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湖の街の王女様2 怨望の死闘
6年前、魔法使いの刺客に襲われてから、王女シティアは彼を殺すことだけを考えて生きてきた。そんなシティアのもとに、マグダレイナの剣術大会で出会った青年フラウスから手紙が届く。──『王女の恨む魔法使いガルティスの情報をお教えします』。手紙を読んだシティアは、積年の恨みを晴らすべく、魔法使いの少女ユウィルを伴ってウィサンの街を後にする。

 その日は念入りな作戦会議が行われたが、結局は臨機応変の一言に落ち着いた。相手がどんな罠を張っているかも知れない今、細かい作戦など無意味に等しい。
 もっとも、フラウスがガリエの城の見取り図を所持しており、シティアもユウィルもそれは頭に叩き込んだ。肝心なところでは、城が上は三階まであり、一階にはほとんど部屋がないこと。わずかだが地下にも空間があり、それらは牢屋になっていること。
 フラウスはその牢屋にリアが幽閉されていることを主張したが、シティアはそれに真っ向から反対した。リアをさらった目的を考えれば、もう少しましな待遇をされているのではないかと言うのがシティアの考えである。
 ちなみにリアをさらった目的は、エルクレンツの自衛団やその他の戦いで負傷した仲間の手当てをさせることであろう。治療は魔法が使えればできるというものではなく、実際にユウィルにも治癒魔法は使うことができない。リアは大陸全体として貴重な存在であり、存在さえ知っていれば、欲しがるのはオーリだけではないはずだ。
 ガリエの城は、元々ガリエという個人が住んでいた城だったため、規模は決して大きくなく、100人が住めるような部屋数はなかった。よって、ほとんどの盗賊は広間で雑魚寝をしているか、庭にテントを張っているかだろう。城外に家らしきものがないことはすでに確認されていた。
 シティアはウォードとガルティスを狙っていたが、二人は恐らくどこかの部屋にいるはずである。
(いや、ひょっとしたら、ガルティスは違うかも知れない……)
 シティアはユウィルと二人で見取り図を眺めながら、心の中でそう呟いた。ウォードの口ぶりから考えると、ガルティスはあまり優遇されているようには思えなかった。あるいは、ウォードが個人的にガルティスを嫌っているだけかも知れないが。
(もしウォードが私を殺すよう依頼したなら、それを失敗したガルティスがウォードと協力し合っていることは考えにくい。利害が一致したから一緒にいるだけか、それとも他に何か理由があるのか……)
 その件については、シティアは後で二人のときにユウィルにも相談してみたが、あまり正解と思われる回答は得られなかった。
 フラウスらと話し合った末、大雑把な戦略はこうなった。
 明け方、五人は一緒に城に潜入する。もちろん、これが今回の計画で最も難しいことなのだが、シティアはユウィルがなんとかしてくれることに期待していた。
 潜入後は、まず出口を確保するために北側の門を開ける。北側は森を抜け、山に隣接しているため、もっとも手薄だと考えられるためである。
 その時点で気付かれれば強行突破するしかないが、もしも気付かれなければ、五人は別行動を取る。基本的にはシティアとユウィルが囮となり、フラウスは仲間とともにリアの奪回を図る算段になっていた。というのは、彼らはシティアが潜入を目論んでいることや、シティアが魔法使いを連れていることは知っているが、まだフラウスの存在は知らないためである。
 もっとも、そこまで気付かれなかったとして、魔法使いのいないフラウスたちがその後も気付かれずに行動できる可能性は限りなく低かったので、基本的にはやはり強行突破の方向で五人の意見は一致していた。シティアたちはリアを護る必要がないので、それについての異存はまったくない。
「相手が100人だとして、一人20人ね。昨日、私が1人、ユウィルが6人屠ったから、私たちは後33人ね」
 シティアが楽しそうにそう言うと、ウェルドが大袈裟に驚いて見せた。
「お前、6人も殺ったのか?」
 ユウィルは声は出さずに、恥ずかしそうに頷いた。
 五人は装備を整えると、丸1日かけてガリエの城のそばまでやってきた。もちろん罠には常に警戒していたし、気配を押し殺しての行軍だったのは言うまでもない。しかし、城のそばまで誰にも会うことはなかった。
「逆に不気味ね。城内で一斉に待ち構えている可能性が高いわ」
 城は森の中にあったが、実際には城壁の周り10メートルほどは平地になっており、見晴らしが良くなっていた。辛うじて木々の間から城が見えて来ると、城壁には明かりが灯されているのがわかった。これ以上近付けば気付かれるのは必至である。ここからでは見えないが、城壁に人がいないとは考えられない。
「どうする? ここはユウィル任せなんだが」
 フラウスが息を潜めて尋ねると、ユウィルは少し困った顔になった。上からでも下からでも入る自信があったのだが、いざこうして城の前まで来ると、どれも上手くいかないように思える。
「雨でも降っていれば良かったのにね」
 おどけながらそう言ったシティアに、ユウィルはすがるような眼差しを向けた。
「シティア様、何かいい案はありませんか?」
「おいおい。肝心の魔法使いがそれじゃあ、困るよ」
 フラウスが厳しい顔でそう言うと、ユウィルはしゅんとなって俯いた。彼らはタクトのような優秀な魔法使いを求めていたのだから、ユウィルに対して厳しくなるのも仕方ないだろう。けれど、それは要求の段階で無理だったのである。
「いないよりいた方がましでしょ? 自分たちでは魔法使いを用意できなかったくせに、生意気なことは言わないで」
 シティアがぴしゃりと言い放つと、フラウスは仕方なさそうに頷いた。ウェルドはあまり納得いかない顔をし、ヘリウスは二人の言い合いを楽しそうに見つめている。
「上から行くのは危険ね。城壁に穴を空けるか、それより下に穴を空けるか。それなら、帰りに出口の確保をする手間も省けるし。どう?」
 シティアが提案すると、ユウィルは一度頷いてから、自分の意見を言った。
「でも、城壁に静かに穴を空けようと思ったら、城壁まで行かなければなりません。ここからでも空けれますが、それだと強力な魔法を何発か叩き込むことになるから、強行突破っていうレベルじゃなくなります」
「後者はダメね。下からは?」
「今いる場所からずっと穴を掘っていくことはできます。でも、どうやって出ますか? 向こうの様子はわかりませんし、出た場所が敵の真っ只中だったら、そこでおしまいですよ?」
 シティアは腕を組んで唸った。
「魔法って、便利なようでなかなか使い勝手が悪いわね……」
「元々は戦いのために存在するものじゃありませんから」
 ユウィルは苦笑いを浮かべた。
 話を聞いていたウェルドが見取り図を取り出して、フラウスとユウィルの前に広げた。そして一点を指差して言った。
「穴を掘っていけるなら、この地下牢まで出るのはどうだ? 奴らも、さすがにそこまでは計算してないだろう。もしもリアがそこにいればもっと好都合だし」
「可能か?」
 フラウスが問いかけ、ユウィルは難しい顔をした。
「できると思うけど……きっとすごい時間がかかります。一度の魔術で掘れるのはせいぜい5メートル。下向きの5メートルは深いですが、地下牢まで行くには、何度もかけ直さなくてはなりません。その度に魔法陣を描かないといけないから……」
 この際時間は問題ではなかったが、それでユウィルを疲れさせるのは不利だと言って、シティアがやめさせた。
 さらに話し合った結果、とにかく城を遠巻きに一周し、一番手薄なところで城壁に穴を掘る作戦で行くことにした。いくら警戒しているとは言え、こんな夜中に100人が全員起きているのは考えがたいし、そうなればこれだけの城のすべてに人を配置できるとは思えない。
 五人は慎重に城の北側に回りこむことにした。森を抜け、山の方へ行くと、案の定北側には明かりも少なく、城壁にも人影がなかった。身を隠すところもないが、この光量なら夜陰に乗じることが可能だ。
「誘われてる気もする……」
 ヘリウスがそう呟いたが、慎重になってばかりでは話が始まらない。
 周囲に誰もいないことを確認すると、ユウィルはシティアを伴って城壁にへばりついた。そしてチョークを取り出すと、少し大きめに陣を描く。
「これはどういう魔法なの?」
 小声でシティアが尋ねると、ユウィルは「物を破壊する魔術です」と答えた。
「そういう目的の魔法もあるんだ」
「ジェリス系魔術にはあります。でも、本当は採掘用なんですよ。さあ、描けました」
 言われて目を遣ると、城壁に複雑な魔法陣が描かれていた。詳しいことはわからないが、これだけの陣を暗記していて、しかもこの短時間に描き上げるのは大したものである。

『ツァイト ツァイト オルミ ゼズィテ……
 猛々しき破壊の精よ
 その力もて現れ給え……』

 ユウィルが魔法を唱え始めると、壁に書かれた魔法陣がキラキラと輝き出した。
(いけない!)
 少しずつ強くなっていく光を見て、ユウィルはこのままでは誰かに気付かれてしまうと思い、左手を魔法陣に当てたまま、すっと右手を上にかざした。
「闇を……」
 ユウィルは目を閉じると、右手で雲のようなものを作り、それを魔法陣にかぶせた。もちろん、上から見ればその闇の固まりは不自然だったが、光よりは気付かれることがないだろう。
 闇に覆われた魔法陣はその光を弱める。ユウィルの額に汗が光った。

『この法陣を描かれし岩に
 槌のごとくその猛き力を揮い
 小さき破片に砕き給え……』

 魔力はできる限り弱めた。練習の時に魔力を込めたら、大きな岩を粉々に粉砕してしまったのである。幸いにも被害は出なかったが、タクトに厳しく叱られた。
「ユウィル、君はそろそろ、どれだけの魔力を込めたら、どれだけの効果を発揮するのか知らなければならない」
 それからユウィルは、魔法はほとんど魔力を込めなくてもかなりの効果を現すことを知った。もちろん、本当は単にユウィルの魔力が強すぎるだけなのだが。
 それなりに大きな音を立てて壁が破壊されると、シティアはエルクレンツでフラウスに借りた弓を引き、素早く中を覗き込んだ。1メートルほどの厚みの城壁に綺麗に穴が空いており、その向こう側には緑の芝生が広がっていた。
 シティアは弦を戻すと、片手で三人を呼び、中に飛び込んだ。芝生地帯は数メートルあり、すぐそこに城の壁があった。そこにも同じように穴を空ければ容易く侵入できると考えたが、城壁の向こうから大きな声がして、2、3人の人影が走ってくるのが見えた。
「じゃあ、計画通りに!」
 それだけ言うと、フラウスは二人を伴って、彼らが走ってくる反対側に駆けて行った。
 シティアは城の壁に背中をつけると、弓を引き、近くまで駆けて来た男目がけて矢を放った。
 矢は正確に男の首を貫き、男は声もなく城壁の向こう側に落ちていった。
「さあ、後18人! 行くわよ、ユウィル!」
 シティアはフラウスたちの駆けて行った方角と反対側に、全速力で駆け出した。

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