苦しかったよ。でも、セリシスの前だと、そんな苦しみも忘れられた。僕たちはセリシスと一緒にいる時間が何よりも大切で、そして幸せだった」
 イェラトとクリスが大きく頷く。
 セリシスは小さく「ありがとう」と呟いてから、話を続けた。
「だから……みんながそうやって、本当に私を好きになってくれたから、だから私気付かなかった。私、みんなに甘えてた。本当はもっと多くのことができたかもしれない。でも、みんなに自分が貴族だって言うのが怖かったし、街でスラムのみんなをかばう度胸もなかった……。結局私は、ただの臆病者だった」
「セリシス。もう……」
「わかってる」
 少しだけ強い口調で、セリシスはヒューミスを遮った。
「もう遅いってわかってる。だから、後悔はしてるけど、落ち込んではいない」
「セリシス……」
 少年が呟いて、彼女は元気に顔を上げた。
「私、臆病者だけど、後ろ向きに考えるの苦手だから……。だから、これからはもっと勇気を出して生きようと思うの」
「……うん」
 サルゼが、感慨深げに頷いた。
 セリシスは小さく微笑んだ。

 戦いは、結局スラム側の敗北に終わった。
 ザスキスたちは皆死に絶え、一部の者がスラムへ逃げ帰った。
 スラムは今、敗者たちであふれ、皆一様に旅の支度をしていた。
 未練はあったが、もはやここに住み続けることは不可能だった。

「これからどうする? セリシス」
 ヒューミスに尋ねられて、セリシスは迷わず答えた。
「私、旅に出ようと思うの」
「そう……」
「もう街には戻れないし、それに、一度世界を見てみたい。色んなところを回って、色んな人たちを見て、もっと色んな立場からものが見れるようになりたい」
「じゃあ、そのさ……」
 ためらいがちにイェラトが口を開いて、セリシスを見た。
「何?」
「その、俺たちもついていっていい? 俺たちも、もうここには居れないから、出来ればセリシスと一緒に旅がしたい」
 きっとどんな理由があれ、セリシスを騙したことを後ろめたく感じているのだろう。
 セリシスは彼の不安を吹き飛ばすように、嬉しそうに頷いた。
「もちろんよ」
 そしていつもの笑顔で笑いかける。
「私、きっと外に出たら何もできないわ。ずっとちやほやされて育ってきたから。だからむしろ私からついてきてって頼みたいくらいよ」
「そう。よかった」
 イェラトとヒューミスが手を取り合って喜んでいた。それを見ながら、クリスが嬉しそうに微笑んでいる。
「サルゼも来てくれるよね?」
 当然のようにセリシスがそう尋ねたが、サルゼはそんなセリシスの予想に反して首を振った。
「えっ?」
「ごめんね、セリシス。俺は、まだここにいなくちゃいけないんだ」
「ど、どうして?」
「ほら、まだ帰ってきてない奴らもいるし」
「それなら一緒に待とう。それからみんな揃って旅に出よ?」
 セリシスは懇願するようにそう言ったが、サルゼは静かに首を振った。
「じきに街の兵士たちがここにも来る。セリシスたちは少しでも早くここを出た方がいい」
 そこまで言ってから、サルゼはにっこりとセリシスに笑いかけた。
「大丈夫。何もこれで最後ってわけじゃないんだ。きっと、またみんな揃ってどこかで会えるよ」
「……うん」
 セリシスは、瞳いっぱいに涙を浮かべて、力強く頷いた。
 そして二人はがっちりと握手を交わした。

 よく晴れた日の朝、彼らは荷物を整えてスラムを出た。
 振り返ると、入り口のところでサルゼが手を振っていた。
 セリシスは一度だけ大きく手を振り返すと、もうそれっきり振り返らなかった。
 ついこの間までの雨が嘘のように、澄み渡った青空が遥か高みに広がっていた。
 隣ではヒューミスとイェラトがまるでピクニックにでも行くかのような軽快なステップを踏み、お姉さん役のクリスが彼らを穏やかに眺めている。
 セリシスは新鮮な空気を胸いっぱい吸い込んで、そんな三人に話しかけた。
「さてと。まずどこに行こうか?」
「そうだね……」
 二人の少年が少し考えてから、
「セイラス!」
 と、口を揃えて言った。
「ふふ。雪が見たいのね?」
「うん!」
 元気よく答えたヒューミスを見ながら、セリシスはふと思い出して言った。
「あ、でも今北に行くのは危険だから、とりあえずメイゼリスの方にしましょう」
 今北方では戦火が燃え上がっている。セイラスに行くのなど自殺行為に等しい。
 戦いのことを思い、少し瞳を陰らせたセリシスに、クリスが話を変えるように尋ねた。
「メイゼリスはどんなところなんですか?」
「確かこの国一番の、すんごい大きな街だって聞いたけど」
 少し自慢げにイェラトが言って、セリシスはにっこりと微笑んだ。
「私もそう聞いてるわ。でも、私も行ったことがないから、楽しみね」
 セリシスの答えに、子供たちが楽しそうにああだこうだと想像を膨らませている。
 それはいつもスラムで見ていた光景だった。
 大好きな子供たちの笑顔と笑い声。
 セリシスは嬉しくなって、彼らと同じようにはしゃいだ声を上げた。
「じゃあ、とりあえずマグダレイナに出て、それからメイゼリスに行きましょう」
「うん!」
 穏やかな風が吹いていた。
 鬱陶しい雨の季節が終わりを告げて、大地に生命の輝く季節が息吹く。
 重く暗い過去を背負った四人の足取りは軽く、笑顔は燦々と日差しを投げかける太陽に負けないくらいに眩しく輝いていた。
「楽しい旅になるといいね」
 セリシスが明るく微笑んだ。
Fin
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