■ Novels


歌うオルゴール
水原のGMで実際に行ったソード・ワールドRPGのリプレイ小説。プレイヤーは4人ともTRPG初体験で、案内役として加えたNPCのミラという少女が、本作品の主人公。なお、プレイ中は空気のような存在だった。
プレイの感想やプレイヤーについてはあとがきにて。

 私はミラ、16歳。アレクラストのごく標準的な、どこにでもいる普通の女の子。
 ──なんてことはきっとないし、私もそんなことは望んじゃいない。
 暑苦しい革の鎧を着込んで、舗装もろくにされてない、踏み固められただけの道を歩いている。周りは見通しのいい草原。人の往来もそれなりにあるとは言え、いつ魔物に襲われるかわからない大自然。
 そんな状況を嬉々として楽しんでいる。それだけで、私は冒険者としての素質があるのではないか。ううん、きっとある。あるに決まってる。
 冒険者!
 この響きに憧れてから5年。国立の図書館に入り浸って、たまに自分で本を買ったり、とにかくたくさん勉強して、世界の仕組みも覚えて、外の危険──特に魔物のことなんかも勉強して、満を持して私は冒険の世界に飛び込んだ。
 飛び込もうとした。飛び込もうとして、冒険者の集まる酒場に行ってみたら、その酒臭さと男むささにびっくりして、正直引いた。そんなこと、本には書いてなかった!
 女の人も少なくなかったけど、腕っ節の強そうな女性だったり、パーティーを仕切ってそうな年期の入ったおばちゃんだったり、私みたいなか弱い若い女の子なんてどこにもいやしない。
 でも、私は考えた。誰だって最初からベテランだったわけじゃない。今みんなが着ている傷だらけの鎧だって、最初は私が着ている新品の鎧と同じだったはずだ。
 そうだ。私は後ろ手にドアを閉めて、堂々と店の中に入った。
 店でたむろする冒険者たちが、好奇の目で私を見る。口笛を吹く人もいる。でも、私は安心した。軽蔑したり、子供だと嘲るように見る人はいない。
 冒険者は一般的にはならず者の集まりだと言われている。だから、それはとても後ろ向きな仲間意識かもしれないけど、これから冒険者になろうという人間を追い出すようなことはしない。うん。本で得た知識通り!
「お嬢ちゃんは、この街の人?」
 カウンターに座った私に、マスターが話しかけてきた。昔冒険者だったのか、顔に3箇所も切り傷のある強面だけど、声音は穏やかだった。
「ええ。私、冒険者になりたいの」
「何故? 込み入った事情は話さなくてもいいが、甘い世界じゃない。お嬢ちゃん──名前は?」
「ミラ」
「じゃあ、ミラさんの事情によっては協力もするし、考え方によっちゃ止めもする」
 優しい人だと思った。大丈夫、私は冷静だ。ちゃんと客観的に物事を見れている。
「冒険者に対する憧れ、じゃあダメ? もちろん、危険も知ってるつもりよ? 私、冒険者になるために5年も勉強したの。戦うことはできないけど、知識で役に立てたらって思うわ」
 マスターは探るような目で私を見た。
「親は?」
「幸い、反対はしてないわ。本当よ? 賛成もしてなかったけどね。あんまり興味がないみたい。男の子が欲しかったそうよ。私は長女だけど、可愛がられてるのは弟たちだけ。私は学校にも行かせてもらえなかったし……まあでも、自由にやらせてもらったわ。高望みしなければ何でも得られた。今ここにいるのも、つまりそういうことよ」
 マスターは鼻で笑った。ただそれは嘲りではなくて、私の受け答えが面白かったんだと思う。自惚れじゃなくて、雰囲気でそうだとわかった。
「面白い子だ。俺は気に入った。だけど、さて、剣も魔法も使えない新米のミラさんを、受け入れてくれるパーティーはあるかな? あんまり男ばかりのところはやめておけ。そういう知識も、本には書いてあったか?」
 私は肩をすくめた。
「ええ。男はみんなオオカミだって。忠告ありがとう。早速探してみる。マスターのお墨付きなら、パーティーにも入りやすいんでしょ?」
「まあ、否定はしないが……」
 マスターは言い淀んだ。意味はすぐにわかった。
 私はこっちから選別するように、辺りを一瞥した。屈強そうなパーティー──もちろんそこに入れたらきっと一番素敵な経験ができると思うけど、本当に私なんて一撃で、一瞬であの世行きかも知れない。向こうも願い下げだと思うし、敢えて声はかけない。
 妥当そうなのが、おばちゃん率いる中堅パーティー。女性同士ならわかってくれるかも、と思って話しかけたら、あっさり断られた。パーティーの男たちは好意の目を向けてくれたけど、「分け前が減る」の一言で却下された。
「ミラちゃん、しばらく報酬は要らないってことなら考えるけど」
 そう言われて、私から断った。本当はそれでも良かったけど、上下関係ができると後々面倒だ。大丈夫。私は冷静だ。焦って重大な決断をしたりしていない。
 結局、他に3つのパーティーに話しかけたけど、それぞれ「足手まとい」「学者は足りている」「人間の女は取らない主義」という理由で断られた。
 カウンターに戻った私に、マスターは無表情で「残念だったな」と声をかけてくれた。だけど、私も凹んじゃいなかった。これから苦楽をともにしようって仲間を、私だってそう簡単に決めようとは思っていない。
 家に帰るつもりはなかったから、その日はその店に泊まった。お金は家からたくさん持ってきたけど、それでも減っていく。早く冒険者になって冒険をしてお金を稼がないと。
 パーティーを組めない日が3日も続くと、さすがに焦り始めた。焦り始めた自分を冷静に分析できた。
 それまでに断られた数は10回。それでも、前向きな性格が幸いしたのか、私はとうとうある冒険者のパーティーに入ることができた。それが今のパーティー。
 このパーティーを選んだのが良かったのか悪かったのかは、まだわからない。それはこれから、結果としてわかることだと思う。
 ただ、街を出てから10日、少し早まったかなと思わないでもない。風にそよぐ草の音を聞きながら、私は顔を上げた。
 パーティーのリーダーはドンファンっていう名前の男性で、34歳。マイリーの司祭で戦士でもあるんだけど、見るからに腕っ節が弱そう。手にしてる獲物──シミターは、私でも持てるんじゃないかってくらい軽そうで、不安を煽る。熱血な性格は嫌いじゃなかったけど、年齢相応の落ち着きも欲しいかも。リーダーなんだし。
 ルーツは26歳の男性で、商人の生まれらしい。古代語魔法の勉強もしていて、指に光るメイジリングは頼もしそうだけど、時々私に見せるマッドな微笑みが不安をかき立てる。エロい人かエロくない人かと聞かれたらきっとエロい人なんだろうけど、何かそういう次元とはもっと別の、私が読んだどんな本にも書いてないことを考えていそう。
 金属鎧を着込んで先頭を歩く男性は、ウンババ。本名なのか偽名なのか疑わしいものだけど、貴族の生まれだっていうから、本名かも知れない。貴族にはよくわからない人が多いから。ちょっと淡泊だけど冷静だし、パーティーでは一番まともかなと思う。23歳で歳は私に近い方だけど、残念ながら貴族の人と庶民の私じゃ、微妙に話の感性が合わない。
 ここまでは男ばかり。もちろん、男しかいないわけじゃない。男しかいないパーティーには入らないってのは、マスターの忠告もあってそう決めていた。
 最後の一人が女の子。女の子って言っても、年齢は私より上で19歳。小さな子供に見えるのは、彼女がグラスランナーだから。名前はロサ・ギガンティア。白薔薇を意味するらしいけど、さすがの私の知識も花の名前まではカバーしていない。へんてこな名前だけど、グラスランナーを人間の尺度で測ろうってのがそもそも間違い。
 この子──って言っていいのか……まあいいや。この子がまた、自由奔放のいかにもグラスランナーらしい一面と、私と同じセージのスキルを持つにふさわしい、冷静な論理展開をする一面があって、まったくつかみ所がない。同性なので他の面々よりは好感を持ってるけれど、種族の壁の厚さを感じずにはいられない。
 そんな5人パーティー。
 ここまで色んな不安を並べてみたけど、私が早まったかもと思った理由はそんなんじゃない。
 最大の不安は、全員が装備している武器防具が新品なこと!
 もちろん、私も新品のソフト・レザーで、他の人のことは言えない。それはわかってるけど、私は非戦闘要員。向かい来る魔物を物語のようにバッサバッサと切り倒し、強力な魔法で粉微塵にする戦闘員が、果たして実戦経験ゼロで大丈夫か。不安に思うなと言うのが無理だ。
 でも、それはそれ。基本的にはパーティーなんだし、信頼してる。私が選んだパーティーだし、私を選んでくれたパーティー。パーティーはお互いが生命を預けている、その信頼関係なくしてあり得ないと、本にも書いてあった。だから、私はみんなを信頼する。
「みんな、信頼してるわよ!」
 大きく頷いてそう言うと、ドンファンは唖然とし、ウンババは憮然となり、ルーツは首を傾げて、ギガンティアは快活に笑った。
「ミラって、変な子だね」
 解りやすそうでその実最も解りにくいグラスランナーが何を言うか。
 私は何も言わなかった。きっと、変な人からは一般人が変な人に見えるっていう原理だろう。そうに違いない。

 長く続いた道の先に、ようやく街が見えてきた時、私も他のみんなも随分口数が少なくなっていた。別にケンカしたわけじゃない。疲れていた。特に私は疲れた上、足まで痛くて、でも弱音は吐きたくなくて我慢していたら、とうとうマメが潰れて血が出てきて、ドンファンに怒られながら魔法で癒してもらう始末。痛みは引いても、精神的なダメージは大きかった。足手まといにはなりたくない。
 その街はパグワンっていう名前の街。偶然通りがかったわけじゃなくて、前の宿場で確認した上でここまで来ているから間違いない。
 街の特徴も聞いた通り。
 街壁なんて大層なものはないけど、周囲は2メートルくらいの土手で囲われていて、土手の外側には深さ1メートルくらいの堀がある。水は入ってないみたい。もし戦争になったら、確かに役には立ちそうだけど、所詮は2メートルの土手。街門なんてものはなく、人が出入りする箇所は土手が切れている。しかもその部分には堀はなく、ここを強行突破されたらどうにもならないんじゃないかと思う。
 道を真っ直ぐ歩いていくと、その堀のない部分を通って、土手の切れ目から街の中に入ることができる。入り口に立っていた2人の衛兵に目的を告げて入れてもらう。目的っていうのはもちろん冒険だけど、無差別殺人をしに来た人だって、本当のことを言うはずがない。拍子抜けするほどあっさり中に入れて、なんともぬるい街だなぁと思った。
 外から続いた道は、そのまま街の中では大通りになる。ほぼ正方形の街は、北門から南門へと続く通りと、西門から東門へと続く通りによって大きく4つに分断され、中央に小さな城がある。
 長旅に曜日の感覚がなくなっていたけど、今日は祝日らしい。通りには人があふれ、活気づいていた。時間は昼。私のお腹が鳴るのと、ドンファンが「とりあえず飯にしよう」と言ってみんなが頷いたのはほとんど同時だった。
 通りにはそれこそいくらでも店がある。ドンファンが「汚い店ほど美味い」理論に従ってかただの趣味かは知らないけど、敢えて一本裏にあるような店を探し始めたので、それをやんわりと却下して、結局「キッチンCHIYODA」という小綺麗な料理屋に入った。
 メニューを開くと、真っ先に100ガメルくらいのステーキのディナーコースが目に飛び込んできて驚いた。でもよく見たら、10ガメルくらいでオムライスが食べれたから、パーティーのほとんどがそれにした。オムライスには大きめのお肉が入っていてなかなか美味しかった。
 外に出ると、今度は宿。冒険者の店も通り沿いにすぐに見つかって、じっくり探しても良かったけど、私たちは疲れていたので近場で決めることにした。
 キッチンCHIYODAから歩いて数分、『太陽亭』と書かれたちょっと雰囲気のいい店と、恐らく店名ではなくて「冒険者の店」とだけ無骨に書かれた店の2つが見つかった。どうせドンファンは後者を選択するだろうから、あらかじめやんわりと拒否する台詞を考えていたら、意外にもリーダーは前者を選択した。彼なりの基準があったのか、ただの気まぐれか。
 まあとにかく、私としては結果オーライ。ベルがカランカランと鳴るドアを開けて、私たちは店の中に入った。
「いらっしゃいませ!」
 威勢のいい声は、声とあまり似つかわしくない20歳くらいの美人の店員さんから。冒険者の店の例に漏れず、一階が酒場で二階が宿になってるようだけど、中途半端な時間ということもあってか、店内には冒険者のパーティーが数組いるだけだった。
 食事はしてきたから、真っ直ぐカウンターに行って宿泊したい旨を告げると、マスターが滞在期間を聞いてきた。つまり、どこかへ行く途中なのか、残金乏しく冒険の一つでもしていくのか、それともここを拠点にしてしばらく活動するのか、ということである。
 ちなみに私たちは、新米の寄せ集めパーティーだけど、一応それなりに旅の目的はあった。目的と言っても、例えば私なんかは冒険自体を楽しみたいだけで、冒険者として旅が出来ればそれで満足。商人のルーツも主目的は宝探しみたいだから、別に行き先はどこでもいい。
 一番はドンファンの父親探し。失踪した父親を探すために旅に出たらしいけど、聞けばそれはもう随分と昔のことらしい。誰も口にしないけど、みんなきっとその父親はもう生きていないか、あるいは二度とドンファンの前には現れない気がしている。
 それでも、無目的な旅よりはいい。そういうわけで──まあ年齢的なものもあるけど、ドンファンがリーダーを務めている。
 だから、この街にも長居する気はなかった。と言って、素通りするほど先を急ぐあてもない。従って「少し滞在する」が正解。
「とりあえず一泊。仕事がないようならすぐに出るけど、仕事があれば少し稼いでいきたいね」
「仕事はあるが」
 マスターが手元の紙をピラピラめくりながら言った。カウンターの向こう側だから内容は見えないけど、紙をめくる音からして数件。ただ、私たちみたいな新米が受けられる仕事かどうかは別問題。
「まずは休みたいかな。3人と2人で二部屋取りたい」
 念のため確認したら、私とギガンティアで一部屋だった。助かる。野宿はもちろん、大部屋一室しか取れない時なんかも5人で同じ場所で休むけど、年頃の女の子としては避けられるものならそれは避けたい。別にパーティーの誰かに襲われる危険なんかは感じてないけど、純粋に恥ずかしいのだ。
 その点、ギガンティアは気楽なもので、それはグラスランナーだからか、グラスランナー同士でも恥ずかしくないのか、彼女個人の性格の問題なのか、人間勢が意識していないからなのか、興味深い。その内聞いてみよう。
 部屋に入ると真っ先に鎧を脱いだ。秋も深まってきてむしろ涼しい季節とはいえ、厚手のシャツの上から通気性の悪い革の鎧を着込んでいたら暑くないわけがない。しかも重い。
 文字通り肩の荷が下りて、私は軽くなった肩をグルグル回した。服から汗と獣皮の匂いがして、すぐにでも湯浴みをしたい思いに駆られたけど、一階で男性陣と待ち合わせているからそうはいかない。
 同室の少女はどうしているかと思って見ると、とっくに身軽になった上、私にすら内緒にするようにこっそり部屋から出て行こうとしていた。こら!
「白薔薇さん、どこ行くの?」
「トイレ」
「そんな大金を持って? 私が盗むとでも?」
「本当はカジノ」
 やれやれ。別に止めはしなかった。奔放気ままがグラスランナーの種族の性分。個性で多少緩和されても、本質というのは変えようがない。
「儲かったらおごってね」
 私はそう言って、すんなりとその背中を見送った。
 一旦ブーツも脱いでパンパンに張ったふくらはぎを揉んでいると、廊下からギガンティアとリーダーの声が聞こえてきた。どうやら見つかったらしい。でも、結局は一人で行かせることになるだろう。エルフは森を愛し、ドワーフは大地を愛し、グラスランナーは自由を愛する。それを誰に変えられようか。
 そう、本に書いてあった。
 私は足の指をほぐしてから再びブーツを履いて、階下に降りるべく一度膝を叩いて立ち上がった。

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