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五宝剣物語

4−12

 ルシアは大地を赤く塗りながら、左肘を抑えて苦しそうに呻いていた。切断された腕の断面から、大量の血が流れ出ている。
 ウェルザは心底楽しそうな笑みを浮かべると、とどめを刺すように腕を上げた。もしもその一撃を食らえば、今度こそルシアの生命はないだろう。
 リューナはヨキの持っていた『緑宝剣』を拾い上げてルシアの許へ駆けていたが、間に合いそうもない。自分が殺されそうになっていたときよりも蒼白な顔でルシアの名前を叫ぶも、ルシアにはそれに応える余裕はなかった。
 パレンと対峙しているリスターは、ルシアの方を見ている隙すらないように思えた。息をするのもはばかられるほどの緊迫感にあって、少女が殺されそうになっていることに気付いてすらいない。
 ただ一人、姉のエリシアだけが、ウェルザの攻撃から少女を守ることのできる位置にあった。初めに妹がウェルザの攻撃で腕を斬られた時点で走り始めていたからだ。
「ルシアッ!」
 地面に倒れ込みながら妹の身体を抱きしめると同時に、肩や背中に激痛が走った。ウェルザの魔法が直撃したのだ。
「姉貴……」
 姉の呻き声が聞こえたからか、それとも抱きしめられたからか、ルシアが額に汗を浮かべながら目を開けた。
 エリシアは痛みに身体を痙攣させながら、それでも優しく笑って見せた。
「大丈夫よ、ルシア。大丈夫」
「姉貴……痛いよ……」
 ルシアは右手でギュッと姉の服をつかみ、瞳から涙を零した。動かしたいという脳の要求に、身体がまるで応答しない。
「ルシア……」
 エリシアは、温もりを与えるようにもう一度しっかりと妹を抱きしめた。自分には楯になることくらいしかできないが、それでも少しでも時間稼ぎになるならそれでよいと思った。
 少なくとも、妹に先に死なせることだけは絶対にしない。
 背後でウェルザの狂ったような声が聞こえた。戦いに興奮しているのか、意味のある言葉ではないように思われる。
 けれど、彼女が姉妹を殺そうとしているのだけは間違いのない事実だ。そして恐らく次に放たれる魔法が、エリシアの生命を奪うだろう。
(リスター……)
 最後に愛する青年を心の中で強く想って、エリシアは固く目を閉じた。
 けれど、次に姉妹を包み込んだ魔法は、真空刃の痛みではなく、柔らかな癒しの光だった。
 『緑宝剣』の力でウェルザの攻撃を無効化したリューナが、回復の魔法を使ったのだ。
「リューナ!」
 エリシアが歓喜の声を上げる。リューナはそんなエリシアに剣を渡して叫ぶように言った。
「それであいつの攻撃を防いで下さい! その間に、私がルシアを治します」
 見るとリューナはルシアのちぎれた左腕を持っていた。魔法で接合するつもりらしい。
「わかったわ。お願いします」
 エリシアは『緑宝剣』を手にして立ち上がった。そしてその剣を掲げると、ふっと郷愁が胸をよぎった。
 『緑宝剣』は元々エリシアの村にあったものだ。この剣のために両親を殺され、村を滅ぼされた。
 今、そんな憎むべき剣を持って、自分の身と愛する妹を守ろうとしている。
 『黄宝剣』を手にしたセフィンも、こんな思いだったのだろうか。
「こざかしい!」
 ウェルザが巨大な火を放つ。けれどそれは剣の力によって弾かれた。
 もっとも、ウェルザとてバカではない。『黄宝剣』同様、『緑宝剣』は、あくまで直接的な魔法に対してのみ有効なのだ。
 大地に手を付くと、そこから真っ直ぐ亀裂が走った。
 反射的にエリシアは地面に剣を突き立てた。亀裂はまるで剣にぶつかるようにして止まったが、その間にウェルザが魔法で弾き飛ばしてきた石を避けることはできなかった。
「きゃっ!」
 直撃を受けた左肩に鈍い痛みが走る。骨が砕けたかも知れない。
(このままじゃ……)
 エリシアはギュッと剣を握りしめて、厳しい眼差しでウェルザを睨みつけた。
 もしもこのままここにいても、彼女の攻撃を防ぎ続けることはできないだろう。
 ならば、攻撃こそ最大の防御ではないか?
 エリシアは剣を使えなかったが、旅ができるくらいには身に付けている、対してウェルザはただの魔法使いでしかない。剣はリューナよりも使えなさそうだ。
(だったら、私が……)
 決意するや否や、エリシアは駆け出した。
 自らを高めるように大きな声を出すと、真っ直ぐウェルザに斬りかかる。
「こざかしい、こざかしい!」
 ウェルザは狂ったように叫びながら、足元の石を取ると、それを風の魔法を使って弾丸のように放った。
 エリシアはそれを奇跡的に躱したが、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。
「チャーンスっ!」
 ウェルザが嬉々として同じようにエリシアを撃つ。
 尖った石が彼女の足を貫いた。
「うっ……」
 エリシアはあまりの痛みに思わず剣を落としそうになったが、何とか踏みとどまって地面を蹴った。
 妹は腕に重傷を負いながら、『青宝剣』をヨキに向かって投げて見せたのだ。こんなところで弱音を吐いたら笑われてしまう。
 エリシアは一気にウェルザとの間合いを詰めて斬りつけた。ルシアが初めに負わせた怪我はすでに治されているようである。
 ウェルザはにやりと笑うと、それを魔法の風をまとわせた腕で受け止めた。
「えっ!?」
 まるで空気のクッションを切りつけた感触に、エリシアは呆然となった。
「胴、がら空きになっちゃったなぁ」
 嫌味っぽく言うウェルザが、まるで物語りに出てくる醜い魔女に思えた。
(しまった……)
 ウェルザの手の平が、そっとエリシアの腹に触れた。零距離で魔法を叩き込もうとしている。
 何とか逃げ出そうとしたエリシアだったが、ほんのわずかに身を引くのが精一杯だった。だが、それがなければ次の一撃で殺されていただろう。
 ウェルザの手がほのかに光るのと同時に、恐ろしいほどの圧迫感が腹部を襲った。
「う……あぁ……」
 肋骨がボキボキと鈍い異様な音を立て、それが内臓に突き刺さる。腹部はまるで背中にくっ付くほどに凹んで、内部で臓器が破裂するのを感じた。
 喉から込み上げてきたものすごい量の血を口から噴き出しながら、エリシアはその衝撃に弾き飛ばされた。
(ル……シア……)
 見開かれた目に景色が流れる。その景色がどんどん過去の光景に遡っていくのを見て、エリシアは自らの死を悟った。
 そんな傷付いた身体が、何か柔らかいものにぶつかって止まった。そして崩れ落ちそうになるところを、背中から抱きしめられる。
「すまない、姉貴。後は、あたしがやる」
 どこまで澄んだ冷たい怒りを瞳に湛えて、ルシアはエリシアの手から『緑宝剣』を取った。
 左腕はまだなんとか繋がっただけの状態で、一切の感覚がない。身体の傷も一つとして治ってなかったが、右腕一本あれば十分だった。
 ルシアの腕を繋げてすでに魔力を使い切ったリューナが、まるで自らの生命を削るように一心不乱にエリシアの傷を治す中、ルシアはゆっくりと剣を掲げてウェルザに近付いた。
「こ、このガキがっ!」
 ウェルザが同じように石を放つ。ルシアはそれを素早く躱すと、過去に見せたことがない冷酷な瞳で言った。
「お前だけは絶対に許さない」
 剣をレイピアのように持ち、その切っ先をウェルザに向ける。斬り付ければ姉の二の舞になると思ったからだ。
 ウェルザは半乱狂になりながら、ありったけの力を込めて魔法を放った。
 もちろん、それが『緑宝剣』を持ったルシアにダメージを与えることはない。
「死ね」
 わずかの躊躇もなく、ルシアの手が動いた。
 鋭い切っ先が喉元を貫き、ウェルザはまるで天を仰ぐように目を見開いたまま絶命した。

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