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湖の街の王女様2 怨望の死闘
6年前、魔法使いの刺客に襲われてから、王女シティアは彼を殺すことだけを考えて生きてきた。そんなシティアのもとに、マグダレイナの剣術大会で出会った青年フラウスから手紙が届く。──『王女の恨む魔法使いガルティスの情報をお教えします』。手紙を読んだシティアは、積年の恨みを晴らすべく、魔法使いの少女ユウィルを伴ってウィサンの街を後にする。

 翌日、シティアの不安は現実となった。
 太陽が西に傾き、じきにエルクレンツの街壁が見えて来る辺りで、馬に乗った10人ほどの集団に取り囲まれたのだ。シティアはユウィルと背中合わせになり、油断なくレイピアを抜いた。
「噂のオーリの一派かしら?」
 不敵な笑みを浮かべながら問いかけると、グループのリーダーと思しき、金髪の青年が答えた。
「それを知っているなら話が早い。お前たち、かなりの金を持っているな。そのレイピアはそこいらの安物とは造りが違うし、そっちのお嬢ちゃんはいかにも高価そうな凝力石をしている。全部置いていけば、命は助けてやるよ」
 ユウィルは一度、凝力石の填まった腕輪を見下ろした。その凝力石は、初めてタクトと会った時にもらったもので、後日加工して腕輪にした。何よりも大切な宝物であり、もちろん誰にも譲る気はなかった。
 何か反論しようとしたが、ぎゅっと拳を握っただけで何も言わなかった。言いたいことは、シティアが三倍にして言ってくれる。
 期待通り、シティアは青年の誘いに応じはしなかった。
「あんたたちこそ、大人しく退けば怪我をせずに済むわよ? 人数が多いからって、相手の実力もわからないようじゃ、大したことないわね」
「なんだと?」
 押し殺したように言ったのは、青年ではなかった。殺気立った一人が馬を真っ直ぐ二人の方へ走らせると、シティアは逃げるどころか、むしろ馬に向かって地面を蹴った。
 もしもその馬が遠くから駆けてきたのならそれは無謀だったが、走り始めたばかりなら止まっているのと変わりない。
 シティアは馬の首の付け根に、正確に剣を突き立てた。馬は苦しそうにいななくと大きく首を上げ、バランスを崩した男が横向きに落ちてくる。
 その首筋を、シティアの剣が貫いた。男が手綱を引いてから、ものの5秒の出来事だった。
「こ、こいつ……」
 男たちは一斉に殺気立ったが、すぐにシティアを攻撃することはできなかった。先ほどの出来事で馬たちが驚き、その制御が利かなくなったのである。
 シティアはユウィルを伴い、馬の間をすり抜けた。息を弾ませながら、ユウィルが言った。
「シティア様! もしあたしが慢心したら、きっと叱ってくれますよね?」
「は?」
 ユウィルの発言があまりにも突拍子もなかったので、シティアは思わず唖然となった。けれど、呑気なやり取りをしていられる状況ではなかった。
「叱ってくれますか?」
「わ、わかったわよ。叱る、思い切り引っ叩いてあげるわ!」
「ありがとう、シティア様。なら、あれを使います」
 シティアには何のことだかさっぱりわからなかったが、とにかく馬を下りて向かってきた男の相手が先だった。
 振り下ろされた剣を受け止め、もう一人の剣を弾き飛ばす。胴ががら空きになったが、シティアはそれ以上の攻撃はせずに、次の相手に向かって行った。
 自分で殺す必要はないのだ。自分の仕事はあくまで時間稼ぎであり、ユウィルの魔法の邪魔さえさせなければ、後はユウィルが遥かに効率よく倒してくれる。
 まったく無傷のまま10秒ほど時間を稼ぐと、ユウィルが声を上げた。
「どいてください、シティア様!」
 シティアが伏せると同時に、眩しく輝く光の帯が男たちを飲み込み、血しぶきが雨のように降り注いだ。
 ユウィルが使ったのは、いつか湖から化け物が現れた時に使った魔法だった。シティアはその光景を見ていないが、タクトから聞いた話では、魔法研究所の人間がどれだけ魔法を使ってもびくともしなかった化け物を、一撃で仕留められる破壊力だと言う。
 実際、その魔法は一度に4人の男の息の根を止め、さらに2人に重傷を負わせて、盗賊たちはあからさまに戦意を喪失していた。すぐにシティアは残りの男にとどめを刺そうとしたが、まだ一人だけ馬上にいた青年が大声を上げてそれを止めた。
「待て! 今シティアと呼ばれていたな。ウィサンのシティア王女か!?」
 シティアは何を言われても攻撃の手を休めるつもりはなかったが、その一言にはさすがに立ち止まらずにはいられなかった。
「あなたは、何者なの?」
 驚いて尋ねたが、青年はそれには答えなかった。ただ、妙に納得した顔付きになって、重ねて尋ねた。
「やはりそうか……。それで、お前はここに何しに来たんだ? 俺たちを潰しに来たのか?」
「必要なら。ガルティスって魔法使いを知らない? あんたたちの仲間にいないかしら」
 わずかな期待を込めて聞くと、青年は皮肉っぽく笑った。
「ああ、あの役立たずか。いると知っていて来たんじゃないのか?」
「さあ。随分の使い手だって聞くわ。役立たずじゃないでしょう」
 シティアは青年と同じように皮肉めいた笑みを浮かべてそう言った。
 けれど内心では、とうとう敵の居場所を突き止めた喜びに浸っていた。やはりガルティスはオーリの下にいるのだ。
 青年はシティアの言葉に、軽く手綱を引きながら答えた。
「お前がまだ生きているという時点で、役立たずだと思わないか?」
「え……?」
「だけど、今はそれで良かったと思っている。まさかそんな美人になるとは思わなかった。肌の傷はともかくとして、お前を抱けたらさぞ楽しいだろうな」
 青年は笑いながらそう言うと、馬の腹を蹴り、駆けて行ってしまった。まだ無傷だった二人もそれに続く。
「あ、待ちなさい!」
 シティアはすぐに追いかけようとしたが、馬が相手では分が悪い。振り向き、傷を負わせた二人に聞こうとしたが、二人ともすでに絶命していた。
 シティアは険しい表情で立ち尽くしたまま呟いた。
「あの男、私のことを知りつくしていた……」
「シティア様?」
 不安そうに見上げるユウィルの声にはっとなって、シティアはすぐに安心させるように微笑んだ。
「なんでもない。馬が手に入ったわ。楽な旅になりそうね」
 シティアは一番毛ヅヤの良い一頭に跨ると、自分の前にユウィルを乗せた。そしてゆっくりと馬を歩かせる。
 ユウィルは、シティアが先ほどのことを聞いてくるかと思ったが、何も聞かれないので自分から言うべきか迷っていた。けれど、シティアは青年の言葉を考えているようだったから、今は言うのをやめた。
「ユウィルは、さっきのあの男の残した言葉、どういう意味だと思う?」
 落ち着いた声でシティアが尋ねた。ユウィルは少し考えてから、恥ずかしそうに視線を落として答えた。
「あの、あたしはまだ小さいからよくわかりませんが、あの人は、シティア様が綺麗だから、一緒に寝たいって言ったんじゃないですか?」
「そっちじゃなくて!」
 シティアは思わず大きな声を上げ、びっくりしたのか急に駆け出した馬をなだめた。
「その前よ……」
 呆れながらシティアが言うと、ユウィルは「ごめんなさい」と言ってからまた考えた。
 今度は長い時間考えた末、表情を険しくして言った。
「シティア様を狙った魔法使いは……誰かに頼まれてやったんですよね?」
 シティアの位置からユウィルの表情は見えなかったが、声のトーンでどんな顔をしているか大体想像がついた。だから、ユウィルが言ったことが如何に深刻で、重大なことであるかを理解した。
「まさか、あの男が6年前、私を襲わせた……?」
「そういう可能性もあるっていう話です」
 シティアはこれまで、ただひたすらにガルティスを恨み続け、彼を殺すことだけを考えて生きてきた。その中で、もちろんガルティスが自分を狙った理由を考え、依頼した何者かの存在も考えたことがあった。
 けれど、今の自分はともかく、6年前のシティアは誰かに恨まれる覚えなどなく、その何者かの存在はあまりにも希薄で、恨みの対象にはならなかった。まだ10歳だったシティアは、直接的に自分を攻撃してきた魔法使いだけを恨んだのだ。
 けれど、今ここに来て、その何者かの存在が急激に色濃くなった。あの男がガルティスに依頼したならば、先ほどの会話のすべてに辻褄が合う。
「だけど、何のために……」
 当時はまだ、自分は10歳だったし、あの青年とて12、3だったはず。まったく面識などないし、恨まれる覚えはなかった。
「あの男、何者かしら……。今はオーリの下にいるみたいだけど、それまでは? どうして私のことを……」
 呟くシティアの手がかすかに震えていることに、ユウィルは気が付いた。だから、そっと手綱を握るその手に触れて、穏やかな声で言った。
「シティア様、焦らなくても答えは出ますよ。今はフラウスさんのことを考えましょう。ほら、エルクレンツが見えてきました」
 言われて顔を上げると、緩やかな勾配の先にエルクレンツの街壁が見えてきた。遥か右手には山々が聳え、色を失った空が広がっている。
「少し急ぐわよ。しっかり掴まっていて」
「はい!」
 シティアは軽快に馬を走らせた。ユウィルの言うとおり、今は考えても仕方ない。むしろ、殺すべき相手がまとめて出てきたことを喜ぼう。
 二人を乗せた馬は街門が閉まる前にエルクレンツに辿り着き、街壁の向こう側に真っ赤な太陽が落ちていった。

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