私は叫んだ。昔は他人と違うことが密かに嬉しかったものだけど、ここ数年、だんだんそれが鬱陶しくなってきた。
他人と同じでいたい……それだけじゃない。
見たくないものまで見えてしまうこと。見えてしまうのに、それがほとんど他人のためにならないこと。
「私はこんな【能力】欲しくないし、もう貴方とも話したくない!」
けれど、私がどれだけ怒りをぶつけても、彼はただ高圧的に笑うばかり。
どれだけあがいても、私がこの【能力】を手放すことが出来ないことを、彼は誰よりもよく知っているから。
まったく、嫌な奴。
『そろそろ諦めたらどうなんだ、お前は……』
まるで子供をあやすような口調に、少しだけ諦めがブレンドされている。
『自分を嫌いになってはいけない』
もちろん、彼はそんなことを本気で言ってはいない。
ただの嫌みだ。
「私は絶対に諦めないわよ。こんな【能力】とも、貴方みたいな人とも、必ずいつか決別してやるんだから!」
なんて、虚勢に過ぎない。心のどこかで諦めている自分に気が付く。
彼は言った。
『お前たちは、いつだって善いことの数は数えずに、悪いことばかりを心の中に書き留める。まったく、下等な生き物だ』
それは正しいことだけど、正しいことを言われる方が腹が立つときもあるもので……。
「人間だからしょうがないじゃない! 私は、貴方たちみたいな、わけのわかんない存在とは違うの!」
思わず怒鳴りつける。
しかし彼には、そんな私の怒りさえ、赤子がむずかったのと同じ程度のことでしかなく、やれやれと首を振ると哀れむような瞳を向けた。
『困った娘だ』
「大きなお世話よ!」
始終怒りっぱなしの私に、彼は突然穏やかな微笑みを浮かべてこう言った。
『もう少し自分を信じてみたらどうなんだ? お前のその【能力】、結構他人のためになっているものだぞ』
まるで、父親のように温かい言葉。ちょっとだけ拍子抜けして、
「そ、そうかな……」
なんて言う私は、人におだてられやすいタイプの人間なんだろう。
彼はそんな私を見て、呆れたような素振りを見せた。
『とにかく、その【能力】がある以上、お前はお前であると同時に、私でもある。嫌われてはかなわんからな』
「私は自分は好きだけど、貴方は嫌いよ」
『口の減らない奴だ』
「どっちがよ!」
『まあよい』
突然話を打ち切るように、ピシャリと彼が言い放った。
『今日お前に会いに来たのは、何もお前と口喧嘩をするためではない』
「えっ?」
いきなり真面目な口調でそう言われて、私は思わず声を上げる。
彼が口喧嘩をする以外のためにここに来ることなんてあったのかと思ったが、口に出すのはやめておいた。
一応私が聞く気になったのを確認して、厳かに彼が言った。
『これからしばらく、お前に見ていて欲しい娘がいる』
「私に見ていて欲しい女の子?」
『そうだ。私と対を為す者が、その娘に目を付けてな。お前に護ってもらいたい』
「私が……護る?」
『そうだ』
そんなの無理だと言おうとして、やっぱりその言葉は喉の奥へと飲み込んだ。
ついさっき、自分を信じろと言われたばかりだ。
「わ、わかった。で、誰なの?」
彼の言いなりになるのは癪だったが、もしもこの【能力】を他の誰かのために使えるのなら……。
私のそんな想いが顔に出ていたのだろうか。彼は満足げに頷いて、優しくその名を私に告げた。
「えっ……?」
途端に硬直する私。
『では頼んだぞ……』
そう言って、彼は固まったままの私の前からスッと姿を消した。
「あっ、ちょっと!」
慌てて呼び止めるも返事はなく、私は何もないその空間──夢の中に、一人きりで立っていた。
いつだってそう。彼は言いたいことを言って、さっさと消えてしまう。
「ん、もうっ!」
相変わらず一方的な彼の行動に、私は悔しがって地団駄を踏んだ。
でも、今回のはいつもとは少し理由が違う。
不安、心配……。
もう少し詳しく話を聞きたかったというのが本音。
けれど、もはやその願いも叶わず、次の瞬間、私は真っ白な光に包まれていた。
不安を纏った朝が訪れた。
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