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湖の街の王女様2 怨望の死闘
6年前、魔法使いの刺客に襲われてから、王女シティアは彼を殺すことだけを考えて生きてきた。そんなシティアのもとに、マグダレイナの剣術大会で出会った青年フラウスから手紙が届く。──『王女の恨む魔法使いガルティスの情報をお教えします』。手紙を読んだシティアは、積年の恨みを晴らすべく、魔法使いの少女ユウィルを伴ってウィサンの街を後にする。

 “空の都”は街の南方、街壁近くの比較的閑散とした区域にあった。日当たりがあまり良くなく、陰気な印象を受けるが、界隈には多くの人が働いており、“空の都”も朝からそれなりに人が入っていた。
 二人はただの客を装って店に入ると、パンとスープとサラダを注文した。店内には他に10人ほどの客がおり、席はその倍ほどあった。床は磨かれていたが、飾りや置物はなく、無機質で殺風景だった。
「あんまり活気がないですね」
 声を潜めてそう言ったユウィルに、シティアは苦笑して答えた。
「こういう場所は夜にならないとね」
 食事はプレートに載せられて運ばれてきた。他の客にはそうではなかったので怪訝に思うと、プレートの上には二つ折りにされた小さな紙が乗っており、店員は何食わぬ顔でプレートをテーブルに置いた。
 シティアはそっと紙を取り、周りに気付かれないようにそれを開いた。中にはただ一行、「食事が終わったら店の裏口に来てください」とあった。
「なんでした?」
 パンを頬張りながらそう聞いてきたユウィルに紙を渡し、シティアもスープにパンを浸した。
「さっきの人がフラウスさん?」
 手紙を読むと、ユウィルはそう尋ねてから店員の方に目を遣った。ひょろっとした男で、とても剣が使えるようには見えない。
「まさか」
 シティアは可笑しそうに笑ってからパンを口に入れた。
 食事を済ませてから裏口へ行くと、そこには大柄で右腕に切り傷のあるいかつい顔をした男が立っていた。
 ユウィルは気圧されて思わずシティアの背中に隠れたが、シティアは悠然と立って不敵な笑みで挨拶をした。
「知ってると思うけど、ウィサンのシティアよ。あなたは?」
「俺はウェルド。フラウスさんの下で働いている」
「へー。フラウスは偉い人なの?」
 シティアが探るような眼差しを向けると、ウェルドは無表情のままドアを開けた。
「それは直接フラウスさんに聞いてくれ。ずっとあんたを待っていたんだ」
 裏口から入ると、すぐ右手に扉があった。奥は店に通じているようで、そこから無数の話し声が聞こえてくる。
 扉を開けるとすぐ階段になっており、ウェルドが先に下りていった。やがて下まで辿り着くと、やはりそこにはドアがあり、ウェルドに促がされて開けると、中は小さな部屋になっていた。
「待っていました、シティアさん。1年半ぶりですね」
 椅子に腰かけていた赤毛の青年が、シティアを見て立ち上がり、ニコニコしながら近付いてきた。そしてすっと握手を求める手を差し出したが、シティアは真っ直ぐ青年を睨みつけたまま、その手を取ろうとはしなかった。
「久しぶりね、フラウス。でも、私はまだあなたが敵か味方かわからないから、詳しい話を聞くまでは慣れ合う気はないわ」
 フラウスは満足げな笑みを浮かべると、手を引っ込めてテーブルに戻り、空いている椅子をシティアに勧めた。部屋にはフラウスの他に、そろそろ中年の域に差しかかろうとしている細身の男が、腕を組んで座っていた。探るようにシティアを見ていたが、敵意は抱いてないようだった。
「そちらは?」
 シティアはユウィルを傍らに立たせると、自分は悠然と椅子に腰掛けた。ユウィルは友達だが、ここでは王女としての威厳を保つべく、従者というスタイルに徹してもらうことにしていた。シティアが発言を許すまでは、一言も口を利かないことになっている。
「こちらはヘリウスです。ほら、例の大会で2回優勝した」
「ああ……」
 言われて、シティアは思い出した。今年で18回目を迎えたマグダレイナの剣術大会で、第10回大会以降、二度優勝を経験した唯一の男の名がヘリウスだった。しかし、それらの優勝は相手に恵まれたというのがもっぱらの噂で、ヘリウスの剣の評判は高くなかった。
 シティアがいつものくせでそれを皮肉ろうとすると、それよりも先にヘリウスが口を開いた。
「2回と言っても、強い相手がいなかったからな。君はフラウスを倒したライフェよりも遥かに強いって聞く。期待されるほどの力はないよ」
 飄々とした口ぶりだったが、それは自分を卑下するというより、場を和ませる印象を受けた。シティアはヘリウスと敵対するのをやめることにした。
「それで、シティアさんが連れてきたその子は? 僕は、タクトさんに来て欲しかったんですが……」
 ちらりと振り返ると、ユウィルがあからさまにショックを受けた顔をしていた。
 シティアは励ますために手を握ってやろうかと思ったが、それは後で二人きりになった時にしようと考え直した。
「タクトは国の要人よ? この内容の手紙で動かせるなんて思ってるなら、あなたは国というものを軽く見すぎよ」
 シティアがフラウスの署名のある手紙をテーブルに放り投げると、フラウスはそれを広げて満足げに頷いた。
「それもそうですね。とにかく、この手紙は無事にシティアさんの許に届き、シティアさんと、予定とは違ったけれど魔法使いの女の子が一人来てくれた」
「役に立つのか? そいつは」
 不躾な目でじろじろ見つめながらそう言ったのはウェルドだった。悪人ではなさそうだが、柄はあまりよくないようだ。
「50メートル離れたところから戦い始めたら、あなたはこの子に剣を当てる前に灰にされるわね。私でも同じよ」
 シティアがユウィルを立てると、フラウスは満足そうに手を叩き、ウェルドも納得したように口を閉じた。ユウィルの能力よりも、シティアの答え方が気に入ったようだ。
「話の前にはっきりさせておきたいわ。この手紙は、誰が私の部屋に置いたものなの?」
 シティアは、返答次第ではこの場でフラウスすら刺し殺す意気込みで聞いたが、フラウスはそれを何事もなかったかのように受け止めた。
「オルガという魔法使いです。彼がウィサンの魔法研究所に盗みに入りたいと言っていたので、交換条件で手紙を頼みました」
「盗み!?」
 穏やかならざる言葉を聞いて、ユウィルは思わず声を上げた。けれど、すぐに口を閉じて、小さな声で「ごめんなさい」と謝った。
「それは何者? 目的は?」
「ただの研究熱心な魔法使いですよ。能力はかなり高いようだけれど、別に戦いに強いわけでもない。世の中には戦える魔法使いと、そうでない魔法使いがいますから」
「ユウィルは私が見る限り、むしろ攻撃専門よ?」
 それはユウィルには心外な話だったが、シティアが半分は冗談で言っているのがわかったから黙っていた。もちろん、後で一言二言は文句を言おうと心に誓いはしたが。
「ユウィルって言うのですか。それは頼もしい。それで、オルガは単に、あなたの国の魔法研究所の研究成果を盗みたがっていただけです。けれど、タクトさんがいる限りそれはできない。だから、僕がタクトさんを引っ張り出す代わりに、手紙をシティアさんに届けてくれるよう頼んだんです」
「そう。残念だったわね、タクトが残っちゃって。あなたも約束を果たせなかったし、そのオルガって魔法使いも、今ごろ捕まってるんじゃないかしら」
 魔法研究所は好きではないが、自国の施設に他人が入り込もうとしている話を聞いて、穏やかでいられるわけがない。シティアはあからさまな嫌味を言って投げたが、フラウスはあっけらかんと笑っただけだった。
「オルガがどうなろうが知ったことじゃありませんよ。別に友達でもないし。僕はシティアさんと、強い魔法使いが来てくれればそれでよかった。彼は十分役に立ちました」
「相変わらずね、あなたは。その性格、私は嫌いじゃないわ」
 そう言って、シティアは笑った。
 去年の春、剣術大会で出会ったときも、フラウスはどちらかというと皮肉めいた喋り方をしていた。もっとも、シティアに対してはそうではなかったが、彼女と一緒にいたライフェという剣士には神経を逆撫でするようなことばかり言い、ライフェは気分を害していた。
「手紙のことはわかったわ。タクトを連れてこなかったのは正解だったようね。それで、あなたは何者なの?」
 テーブルの上で手を組んで聞くと、フラウスはその質問に答える前に、声を低くして真面目な口調で言った。
「連れてこなかったのが正解かはわかりませんね。呼んだのはオルガのためだけじゃない。ユウィルの働き次第では、シティアさんもタクトさんを連れてこればよかったと思うかも知れませんよ?」
 それだけ言うと、フラウスはちらりとユウィルに目を遣った。その瞳は冷たく、ユウィルはなんだかいたたまれない気持ちになった。
 もっとも、それも一瞬だったが。
「ユウィルはタクトより役に立つわ。タクトじゃ、私と連係が取れない。個々の能力が、そのまま戦力ってわけじゃないでしょ?」
 シティアはユウィルの気持ちを察して、そうフォローした。もちろん内心では、ユウィルは個々の能力でもタクトより秀でていると信じていたし、タクトもそれを認めていたが、フラウスに言うのはやめておいた。
「それは戦いで見せてもらいましょう。僕のことですが、僕はエルクレンツの貴族です。フラウス・ヴィクタレス。ヴィクタレス家はティッテリー家の親戚で、アブル・ティッテリーの娘が、僕の祖母になります。もうこの世にはいませんが。僕はヴィクタレス家の三男で、5年ほどプロラでタウ・ユーゼンに剣を学びました」
 タウ・ユーゼンとは“剣聖”と賞される剣の使い手である。シティアはもちろん会ったことがないが、この大陸で一、二を争う剣豪だと言う。マグダレイナの剣術大会にも参加したことがあり、まったく他を寄せ付けずに優勝していた。
「なるほどね。じゃあ、フラウスはエルクレンツの貴族として、オーリの盗賊団を潰そうとしているの?」
 シティアがそう言うと、三人の男が一斉に驚いた顔つきになった。
 フラウスが賞賛の眼差しで言った。
「わかっていたことですが、やっぱり箱入りの王女様ではないですね。どこまで知っていますか? 話す手間を省きたい」
「オーリって男が、100人くらいの部下を率いて、北のなんとかっていう城に立てこもっていることと、その中にガルティスもいることは知ってる」
「助かります。結論から言うと、お察しのとおり、僕はオーリの盗賊団を潰したいと思っています。あれのせいで、この街の平和が脅かされていますから。でも、目的は違います」
「違う?」
 シティアが怪訝な顔をすると、フラウスは表情から笑みを消して頷いた。それから難しそうに顔をゆがめ、少し刺のある声で話し始めた。
「リアという少女を、さらって行ったんです。リアというのは、今年15歳になったばかりの少女で、この街の修道院にいました。魔法使いなんですが、怪我の治療に長けていて、人を助けること以外に魔法を使っているのを見たことがありません」
「それは殊勝なことね」
 シティアは退屈そうに言った。完全な善人があまり好きではなかったのだ。それよりは、フラウスみたいに一癖ある人間の方が面白いし、ユウィルにしても、シティアのためならあっさり人を殺せるあたり、とても善人とは言いがたい。
「それで、その子のことが好きだったの?」
 皮肉っぽくそう尋ねると、フラウスは呆れたように笑った。
「ええ、好きでしたよ。リアはこの街の誰からも愛されていました」
「私は、そういう人間をあまり好きじゃないわ」
 シティアがはっきりとそう告げると、フラウスはわかっているというふうに頷いてから、力強く言った。
「だから、こうしましょう。シティアさんはガルティスを討つ。僕たちはリアを助ける。そのために、協力してオーリの盗賊団と戦う。もちろん、僕たちはリアを助けるためならガルティスを助けるかも知れないし、シティアさんはガルティスを討つためならリアを斬ってもいい。たとえそれで、僕たちが戦うことになっても」
 シティアがちらりと隣を見ると、ユウィルが青ざめた表情で立っていた。どうやらこういう会話はあまり好きではないらしい。誘拐されたこと以外、比較的平穏無事に生きてきた少女だ。しかもまだ13歳の子供であることを思えば、仕方ないだろう。
 しかしシティアは、善悪や利害がはっきりしているのは好きだったので、フラウスの話にも満足していた。それはシティアの性格もあったが、やはり王女としての素養にも関係していた。シティアが王女として足りないものは、人徳だけだ。才能は余るほどある。
「わかったわ。協力しましょう」
 シティアは椅子に座ったままテーブルの上に手を差し出し、フラウスも同じように手を出してそれを握った。
 それからシティアは、思い出したように尋ねた。
「そういえば、オーリの部下に、金髪の青年はいる? 馬に乗っていたわ。紺色の金属製の胸当てをしていて、体格は普通。背はフラウスと同じくらいね。歳は18くらいだと思うけど……」
 シティアは何気なく尋ねたが、その言葉にヘリウスが口を挟んだ。
「君はどこでそれを?」
「昨日絡まれたのよ、そいつらに。しかもそいつは私のことを知っていたわ。残念ながら、逃がしちゃったんだけどね……」
 シティアがそう答えると、三人は顔を見合わせてあからさまに弱り果てた顔をした。ウェルドなど、大袈裟に頭を抱え込んでいる。
「その男は、恐らくウォードでしょう。ウォード・リードイン、確かユルクの貴族だったとか……」
「ウォード……」
 シティアは三人の様子は気にせずに、自分の記憶からウォードという男の名を探していた。しかし、聞いたことはある気がしたが、具体的な記憶は出てこなかった。
 シティアが顔を上げると、フラウスが額に手を当てて難しい顔をしていた。
「どうしたの?」
 不思議に思って尋ねると、フラウスは呆れたように溜め息をついた。
「僕たちは、先手を打ちたかったんですよ。だけど、シティアさんがオーリの盗賊団を潰すためにわざわざウィサンからやってきたことを、知られてしまった。もちろん、ウォードがシティアさんを知っていたことが誤算だったのであって、シティアさんのせいではないんですけどね……」
「ああ、なるほどね……」
 シティアは、もちろん相手に警戒をされてよかったとは思ってなかったが、昨日まではリアのことを知らなかったので、あまり問題視していなかった。しかし、こうなった今、相手はリアを人質に使うかもしれない。
 もっとも、たった今約束したとおり、シティアにはリアを助ける理由がない。
「それは大変ね」
 気楽な気持ちでそう言うと、三人は再び大きな溜め息をついた。

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